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第四章: 境界の守護者と四つの異能『選ばれし者たちは、まだ互いを知らない』  作者: ぃぃぃぃぃぃ


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第九十二話:次のターゲット

 朝食を終え、俺たちはシエラさんの部屋に集まっていた。

 テーブルの上には、大陸全土の地図が広げられている。シエラさんは、その地図の一点を見つめながら、静かに口を開いた。

「次の敵について、話をしよう」

 その声には、これまでにない冷徹なまでの緊張感が宿っていた。

「ネクロアは倒したが、奴は死に際に『魔王三幹部の一角』と言い残した。漆黒の鎧を纏った魔族――名を『クロノス』。時を歪めると噂される処刑人だ」

 シエラさんが、地図の最北部、白く凍てついた地を指で示す。

「ギルド経由でもたらされた北方騎士団の密書によれば、奴は今、北の要塞都市『フォートレス・ノール』付近に出没している。あそこは大陸最北端の防衛拠点だが……現在、異常なまでの膠着状態に陥っているらしい」

「異常な、膠着……?」

 レイナさんが眉をひそめる。

「死亡が確認されたはずの兵が、翌日、五体満足で城壁の外に立っている。だが、彼らの精神は崩壊し、自らの名すら忘れている……。そんな報告が相次いでいるんだ。報告書には一様にこう記されている。『時の因果が狂っている』とな」

 シエラさんの指が、地図を重く叩く。

「奴の力は――『結果の無効化』に近い現象を引き起こす」

 部屋の空気が、瞬時に凍りついた。

「結果を、無効化……?」

 アルトの眼が、朝日に鋭く反射する。

「ああ。かつて森で対峙した時、俺は一太刀も交えられなかった。踏み込んだ瞬間、景色がブレたんだ。気づけば、一歩踏み出す前の位置に引き戻されていた。思考だけが置き去りにされる、あの吐き気のする感覚……。俺が『斬った』という確信さえ、奴の手の中では『斬ろうとした』という未遂に書き換えられた。ただ――」

 シエラさんは苦く唇を噛んだ。

「一瞬だけ、記憶の断片にズレが残る。自分が何をしようとしたか、その残滓だけが脳に焼き付くんだ。……奴は、敗北だけが巻き戻る戦場を支配している」

 シエラさんの拳が、テーブルの上で微かに震えていた。

「つまり、奴は自分が不利になる事象を、何度でもやり直すことができる。……無限の再試行だ」

「それって……勝てるわけないじゃない……」

 ステファニーさんの声が震える。だが、シエラさんの視線は、誰よりも蒼白な顔をしたアルトに向けられた。

「アルト。今のままの理屈の上では、お前が千の策を練れば、奴は千一回やり直して、そのすべてを瓦解させるだろう。お前の知略は、奴にとって最高の『最適解の写本』に成り下がる。お前が賢ければ賢いほど、俺たちの全滅は早まるんだ」

 アルトが、椅子を鳴らして立ち上がった。自分の誇りである「知性」が、仲間を全滅させるための道標に変わる。その残酷な事実に、彼は奈落の底を覗き込むような瞳をしていた。

「だからこそ、お前の中に眠る『理』の外側――かつて禁じた、あの《特異点演算》が必要だ。……覚悟はいいか、アルト」

 部屋が静まり返る。アルトは震える手で眼鏡を直すと、沈黙の果てに、奈落を凝視するような瞳で答えた。

「……分かりました。僕の演算が、奴の『再試行』を上回る壁にならなければ……僕たちが死ぬだけですね」

「よし。目的地はフォートレス・ノール。そこで、クロノスと決着をつける」

 シエラさんが地図を巻き上げる。

「……概念ごと焼き切るしかないってことね。理屈が通じないなら、その不条理ごと灰にしてあげるわ」

 レイナさんが杖を握りしめる指は、わずかに震えていた。

「時間は戻っても……癒やされた『心の痛み』までは戻らないはずです。私の光で、そのズレを突きます〜」

 ステファニーさんも、必死に答えを繋ごうとしていた。

 俺も、腰の剣の感触を確かめた。

「奴が何度やり直そうと、その連携の隙間を俺たちが埋め続ければ、いつか必ず『戻れない一撃』に届くはずだ。……行きましょう。北へ」

 窓を開けると、冬の気配を孕んだ風が吹き込んできた。

 吸い込んだ空気は、肺の奥が痛くなるほど冷たい。吐き出した息は白く、瞬間に霧散していく。

 フォートレス・ノールへ。俺たちの旅は、因縁という名の吹雪の中へと、その第一歩を踏み出した。

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