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第四章: 境界の守護者と四つの異能『選ばれし者たちは、まだ互いを知らない』  作者: ぃぃぃぃぃぃ


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第八十二話:アルトの足止めとタイラントの脅威

 アルトは、必死に魔法陣を展開し続けていた。

 しかし、その顔は既に蒼白を通り越し、額からは脂汗が滴り落ちている。ルナ師匠から警告されていた、魔力回路の「歪み」。無限の魔力を抱えながら、それを出力するパイプが歪んでいる今の彼にとって、魔法の行使は己の脳を直接焼くような劇毒となっていた。

「《影縛りのシャドウ・バインディング・ソーンズ》!」

 闇の茨がタイラント・ゾンビの足に絡みつく。だが、腐敗した巨躯はその束縛を嘲笑うかのように、力ずくで引きちぎった。

「くっ……!《泥濘化グラウンド・マッド》!」

 地面を泥沼に変え、その動きを封じようとする。

 沈み込む巨体。足を取られ、動きは止まったかに見えた。

 それでも、タイラント・ゾンビは止まらない。腐り果てた肉体に宿るネクロアの強化魔法が、物理法則すらねじ伏せる怪力を生み出し、力ずくで泥から足を引き抜いていく。

「……っ、頭が……」

 アルトはこめかみを押さえた。激しい耳鳴りと眩暈。視界が真っ赤に染まり、思考の連結が断たれそうになる。魔力回路が、限界の悲鳴を上げていた。

「もう一度……《影縛りの茨》……っ!」

 闇の触手が再び獣を縛るが、それはあまりに細く、弱々しい。

 タイラント・ゾンビは、その糸のような拘束を容易く粉砕し、咆哮を上げた。アルトの拘束は、もはや時間を稼ぐことすら叶わなくなっていた。

「アルト! あんたの足止めが持たないわ!」

 レイナさんが叫ぶ。彼女もまた、雑魚アンデッドの殲滅に追われ、魔力の消耗は激しい。この閉塞感を打ち破れるのは、機動力のある俺だけだ。

「ライト、前に出ろ! タイラントの注意を引きつけろ!」

 シエラさんの指示に、俺は即座に応じた。光属性の魔力を、剣の芯へと凝縮させる。

「《光剣付与ライト・エンチャント》!」

 刃が淡い白光を纏う。俺は、地響きを立てて迫るタイラント・ゾンビに向かって地を蹴った。

 狙いは、腕の関節だ。

(巨体ゆえに、再生には膨大な魔力が必要なはず。動くために必要な部位を削り続け、ネクロアの供給を上回る……!)

「はあっ!」

 俺は最短距離で肉薄し、光を纏った刃を振り下ろした。光に焼かれる腐肉。タイラント・ゾンビが、生前には無かった濁った声を上げて俺を睨みつける。

『ほう……供給を削るか。効率的な判断だ。だが、それで間に合うかな?』

 上空から見下ろすネクロアの、実験を観察するような冷徹な声。

 タイラント・ゾンビには痛覚がない。斬られた腕をそのままに、反対の巨大な爪が、俺の頭上から振り下ろされた。

「くっ……!」

 咄嗟に剣を交差させ、防御の姿勢を取る。

 直後、凄まじい質量が俺を地面へと叩きつけた。振り下ろされた爪は俺を掠めて地面を深く抉り、その衝撃波だけで数十メートル先の木々がまとめて薙ぎ倒された。――直撃すれば、即死。その事実が、脳髄を震わせる。

「ぐっ……あ……!」

 肺から空気がすべて絞り出され、全身の骨が軋む。

 視界が明滅する。それでも、俺は立ち上がらなければならない。俺が倒れれば、俺の真後ろで立ち尽くす彼女が殺される。

「ライトさん! 《活泉ライフ・ストリーム》!」

 ステファニーさんの温かい光が俺を包む。傷が塞がり、重い体が再び動く。

「ありがとうございます、ステファニーさん!」

 俺は再び、絶望的な破壊を振りまく獣へと立ち向かった。《光弾ライト・ボルト》を眼窩に放ち、一瞬の隙を作ってはその足首を斬る。

 致命傷にはならない。再生を阻害できても、決定的な破壊には至らない。じりじりと、こちらの体力が削られていく。

「アルト、もう一度拘束を……!」

 シエラさんの声に、アルトが震える手をかざした。しかし、魔法陣は形を成す前に砕け散った。

「くっ……もう……持ちません……!」

 魔力回路の限界。彼はそのまま、膝から地面に崩れ落ちた。シエラさんはアルトを背後へ押しやり、自らタイラント・ゾンビの前に立った。黒剣を構える彼女の表情にも、かつてない疲労の色が浮かんでいる。

『ククク……無駄だ、光の剣使いよ。貴様の仲間は、もう限界だ。あと少しで、全員が我がコレクションの糧となる』

 ネクロアの嘲笑が、死の霧に満ちた森に響く。アルトは倒れ、レイナさんは疲弊し、シエラさんは一人で巨躯を食い止めている。そして、ステファニーさんは、ただ恐怖に震え、自分を狙う死神の視線に立ち尽くしていた。

 このままでは――全滅する。

 その確信が、冷たい泥のように俺たちの心を侵食し始めていた。

「……俺は、諦めない!」

 俺は折れそうな心を、ステファニーさんの温かな魔力の残滓で繋ぎ止めた。光の魔力を、全身の細胞一つ一つに叩き込む。

 この地獄を終わらせるために。俺は、ネクロアの喉元へと踏み込んだ。

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