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第四章: 境界の守護者と四つの異能『選ばれし者たちは、まだ互いを知らない』  作者: ぃぃぃぃぃぃ


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第七十九話:不穏な報告

 その日の夕刻。エルトリアの街は、空を禍々しい血の色に染め上げるような、不気味な残照に包まれていた。

 図書館での対話を終えたアルトを迎え、俺たちは既に職務へと戻っていたルナさんのいるギルドへ、装備の最終確認のために立ち寄った。しかし、その穏やかな喧騒は、暴力的な勢いで叩きつけられた扉の音によって粉砕された。

「大変だ! 誰か、すぐにギルドマスターを……ッ!」

 石床を叩く不揃いな足音。現れたのは、全身を返り血と泥で汚した一人の冒険者だった。その瞳は焦点が定まらず、網膜には剥き出しの恐怖が張り付いている。

「落ち着いてください。何があったんですか?」

 カウンターの内側から、ルナさんが静かな声をかける。受付嬢としての非の打ち所のない冷静さ。だが、俺は見逃さなかった。彼女の鋭い視線が、冒険者が持ち込んだ「異質な死の気配」を瞬時に射抜くのを。

「エルトリア北方の森に……アンデッドの群れが出現したんだ! 奴らは普通のアンデッドじゃない。魔法を撃っても致命傷にならず、斬っても嗤いながら動き続けるんだ……。それに、あの紫の光が……!」

「……ルナ。ガルドを呼んでこい。今すぐだ」

 低く、地を這うような声が響いた。

 いつの間にか俺の隣に立っていたシエラさんだった。彼女の背中は、かつてないほどの緊張感で鋼のように硬直している。

「おい、そのアンデッド……周りに紫色の、不気味な魔力が漂っていなかったか?」

「な、なぜそれを……! まさに、その通りです……! ローブの隙間から見えたのは、生きた肉じゃなく、紫の炎を宿した骸骨の顔で……!」

 冒険者が驚愕に目を見開いた瞬間、俺のすぐ後ろでステファニーさんが小さく息を呑む音が聞こえた。

「……嫌な魔力です〜。空気が、腐っているみたいで……」

 ステファニーさんはふらふらと運び込まれた冒険者に近づき、その体に震える手をかざした。

「ひどい……癒しを流しても、この不気味な紫の魔力が、私の光を拒絶しているみたいで……。お姉さん、これ、普通の魔物じゃありません〜……」

 その報告を聞いたシエラさんの表情が、一段と険しさを増した。運び込まれた男の魔力回路を、俺も横から覗き見る。……まるで掃除機で吸い取られたかのように、内側からスカスカに干上がっていた。

「ああ、間違いない。あの時のクソ野郎だ。……まだこの辺りをうろついてやがったのか」

 シエラさんは苦々しく吐き捨て、腰の黒剣を強く握りしめた。

 すぐにギルドマスター・ガルドが現れ、事態を把握すると同時に緊急招集の鐘が街中に鳴り響いた。

 数分後、招集された俺たちはギルドホールの壇上に立つシエラさんの前に集まった。そこには、険しい表情のレイナさんと、冷静に魔導書の頁をめくるアルトの姿もある。

「手短に話す。北方の森に現れたのは、かつて俺とステファニーが遭遇した紫マントの魔族だ。奴は死霊を操るネクロマンサー。奴の纏わせる紫のオーラは、アンデッドに疑似的な『不死』を付与しやがる。……どれだけ壊れても止まらねえって意味だ」

 シエラさんの説明に、ベテラン冒険者たちが息を呑む。

「さらに厄介なのは、奴には相手の魔力を吸い取る能力があることだ。長期戦になれば、こちらの魔力が枯渇して詰む。……特にアルト。お前だ」

 名指しされたアルトが、眼鏡の奥で目を見開いた。

「お前の魔力量は異常だが、今は回路が不安定なんだろ。無理に魔力を引き出せば、逆に奴に回路を逆流されて吸い尽くされるぞ。気をつけろ」

 前日にルナさんから警告されたばかりの「魔力回路の歪み」。無限の魔力を抱えながら、それを流す器が揺らいでいるアルトにとって、魔力を吸い取る敵との戦いは、まさに毒を飲むようなものだ。

「……そして、もう一つ。奴の狙いは、おそらくステファニーだ」

 シエラさんの視線が、妹のように可愛がっているステファニーさんに向けられた。

「聖女の魔力は、奴らにとってはこの上ない好物だ。死者を弄ぶあいつらにとって、清廉な癒しの力は、奪って汚すべき最上のコレクションなんだよ」

「……っ、私……ですか〜?」

 ステファニーさんの顔が恐怖に強張る。だが、彼女は震える手で杖を握り直し、シエラさんの目を真っ直ぐに見つめ返した。

「ガルド、三十分以内にAランク以上を揃えろ。第一グループは俺が、ライト、レイナ、アルト、ステファニーを連れて先行する。……奴の首は、俺たちが獲る」

 シエラさんの断定的な言葉に、ギルドマスターはただ短く「承知した」と応じた。

 俺は剣の柄を握りしめた。

 紫マントの魔族。そして、死のオーラを纏った終わりなき軍勢。

 アルトが抱える「回路の不安」、そしてステファニーが抱える「無力の悩み」。それらすべてが、北の森に立ち込める霧の中に吸い込まれていくようだった。

「行くぞ。遅れるなよ」

 シエラさんの背中を追い、俺たちは夕闇の街を駆け出した。

 エルトリア近郊、平和を謳歌していた森が、今まさに「死の王」の領土へと変わろうとしていた。



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