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煙の街の月明かり  作者: 犬山三郎丸


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試作品

プロトタイプ

工房の夜に現れたのは、もう一人の『自分』だった。


跳ね起きるように意識が覚醒した。隣で眠っていたゼノも、その気配に反応して鋭い目を開けた。


「……ちっ、もう来やがったか」


ゼノは痛む体を押さえながら、枕元に置いてあった大型のレンチを掴みた。アイナは彼を制するように一歩前へ出て、扉の隙間へ右目のレンズを合わせた。


(誰……? 昨日のカイルさんなの?)


右目のセンサーが、冷たい朝霧の中に立つ影を捉えた。


そこにいたのは、カイルではありえない。

ボロボロの灰色のマントを羽織った、小柄な人影。解析データには「生体反応:微弱」と表示されていて、そのシルエットはカイルよりずっと小さく、子供みたいにも見える。


その人物は、凍えそうな手で必死にシャッターの端を掴み、中へ入ろうと――あるいは助けを求めるように叩いていた。


(……人型ボットじゃない。でも、スカイ・ピラーの装備でもない……?)


その時、マントの隙間から、銀色に輝く「機械の腕」がチラリと見える。ゼノがアイナに施したような荒々しい修理跡じゃない。上層の高度な技術で作られたみたいな、極めて精巧な義肢。


「……けて……」


微かな、掠れた声が隙間から漏れ聞こえた。


「アイナ、下がるんだ。罠かもしれねぇ……」


ゼノがアイナの肩を掴んで引き寄せようとした、その瞬間。


アイナの右目が、その影の背後に「赤い点滅」を捉えた。

遠くからその人物を狙っている、複数の追跡用ドローンのポインター。


アイナはゼノの制止を振り切り、迷うことなく重いシャッターのロックを外する。


「危ない、入って!」


無理やりこじ開けた隙間から、その影を工房の中へ引きずり込みた。直後、外の地面を数条の赤いレーザーがなめ、激しい銃声とともに火花が散った。アイナはすぐさまシャッターを叩きつけ、ボルトを締め直した。


中へ倒れ込んだのは、フードを深く被った少女だった。

床に伏せたまま、肩で激しく息をしている。マントの下から覗く銀色の義手は、アイナのものよりも細く繊細で――その指先はひどく震えていた。


「おい……! 冗談じゃねぇぞ、アイナ! 本物の厄介事を連れ込みやがって!」


ゼノはレンチを構えたまま、少女とシャッターを交互に睨みつけた。外ではドローンの羽音が蜂みたいに低く唸り、工房の周囲を旋回しているのが分かった。


少女はおそるおそる顔を上げた。フードから零れ落ちた髪は、驚くほど透き通った銀色で、その瞳は――アイナの左目と同じ、深い青色。


「……ごめんなさい……。でも、ここしか……『波長』が、同じ場所が……なくて……」


彼女の視線が、アイナの「半分機械」の顔に釘付けになる。そこに宿るのは恐怖だけじゃない。もっと深い、信じられないものを見るような驚き。


「あなた……なの? 『プロトタイプ・アイナ』……?」


その名前を聞いた瞬間、アイナの右目の奥で、今まで経験したことのない激しいノイズが走りた。存在しないはずの記憶の断片が、火花みたいに散っていく。


「……プロトタイプだと? ふざけんな、こいつは俺の――」


ゼノが言葉を荒らげようとした、その時。


少女の胸元から、カチリ、と小さな音がした。

彼女が握りしめていたペンダントが、アイナの右目の光に反応して、ホログラムを空中に投影し始めたのだ。


そこには、アイナとまったく同じ顔をした少女が――今より少し幼い姿で、幸せそうに笑っている映像が映し出されていた。


「何? プロトタイプ? そんなことより、今はあいつらを何とかしないと」


アイナの言葉に、ゼノは一瞬だけ呆然とした。けれどすぐに、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「……ははっ! そうこなくっちゃな、アイナ! 正体探しなんてのは、生きててこそできる贅沢だ!」


ゼノは重いレンチを肩に担ぎ直し、作業台の下から無造作に自家製の電磁パルス(EMP)手榴弾を引っ張り出した。


「いいか、アイナ! お前は右目の演算機能を使って、ドローンの編隊の『コア』を見極めろ。俺が隙を作ってやる。……そのガキは、奥の防弾コンテナにでも放り込んどけ!」


外ではドローンの羽音が激しさを増し、シャッターの隙間からレーザーの赤い光がチカチカと室内のオイル瓶を照らしている。


アイナは震える少女を抱え上げ、作業場の隅にある頑丈なコンテナへ押し込んだ。


「……待って、プロトタイプ……ううん、アイナ! 私の腕を使って! 私の……この左腕のポートを繋げば、ドローンの制御を奪えるはず……っ」


少女は銀色の義手を差し出し、痛みに顔を歪めながら叫ぶ。


「……おい、そんな危険な真似――」


その言葉を遮るように、シャッターが激しい衝撃で歪んだ。上部から小型のスカウトドローンが強引にこじ開けようと、ドリルを唸らせて回転している。


アイナは少女の細い銀色の義手を迷わず掴み、自分の「半分機械」の右側へ引き寄せた。


「あなたの腕を使うほうが、一番いいのね。やってみる!」


「……っ、わかった。同期シンクロを開始するわ。……脳が焼けるような感覚がするかもしれないけど、耐えて……!」


少女が義手のカバーをスライドさせると、中から複雑な発光体と接続端子が露出する。アイナは自分の首の後ろにあるアクセスポートへ、彼女から伸びる神経接続ケーブルを力任せに差し込んだ。


「おいアイナ! 無茶すんじゃねぇ! 直結ダイレクトはマズい、お前の回路が――!」


ゼノの叫びが遠のくほど、凄まじい情報の奔流がアイナの右目へ流れ込んできた。


「あ、あああ……っ!!」


視界が真っ白に染まり、数千、数万のバイナリコードが火花みたいに脳裏を駆け抜ける。少女の記憶、ドローンの制御信号、そして「上層」の冷たいシステムログ。全部が混ざり合い、意識を飲み込もうとしてくる。


それでも――その激流の中で、アイナは確かに掴んだ。


工房を取り囲む五機のドローン。その急所を。


「今よ、アイナ! 認証コードを上書きして!」


アイナの右目が、いつもの青から、少女のシステムと共鳴して鮮烈な白銀色へ変わる。


(……消えろ!)


意識の中で叫んだ瞬間、シャッターの外で爆発音と火花が散った。五機のドローンの制御系が、内部からのオーバーライドで一斉に焼き切れたのだ。


ドローンは制御を失って次々と落下する。最後の一機は火を噴きながら、遠くの瓦礫へ突っ込んだ。


静寂が戻った工房の中で、アイナは膝を突き、激しく喘いだ。脳が焼けるように熱くて、鼻から一筋の血が流れる。


「……アイナ!!」


ゼノが駆け寄り、アイナの体を支える。彼は少女のケーブルを乱暴に引き抜き、アイナの顔を覗き込んだ。


「バカ野郎……! 壊れたらどうするんだ……。……おい、しっかりしろ! アイナ!」


意識が朦朧とする中で、アイナは隣で力なく座り込む少女を見た。彼女も同期の負荷でぐったりしている。それでも、その瞳だけはアイナをまっすぐ捉えていた。


「……やっぱり……。あなたはただのプロトタイプじゃない……。ルナが、……私が、失ったはずの『意志』を持ってる……」


「……あなた、ルナを知っているの?」


焦げつくような脳の熱に耐えながら、アイナはゼノの腕に縋りつき、目の前の少女をまっすぐ見つめた。掠れた声で問いかけると、少女は伏せていた顔をゆっくり上げる。


頬は青白い。同期の負荷が抜けきらないのか、呼吸はまだ浅く乱れていた。彼女は震える指で、胸元に投影されていたホログラムを消す。


「知っている……なんて、そんな言葉じゃ足りない。……だって、私が『ルナ』だから」


その一言が、静まり返った工房に重く落ちた。


「……あぁ!? 何を言ってやがる。ルナってのは、あいつ……カイルの娘の名前だろ。あいつは死んだって――」


「……体はね。でも、意識だけは上層スカイ・ピラーのサーバーに吸い上げられた。……そして、この新しい義体フレームに入れられたの」


自らをルナと名乗った少女は、悲しげに自分の銀色の義手へ視線を落とした。


「アイナ。あなたは、私の意識をコピーして作られた最初の個体……プロトタイプ。私はあなたの『オリジナル』で、あなたは私の『可能性』だった」


言葉を継ぐたび、喉の奥が痛そうに震える。


「でも、あなたは自我が強すぎて……欠陥品として捨てられたはずだったのに……」


青い瞳が、涙で滲む。


「どうして、そんなに温かい目をしているの? 私のコピーのはずなのに。どうして私よりもずっと……人間らしく見えるの?」


ゼノはルナを睨みつけ、アイナの肩を抱く腕に力を込めた。


「コピーだのオリジナルだの、勝手なこと抜かしてんじゃねぇぞ。……こいつはアイナだ。どこかの誰かの紛い物なんかじゃねぇ」


怒りに満ちた声に、ルナは小さく肩を震わせる。けれど、逃げはしなかった。彼女はアイナへ、細い手をそっと伸ばす。


「ごめんなさい、アイナ。でも、あなたにしか頼めない。……上層は、今もあなたの『コア』を狙ってる」


伸ばした指先が、宙で止まる。


「あなたが私から分離したときに持っていった、特別なプログラムを……」


アイナはゼノの腕の中で、ズキズキと痛む頭を押さえながらルナを見た。


「……あなたがルナだとしたら、気になることがある。どうして、ロボットに追われていたの?」


その問いに、ルナは絶望を噛み殺すように視線を落とす。


「私は……上層スカイ・ピラーにとって、もう必要のない『部品』になったから」


言葉が、冷たく響く。


「彼らは私の脳から必要なデータ……感情のアルゴリズムや記憶のパターンを全部抜き出した。……それを統合して、完璧な『次世代機』を作ろうとしているの」


ルナは銀色の義手を強く握りしめた。きしむ音が、耳に痛いほど小さい。


「用済みになった私は、廃棄処分が決まった。でも、死ぬ前にどうしても確かめたかった……」


「不完全で、自我が強すぎると言われてスラムに捨てられた『プロトタイプ』が、どうして今も消去デリートされずに動いているのか」


アイナの青い右目を見つめ、ルナは震える声で続ける。


「私が追われているのは、私が『逃げ出したサンプル』だから。そして私を捕まえれば……接続されたあなたの居場所も完全に特定できる」


「ごめんなさい。私、あなたを危険に巻き込んだ……!」


「……チッ、最悪だ」


吐き捨てるように言うと、ゼノはすぐ作業台の隠し棚を開け、大容量バッテリーと予備のパーツをカバンに詰め込み始めた。動きは速い。けれど、その横顔には隠しきれない焦燥が滲む。


「つまり、さっきのドローンは前座に過ぎねぇってことかよ。本体が来る前に、ここを引き払わなきゃならねぇな」


そして、パッキングの手を止めないまま、厳しい視線をアイナに向けた。


「おい、アイナ。……そいつを置いていくなら今だ。今ならまだ、俺たち二人だけで逃げ切れる可能性はある」


「……どうする? こいつは『オリジナル』かもしれないが、俺たちにとっては死神を連れてきた厄介者だぞ」


アイナはゼノの鋭い視線を、真っ直ぐに跳ね返した。過負荷で震える足に力を込め、自分の足でしっかりと立ち上がる。


「けど、置いていったらルナは破棄されちゃう。そんなこと、できない……!」


その言葉に、ルナは弾かれたように顔を上げた。自分を「コピー」と呼び、危険を招き寄せた厄介者である自分を、なぜそこまでして守ろうとするのか。驚きが、青い瞳に溢れている。


「……だろうと思ったよ。お前がそう言うのは分かってたさ。ったく、お前のその『お人好し回路』だけは、何度調整しても直らねぇな」


毒づきながらも、ゼノはどこか諦めたような、それでいて少し嬉しそうな顔をした。予備のカバンをもう一つ、ルナに向かって投げる。


「おい、そこのオリジナル! 突っ立ってねぇで、使えるもんを詰めろ。置いていかねぇなら、全力で逃げるしかねぇ。ぐずぐずしてると、上層の『掃除屋』が来ちまうぞ」


「……いいの? 私は……」


「ダメだよ、自分を部品だなんて言っちゃ。……行きましょう、ルナ」


アイナはルナの手を取った。冷たい金属の感触。けれど、その奥に流れる微かな熱は、確かに自分と似た響きを持っていた。


ゼノは工房の床板を剥がし、隠されていた地下通路のハッチを開ける。スラムの迷路へと続く、万が一のために用意していた脱出路だ。


「アイナ、お前が先頭だ。右目のスキャンで追跡者の位置を特定しろ。俺は後ろでトラップを仕掛けながら行く。……ルナ、お前は真ん中だ。いいか、足を止めるなよ」


その時、工房の天井が激しい衝撃で歪んだ。本格的な追跡部隊が、すぐそこまで迫っている。


地下通路の湿った冷気が吹き抜ける。アイナは隣を走るルナへ解析データを共有しながら、息を切らして問いかけた。


「ルナ、さっきみたいに……敵の操作は奪える?」


ルナは荒い息をつき、銀色の義手を胸元に抱えるようにして答える。


「……やってみる。でも、さっきの偵察機ドローンと違って、追跡部隊チェイサーのセキュリティは格段に硬いの。……私一人じゃ、弾き飛ばされる……!」


顔色は青い。恐怖で視線が泳ぐ。


そこへ、最後尾を走るゼノが鋭い声を飛ばした。


「おい、弱気なこと言ってんじゃねぇ! さっき同期したんだ、お前らの『波長』はもう馴染んでるはずだろ!」


ゼノは走りながら背後の壁へ小型の爆薬を仕掛け、追っ手の足を止めようと奮闘している。


「アイナ! お前のその右目の演算能力を、ルナのハッキング・ポートに回せ! 二人分のリソースを繋げば、上層の鉄屑どもの脳味噌を焼き切れるはずだ!」


ルナがアイナの顔を見つめた。その瞳には、かつての自分を投影するような戸惑いと、アイナという「意志」への一縷の望みが混ざり合っている。


「……アイナ、もう一度……手を。あなたの『意志』を私に貸して。二人で一つになれば、きっと……!」


背後から、重厚な機械の駆動音。冷徹なサーチライトの光が迫り、地下通路の壁を弾丸が削り始めた。


アイナは走りながら、ルナの銀色の手を力強く握り返す。


「わかった、やってみよう。……二人なら、できるはず!」


「……ありがとう、アイナ。私の深層意識コアを開放するわ。……入り込んで!」


再び、首筋のポートを通じてルナの意識が流れ込んでくる。先ほどのような暴力的な奔流ではない。今度は静かで深い、海の底へ沈んでいくような感覚。


右目の視界が反転し、現実の通路の光景に、無数の電子の糸が重なって見え始める。


(……見えた。追っ手の制御ライン……!)


背後に迫る三体の重装歩兵ボット。それらを束ねる中継信号の「結節点」が、真っ赤な幾何学模様として脳裏に浮かび上がった。


「おい……二人とも、鼻血が出てるぞ! 無茶しすぎだ!」


ゼノの焦燥に満ちた声が遠くに聞こえる。けれど今のアイナには、ルナの震える鼓動と、冷徹な機械言語の羅列しか感じ取れない。


ルナ(アイナ、お願い……! 私の『恐怖』を、アイナの『意志』で塗りつぶして!)


アイナはルナの意識を支える柱となり、彼女が導き出したハッキング・コードへ、自分自身の「生きたい」という強烈なエネルギーを乗せて叩き込んだ。


「――システム、強制上書き(オーバーライド)!!」


その瞬間、背後で凄まじい電子火花が上がる。追跡ボットたちは一斉に動きを止め、不気味なノイズを上げながら、互いに銃口を向け合った。


「……マジかよ、相討ちさせやがった……!」


ガガガッ、と激しい金属音。通路はボットたちが自壊する爆音に包まれ、その衝撃波で地下通路の天井が崩れた。追っ手との道が、完全に塞がれる。


接続が切れた瞬間、アイナは激しい眩暈に襲われ、膝から崩れ落ちた。ルナもまた、糸の切れた人形のように隣で倒れ込む。


「アイナ! ルナ!」


ゼノが二人を抱きかかえるようにして支えた。右目の光は弱々しく点滅し、システムが限界に近いことを知らせている。


「……はぁ、はぁ……。やった、わね……。アイナ……あなたの心、……すごく温かかった……」


ルナは力なく笑い、アイナの肩に頭を預けた。

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