第九話:旅路の会話とシエラの謎
厳しい訓練を終えた後、俺たちはいつものようにキャンプで休息を取っていた。
山間の静かな場所で、焚き火の炎が、ゆらゆらと揺れている。木々を通り抜ける微かな風の音と、焚き火の音だけが、周囲に響いていた。
シエラさんは、火にかけた鍋をかき混ぜながら、夕食の料理を作っていた。
「シエラさん、手伝います」
「おう、じゃあ薪を追加してくれ。火力を一定に保ちたい」
「はい」
俺は、近くに置いてあった乾燥した薪を手に取り、焚き火に追加した。炎が、より大きく力強く燃え上がる。
静かな夜だった。こういう時間が、俺は好きだった。王宮にいた頃は、常に女性騎士や侍女たちの存在に気を遣い、無意識に警戒していて、気が休まらなかった。だけど、ここには俺とシエラさんしかいない。そして、シエラさんは俺にとって唯一の「例外」だ。彼女がいる限り、俺は心から安心できる。
「シエラさん」
俺は、少し躊躇したが、数日前からずっと気になっていた核心の疑問を口にした。
「一つ、聞いてもいいですか?」
「おう、何でも聞いてくれ。湯気が目に染みる前に話せ」
シエラさんは、鍋をかき混ぜながら答えた。
「シエラさんは……Sランク冒険者なんですよね。その実力は、この一週間の訓練で痛いほど理解しました。圧倒的です」
「ああ、そうだが」
「それほど強いなら……どうして、自分で魔王を倒しに行かないんですか?シエラさんなら、一人でも魔王を倒せるんじゃないかって」
俺は、正直な疑問をぶつけた。
「なるほどな。やはり、そこが気になっていたか」
シエラさんは、少しだけ動きを止めた。そして、ゆっくりと顔を上げて、俺を見た。その瞳には、少しの諦めと、深い覚悟が混ざっていた。
「だが、それは無理だ」
「無理……ですか?」
「ああ。魔王は、勇者にしか倒せねえ」
シエラさんは、真剣な目で言った。
「これは、この世界の摂理みたいなもんだ。俺たちこの世界の住人がどれだけ強くても、魔王に決定的な止めを刺し、世界を救えるのは、お前たち異世界から召喚された勇者だけ。これは神に定められた役割だ」
「そういう法則があるなんて……」
俺は、改めて異世界の理不尽な法則に驚愕した。
「だから、俺の役目は違う」
シエラさんは続けた。
「俺の役目は、お前たちが攻撃に集中できるように、防御と体術で完璧に護ることだ。敵の攻撃を全て受け止め、お前たちが思う存分力を発揮できる環境を作る。それが俺の戦い方だ」
「防御と……体術に特化しているんですね」
俺は、シエラさんの言葉を噛みしめた。
「もちろん、攻撃もするがな」
シエラさんは、少し笑った。
「俺だって、全く攻撃しないわけじゃねえ。ただ、基本は防御と仲間の支援が最優先だ」
「でも……」
俺は、思わず言葉を続けていた。
「シエラさんほどの実力があれば、攻撃だって十分すぎるほど強いはずですよね?なぜ、防御を選んだんですか?」
シエラさんは、一瞬、遠い過去を思い出すような、懐かしそうな表情を浮かべた。
「まあな。元々は前衛で暴れてたんだぞ、俺」
「え?そうだったんですか?」
俺は驚いた。
「ああ。昔、前に組んだパーティーのヤツが相当な変わり者でさ。そいつが常に突っ込んでいくタイプだったんで、俺がカバーするしかなかった。大盾で守る役をやってたら、いつの間にかそれが定着しちまった」
「変わり者……ですか?」
「そうだ。まぁ、色々あったんだよ」
シエラさんは、少し笑った。しかし、その瞳の奥には、どこか寂しさが見えた。
「だが、そいつのおかげで、俺は防御の大切さを学んだ。仲間を守ることの意味もな。俺にとって、防御こそが、最高の攻撃になり得る時もあるって」
俺は、シエラさんの過去に興味を持ったが、彼女の表情を見て、深くは聞かないでおいた。
「なあ、ライト」
シエラさんが、俺の考えを見透かしたように言った。
「お前、まだ何か気になってるだろ」
「え……いや、その」
「隠さなくていい。俺には分かる。お前は、なんで俺が防御に特化してるのか、今のお前のための理由があるんじゃないかって、勘づいてるんだろ?」
「……はい」
俺は、正直に答えた。
「そうだな……理由はいくつかある。だが、今のお前にとって一番大きいのは――お前のためだ」
シエラさんは、俺を真っ直ぐ見つめた。
「お前には、トラウマがある。力を制御できず、誰かを傷つけることへの恐怖だ」
「……」
「もし俺が、お前の目の前で強力な攻撃魔法や、敵を完膚なきまでに破壊する剣技を使ったら、どうなる?」
シエラさんは、問いかけた。
「お前は、『自分もそんな力を使って、また誰かを傷つけてしまうんじゃないか』って、余計に恐怖を感じるかもしれねえ」
「それは……」
俺は、言葉に詰まった。確かに、シエラさんの圧倒的な攻撃力を見てしまったら、俺は自分の勇者としての力も恐れて、また剣を振ることを躊躇するだろう。
「だから、俺は今は攻撃よりも、防御に徹する」
シエラさんは、優しく言った。
「お前が安心して剣を振れるように、俺が全ての攻撃を受け止める。俺は絶対にお前を傷つけねえし、俺がいる限り、お前の剣が仲間や無関係な人を傷つけることも絶対にねえ」
「シエラさん……」
「いいかライト。俺はSランクだ。お前がどんなにトチ狂って剣を振るったところで、俺を傷つけることなんてできやしねえ。だから、安心して俺にぶつかってこい」
その言葉に、俺の胸は熱くなった。シエラさんは、俺のトラウマを理解し、それに配慮して、戦い方まで変えてくれていたのだ。
「お前が成長し、自分の剣に『守る覚悟』を持てるまで、俺が完璧に壁になってやる。だから、安心して全力で剣を振ってくれ」
「ありがとうございます……」
俺は、深く頭を下げた。この優しさが、俺の心をどれほど救っているだろうか。
「礼なんていらねえよ」
シエラさんは、笑って俺の頭を軽く叩いた。
「これから、一緒に旅をするんだ。お互い、命を預ける相棒だ。信頼し合わなきゃな」
「はい!」
俺は、力強く返事をした。シエラさんへの信頼が、また一つ深まった気がした。この人となら、きっとトラウマを乗り越えられる。そう確信した。
「さて、飯ができたぞ。今日は俺の得意料理のシチューだ」
シエラさんが、鍋から料理を取り分けた。
「おう、遠慮せず食え」
「いただきます」
俺は、料理を口に運んだ。シエラさんの作った料理は、いつも美味しい。温かくて、優しい味がした。
「美味しいです」
「そうか、それは良かった」
シエラさんは、満足そうに笑った。
焚き火を囲んで、二人で食事をする。静かな夜が、穏やかに更けていく。
「なあ、ライト」
「はい」
「明日も訓練を続ける。お前の成長を、俺は楽しみにしてるぞ」
「はい!頑張ります!」
俺は、力強く答えた。シエラさんとの旅は、まだ始まったばかりだ。だけど、この人となら、きっと強くなれる。そして、いつか――この剣で、誰かを守れる日が来る。
そう信じて、俺は前に進んでいく。シエラさんと共に。食事を終えた後、俺たちはテントに入った。
テントの中で、俺は横になった。体は疲れていたが、心は充実していた。シエラさんが元々前衛だったこと、そして今は俺のトラウマを配慮して防御に徹してくれていること。シエラさんは本当に優しく、そして強い人だ。俺は、この人についていけば、きっと成長できる。
そう信じて、俺は眠りについた。明日も、訓練が待っている。だけど、それが楽しみだった。シエラさんと共に、強くなれる。その喜びを感じながら、俺は深い眠りに落ちていった。




