処刑ユニット
処刑ユニット
追手は止まらない。上層の『処刑』は、最下層にも届く。
しかし安堵したのも束の間。崩れた瓦礫の向こう側から、今までとは比較にならないほど巨大で重厚な振動が響いてきた。
「……嘘だろ。まだ来やがるのか。……今度のは、ドローンやボットじゃねぇぞ」
ゼノの視線の先。瓦礫の隙間から覗き込んだのは、青白いサーチライトではない。
真っ赤な、巨大な単眼だった。
アイナは震える腕でゼノの服の裾を掴み、必死に声を絞り出した。
「ゼノ……ダメ、一人で戦っちゃ……。また、操作を奪うから……っ」
視界は真っ赤なエラーログで埋め尽くされ、脳が焦げるみたいに熱い。
それでもアイナの右目は、ゼノの背中越しに迫る「死」を拒むように、冷たく正確に世界を捉えていた。
「馬鹿言ってんじゃねぇ! お前、これ以上繋いだら脳が焼き切れるぞ! ルナを見ろ、もう限界だ!」
ゼノが叫ぶ通り、隣のルナは意識を失いかけていた。銀色の義手から、パチパチと不吉な火花が散っている。
でも、瓦礫を粉砕して現れた「それ」に、ゼノのレンチじゃ立ち向かえない。
アイナの演算機能が非情にも算出してしまいる。
四足歩行の巨大な掃討兵器――上層の処刑ユニット。
「……アイナ……。私の……残りのリソース、全部……使って……」
ルナが薄く目を開け、アイナの手に自分の手を重ねた。
もう彼女は、自分を「部品」だとは言わない。アイナの「誰かを守りたい」という熱にあてられて、彼女の回路も理屈を超えた選択をしようとしている。
「二人で……最後に……大きな『嘘』を、あの怪物に見せてやりましょう……」
「……アイナ、ルナ……。くそったれが!!」
ゼノは二人の覚悟を悟り、悔しげに顔を歪めた。
迫りくる処刑ユニットの砲口を睨みつけ、アイナたちがハッキングを完了させるまでの「数秒」を稼ぐため、捨て身で前へ飛び出する。
「おい、デカブツ! こっちを向きやがれ! 俺の最高傑作に、指一本触れさせねぇぞ!!」
ゼノの叫びと同時に、アイナの右目が――再び白銀の閃光を放ちた。
アイナはルナの繋ごうとした手を、優しく――けれど拒むように振り払いた。
脳内を駆け巡る高電圧の痛みすら、今のアイナの「決意」の前では、ただの数字に過ぎない。
「ルナ……私だけでやる。私は、クローンなんでしょ? ……予備の私が、やるから」
「……! 何を……アイナ、やめて! あなたは予備なんかじゃ――」
ルナの叫びを遮るように、アイナは強制的に彼女との接続を遮断した。
一人分の負荷なら、彼女は助かる。
でも、アイナ一人のリソースで、あの怪物のセキュリティを突破するには――リミッターを外して「全回路を焼き切る」覚悟が必要だった。
右目のレンズが限界を超えて発熱し、視界が鮮血みたいに赤に染まった。
「アイナ! 離せって言ってんだろ! 戻れ!!」
前方のゼノが、処刑ユニットの重厚な足音と砲撃の風圧に晒されながら叫びた。
アイナは、その背中を見つめて――静かに、少しだけ悲しく微笑んだ。
(……いいんだよ、ゼノ。私を直してくれて、名前をくれて、ありがとう。私は、アイナの最高傑作として終わりたいの)
アイナの右目が、処刑ユニットの「自爆命令」の最深階層へ、指先みたいに伸びていく。
ゼノが爆発に巻き込まれないよう、コンマ数秒の遅延を設定して――すべてのエネルギーを一点に注ぎ込みた。
「……バイバイ、ルナ。……ゼノを、お願いね」
人工皮膚が内部の熱に耐えきれず弾け、青白い火花が全身をパチパチと駆け巡った。
処刑ユニット『……警告。内部システムに……深刻な侵食を確認……。自爆シーケンス……起動……』
「アイナ!! 止せ!! アイナ――!!!」
ゼノが絶望に満ちた顔で振り返り、アイナへ手を伸ばした瞬間。
処刑ユニットの巨体が内側から膨れ上がり、猛烈な光を放ちた。
――――
ゆっくりと、泥みたいな重さから意識が浮上する。
右目のレンズは粉々に割れ、視界の半分は砂嵐みたいなノイズに覆われていた。
それでも、残った左目には――煤とオイルで汚れた、必死なゼノの顔が映っている。
「……生きてる……! おい、アイナ! 分かるか!? 返事しろ!」
声を枯らし、震える手で、アイナの機械の胸部パーツを必死に繋ぎ止めている。
彼の周りにはバラバラの工具と、予備の基板が散乱していた。
「……あれ? 私……死んでないの……?」
アイナの掠れた声に、ゼノは一瞬だけ呆然として――次の瞬間、崩れ落ちるようにアイナの肩へ額を押し当てた。
「死なせるかよ……! 誰が……お前を勝手に終わりにさせてやるもんか……!」
その肩が激しく震えている。
隣ではルナが、ひどく損傷した腕を抱えながら――涙を流して、震えるように微笑んでいた。銀色の義手は、もう満身創痍だ。
「……あなたが自爆命令を打ち込む直前、ゼノが……死ぬ気であなたを爆心地から引き剥がしたの。……それで、あなたのコアが焼き切れる寸前に、私がバックアップ・メモリを上書きして……」
言葉を詰まらせたルナが、アイナの無事な方の手を握った。
「予備なんて言わないで。あなたは、私たちが……この世界で一番失いたくなかった、たった一人の『アイナ』なんだから」
周囲を見渡せば、地下通路は完全に崩落し、上層からの追っ手を物理的に遮断していた。
静寂が支配する瓦礫の山の中で、かろうじて生き残った三人の鼓動だけが響いている。
「……アイナ。お前の右目は、もう元には戻らねぇかもしれない。……ルナの記憶も、俺が書き換えたプログラムも、めちゃくちゃに混ざり合って……今の自分を『アイナ』だと言い張る根拠なんて、データのどこにも残ってねぇかもしれねぇ」
ゼノはゆっくりと顔を上げ、涙の跡を乱暴に拭うと、いつもの不敵な――でもどこか優しい目で、アイナを見つめた。
「だが、そんなもんはどうでもいい。……今、俺を見て、生きててよかったって思ってるなら……それがお前だ。……立てるか? ここはもうすぐ崩れる。……三人で、新しい場所へ行くぞ」
「大丈夫だよゼノ、私はアイナだよ」
その言葉を聞いた瞬間、ゼノの強張っていた肩の力がふっと抜けた。
短く「……ああ」とだけ答えて、溢れそうになる感情を飲み込むみたいに、天を仰いだ。
「……そうだな。お前がそう言うなら、間違いねぇ。……アイナ、おかえり」
彼はアイナの右側に回り、損傷して力が入らない方の肩をしっかり支えた。
反対側からは、ルナが残った手でアイナの腰を支えた。
「……アイナ。あなたの言う通り、あなたはあなた、私は私。……でも、これからは『姉妹』みたいに歩いていけるかな?」
少し照れくさそうに、でも希望を宿した瞳で、ルナがアイナを見た。




