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第四章: 境界の守護者と四つの異能『選ばれし者たちは、まだ互いを知らない』  作者: ぃぃぃぃぃぃ


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第九十九話:剥製の街

 馬車がフォートレス・ノールの外郭に差し掛かった、その瞬間のことだった。

 外界の風音や馬の足音、空気の反響といったあらゆる「自然の音」が、膜を張ったように死に絶えた。会話こそ骨導振動や魔力の伝達として辛うじて通るものの、それは水底で囁き合っているかのような、重苦しい閉塞感を伴っていた。

 シエラが手綱を握る手を止める。馬たちもまた、目に見えぬ壁に阻まれたように立ち尽くした。

「魔力の気配がおかしい……。完全に遮断され、停滞している」

「消えたんじゃないわ。……“自然な循環”を封じ込められているのよ」

 レイナが杖を握りしめる。

「魔力の流れそのものが、事象ごと固定されている。池の水が、一瞬で底まで氷塊に変わったみたいに……」

「癒やしの循環も、どこにも感じられません〜……。傷が治るための“余地”さえ、この場所には残されていないみたいで〜……」

 ステファニーが不安げに杖を抱きしめる。生命の代謝さえ許さぬほど、この空間の因果は硬直していた。

 その時、馬車の隅で眠っていたアルトが、因果の軋みに呼応し跳ねるように目を開いた。

「……っ、あ……!」

 アルトは眼鏡を抑え、脳内をかき回されるような眩暈に耐えながら這い出した。彼が構築した精密な演算世界が、目の前の狂った現実と衝突し、悲鳴を上げている。

「アルト! 無理に起きるな!」

 ライトが駆け寄り、その肩を力強く支える。掌から伝わる聖剣の微かな共鳴が、かろうじてアルトの正気を繋ぎ止めた。

「静かに……。因果が固定され、視線が刺さっている感覚があります。……僕たちは今、明確に『観測』されています」

「クロノスにか」

 シエラが周囲を見渡すが、敵の姿はない。ただ、影の輪郭だけが、太陽の位置と無関係に時計の針のように長く伸び、不気味に蠢いていた。

「はい。見られているだけじゃない。僕たちが『ここにいる』という事実を、彼の視線がピンで留めるように確定させているんです。……皆さん、あそこを見てください」

 アルトが窓の外を指差す。そこには、空中で静止した雪の結晶があった。

 静止し、固定されているのは「雪がそこに在る」という結果のみ。その途中経過は狂っており、結晶はゆっくりと上方へと「落ちて」いた。

「重力が狂って見えるでしょうが、実際は逆です。……時間は逆行している。あの雪は、『落下した』という経過を書き換えられ、『落下する前』の状態へと戻されている。……固定された結果と、逆行する経過の混在。これが、クロノスの能力の正体です」

 アルトの声に、一同は息を呑んだ。認識できた範囲の事象なら、彼は望むままに時間を書き換え、無力化できる。

「それじゃ、勝ち目なんて……」

 レイナの言葉が途切れる。絶望が喉を焼きそうになったその時、ライトが鞘に入ったままの聖剣を固く握り直し、その切っ先を迷わず正面へと向けた。

「アルトに考えがあるはずだ。そうだろ?」

 ライトの揺るぎない信頼に応えるように、アルトは一拍の沈黙を置き、瞳に冷徹な光を宿した。

「……ええ。彼の能力は、対象を正しく捉え続ける『観測』に依存しています。ならば、その理解を焼き切ればいい。……準備しましょう。外部の魔力に頼らない、個体内部の因果前エネルギーを叩きつける《原初爆ぜる一撃》を。因果が生まれる前に刻まれた『ズレ』は、クロノスの巻き戻しさえも超越します」

「だけど、あの中央の時計塔に引きこもられたら、こっちの準備を観測されるだけじゃない?」

 レイナが、街の象徴である巨大な塔を見据える。そこからは、心臓の鼓動を急かすような不気味な歯車音が微かに響いていた。

「だからこそ、僕たちが『異常値』として彼を釣るんです。排除よりも未知の観測を優先する、あの傲慢な知性を利用する。僕たちの波長が重なり、因果のバグが発生すれば、彼は無視できず、必ず姿を現します」

 アルトは震える声で付け加えた。

「理論上の推測ですが……もし観測に失敗すれば、存在履歴ごと消されるリスクもあります。僕たちがこの世界にいたことさえ、誰にも思い出されなくなる……一瞬の消滅です」

 レイナは一瞬、杖を握る手を緩めた。消滅への本能的な恐怖。だが、隣に立つライトの、揺るぎない聖剣の輝きが彼女の背を支えた。

「……ふん、上等じゃない。……やってやろうじゃないの。馴れ合わないって言ったけど、死ぬ時くらいは足並みを揃えてあげるわ」

「……ああ、頼りにしてる」

 ライトの短い、けれど確かな言葉に、レイナは僅かに目を見開き、すぐに不遜な笑みを浮かべて顔を背けた。

 馬車は、最後の坂を下り、要塞都市の正門を潜る。

 門を抜けた先には、逃げようとした姿勢のまま「剥製」のように固まった住民たち。零れ落ちる途中の水がガラス細工のように静止した噴水。

 ここはもはや街ではない。時を奪われた標本箱だ。

 その時。

 街全体を覆っていた不気味な歯車音が、ふっと止まった。

 まるで、より巨大な「何か」が、標本箱に手を伸ばそうとしたかのように。

「行くぞ。……俺たちの理論で、あいつの視線を焼き切ってやる」

 シエラの号令が、反響のない死んだ世界に響く。

 決戦の第一局面。

 命と因果を賭けた知恵比べが、今、幕を開けようとしていた。

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