第八十七話:レイナの制圧とステファニーの決意
ネクロアの肩から流れる血が、初めて奴に「死」の可能性を刻みつけた。だが、まだ終わりではない。タイラント・ゾンビはなお蠢き、周囲には雑魚アンデッドが無数に徘徊している。
レイナさんが、杖を高く掲げた。
「ライト、よくやったわ。でもまだ終わりじゃない――ここから、本当の総攻撃よ!」
彼女の杖の先端に、灼熱の魔力が集束していく。それは、これまでの戦闘で見せてきた闇魔法ではない。
「《業炎の奔流》!」
放たれた紅蓮の奔流が、戦場を蹂躙した。
アンデッドたちが悲鳴を上げる。炎は死の魔力で繋ぎ止められた腐肉を容赦なく焼き尽くし、ネクロアが盾として配置していた雑魚の群れを次々と灰へと変えていく。
――レイナの一撃が、戦場の主導権を完全に奪い去った。
そして、炎の余波はタイラント・ゾンビにも届いた。既にステファニーさんの《活泉》で再生を封じられていた巨体に、追い打ちをかけるように炎が纏わりつく。
「グオオオオオッ……!」
苦悶の咆哮。膝をついたまま、巨体は炎と光に蝕まれ、もはや戦力として機能していない。
ステファニーさんが、その光景を見つめた。
恐ろしかった化け物たちが消えていく。自分の癒しが、そして仲間たちの力が、確かに敵を追い詰めている。
彼女の瞳に、強い光が宿った。
「タイラントも、ネクロアも……私が、浄化します〜!」
それは、もはや震える声ではなかった。確信に満ちた、強い意志の宣言だった。
ステファニーさんが杖を高く掲げる。黄金の光が渦を巻き、空気そのものが震え始めた。
「全員、ステファニーの魔法を守り抜け! アルト、最大出力で供給を!」
「了解……です……ッ!」
アルトがステファニーさんの背中に手を当て、《連結》を強制起動させる。
「ガ、アッ……!」
アルトの顔が苦痛に歪む。大地から吸い上げ、己の肉体をバイパスとして流し込む膨大な魔力が、彼の魔力回路を焼き焦がさんばかりに暴走する。鼻から一筋の血が流れるが、アルトは決して手を離さない。
「レイナ、ライト! お前たちは防御に回れ! ステファニーとアルトを守り抜け!」
「わかったわ!」
「了解です!」
レイナさんと俺は、二人を囲むように立ち位置を変える。
上空のネクロアの瞳から、ついに余裕が完全に消え失せた。
『……あの輝き、看過できん。消去する』
ネクロアが杖を振り、紫黒の死霊弾を雨のように降らせた。その半分以上が、詠唱中のステファニーだけを正確に狙って収束する。
「させるか!」
シエラさんがその射線上に割り込んだ。本来なら容易に回避できるはずの攻撃。だが、彼女は一歩も引かず、黒剣と己の肉体でその衝撃を真っ向から食い止めた。
「グッ……、あああああッ!」
「シエラさん!」
「構うな、ライト! 前だけを見ていろ! お前たちの役目は、あの光を完成させることだ!」
血を吐きながらも立ち塞がるシエラさんの背中。俺とレイナさんは歯を食いしばり、《闇弾》と《光弾》でネクロアの追撃を相殺し続ける。一秒、また一秒と、命懸けで時間を稼ぐ。
ステファニーさんの杖が、ついに限界まで光を蓄えた。
アルトが命を削って流し込んだ魔力が、彼女の意志を太陽のごとき輝きへと昇華させる。
「みんな……ありがとう〜……!」
ステファニーさんの瞳から、涙が溢れた。
仲間たちが、自分を信じて、命を賭けて繋いでくれた。その事実が、彼女の恐怖を完全に打ち消し、心を熱く満たしていた。
「私……もう、逃げません〜! みんなを守って、みんなを癒して……そして、この悲しい戦いを、終わらせます〜!」
杖が、天を指す。
黄金の光が夜空を塗り替え、ネクロアの紫の瞳が、初めて明確な「恐怖」に染まった。
『馬鹿な……あれは……ただの回復魔法ではない……ッ!?』
ステファニーさんが、最後の詠唱を紡ぐ。
「《廻生》 ――っ!」
解き放たれた慈悲の光が、戦場のすべてを包み込もうとしていた。




