第八十一話:タイラント・アームドベアの復活
ネクロアの眼窩に宿る紫色の瞳が、不気味な愉悦に細められた。
奴がその禍々しい杖を地面へと叩きつけた瞬間、俺たちの足元で大地が激しく隆起した。
「なっ……!?」
轟音と共に土塊が吹き上がり、そこから這い出してきたのは巨大な「死」の影だった。
それは、熊だった。いや、熊だった「もの」だ。腐敗し、骨が剥き出しになった肉体に、悍ましい紫のオーラを纏っている。その巨躯に見覚えがあったステファニーさんが、震える声で叫んだ。
「タイラント・アームドベア……! お、お姉さん……あれって……!」
「ああ……間違いない。あの時、奴が骸骨を"こつん"と蹴った意味はこれか……!」
シエラさんの声に、かつてないほどの後悔と怒りが滲む。かつて倒したはずの獣。その亡骸にネクロアが刻んだのは、再利用のための「印」だったのだ。
『ククク……その通りだ。あの日、我が"印"を刻んでおいた獣だ。いずれ我が研究を完成させるための、最高の『器』としてな』
タイラント・ゾンビが咆哮した。生前の怒りと死の呪いが混ざり合ったその声が、森を震わせる。
レイナさんが即座に杖を掲げた。
「ふざけないで!《流星炎舞》!」
直撃。轟音と共に炎が巨躯を包み込む。だが、焼け焦げた肉は紫のオーラに包まれ、瞬く間に修復されていく。
「くっ……キリがないわ! 焼いても焼いても、再生する……!」
「アルト、足止めしろ! レイナは雑魚の殲滅に集中!」
シエラさんの指示に、アルトが魔法陣を展開した。だが、その顔は蒼白で、額からは脂汗が流れている。
「《影縛りの茨》! ……っ、頭が、割れそうだ……!」
凄まじい耳鳴りと眩暈がアルトを襲う。魔力回路の不調により、本来なら容易なはずの拘束魔法すら、今の彼にとっては毒を飲むような苦行となっていた。
(――だが、その再生のたび、奴を包む紫のオーラが、わずかに薄れていく……!)
朦朧とする意識の中で、アルトだけがその微かな変化を見逃さなかった。無限ではない。だが、削り切る前にこちらの誰かが食い殺される――そんな極限の速度勝負。
「ライト、ネクロアを抑えろ!」
「了解です!」
俺はステファニーさんの前へと踏み出した。
背後の彼女は、杖を握りしめたままガタガタと震えている。自分の魂を「素材」と呼び、執拗に狙ってくるネクロアの視線。その生理的な恐怖に、彼女は呼吸をすることすら忘れているようだった。
俺が、彼女を……時間を稼ぐしかない。
「《光剣付与》!」
俺が唱えると、剣の刃に淡い、だが清浄な光が宿った。
俺は一直線にネクロアへと肉薄する。だが、奴は嘲笑うように雑魚アンデッドを盾として並べた。
「退けえっ!」
光を纏った刃が、盾となったアンデッドを斬り裂く。初級スキルとはいえ、アンデッド特効を持つ聖なる光は、確実に奴らの肉を焼いた。
『ククク……私の軍勢は尽きぬ。――貴様らの魔力が尽きるまではな』
ネクロアが杖を振るたび、紫のオーラに当てられた俺の体が重くなる。魔力が、命が、じりじりと削られていく感覚。
「ライトさん……!」
ステファニーさんの悲鳴。見れば、アルトの拘束を力ずくで引きちぎったタイラント・ゾンビが、その巨爪を振り上げていた。
「《光弾》!」
俺は左手から白い光の弾を放った。タイラントの顔面で弾け、一瞬だけその動きを止める。
――致命傷にはならない。だが、確実に奴の再生を阻害し、ダメージを与えている手応えがある。
『……ほう、その脆弱な光で我に抗うか』
ネクロアの声に苛立ちが混じる。レイナさんの火魔法が雑魚に阻まれ、アルトが眩暈に膝をつき、シエラさんがタイラントの猛攻を剣一本で受け止める絶望的な状況。ステファニーさんは、ただ恐怖の標的として立ち尽くしている。
『これが貴様らの限界か。所詮、人間などこの程度よ』
魔力は削られ、再生し続ける巨躯が目の前に迫る。
このままでは――負ける。
その絶望が、冷たい泥のように俺たちの心を侵食し始めていた。




