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第四章: 境界の守護者と四つの異能『選ばれし者たちは、まだ互いを知らない』  作者: ぃぃぃぃぃぃ


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第七十八話:アルトと師ルナの対話

 エルトリアの魔導図書館。静謐な空気が漂う古い建物の奥で、アルトは独り資料を漁っていた。

 あの失敗から数日。アルトの心には、拭いきれない焦燥が澱のように溜まっていた。

(……計算が合わない。光と闇の反発係数を、なぜ僕の魔力が抑え込めなかった?)

 ペンを走らせる手が止まる。

 最近、魔力の流れに奇妙な不安定さを感じていた。無限に湧き出す魔力に対し、それを制御する自分自身の感覚がわずかにズレている。

(……魔力は満ちているのに、流れ方が以前と違う。どこかで回路が歪んでいるのか……?)

 アルトは震える指で再びペンを執った。

頭の奥で、また微かな耳鳴りが響く。

だが、今は止まるわけにはいかなかった。

「……随分と根を詰めているようね、アルト」

 背後から響いた、落ち着いた声。

 振り返ると、そこにはギルドの制服を纏った、銀髪の女性が立っていた。

「ルナさん……。どうしてここに。受付の仕事は?」

「休憩時間よ。あなたが数日間も資料室に籠もっていると聞いたから」

 ルナ。エルトリアのギルドで受付を務める銀髪の女性。

だが彼女の正体は、かつてアルトに魔導の基礎と、そして誰にも知られてはならない禁忌――時魔法を教えた師である。

 時魔法は、他者には決して知覚されない。時間が戻ったことも、加速したことも、傍観者には「一瞬の出来事」にしか見えない。だからこそ、彼女が過去にその道で挫折した事実を知る者は、この世界にアルトしかいなかった。

「ルナさん、僕は……」

「何も言わなくていいわ。魔力の微かな『揺らぎ』を見ればわかる。……回路が歪んでいるわね、アルト」

 ルナは優雅にアルトの隣に座り、彼の手を取った。

「……やはりね。演算に支障が出る一歩手前だわ」

「……演算には問題ありません。魔力も、無限に供給されています」

 そう強弁するアルトの視線を、ルナは厳しく射抜いた。

「それが一番危険なのよ。魔力が無限でも、それを流す『器』は脆い人間なの。あなたは最近、脳の処理速度を引き上げる《アクセラレーション》を使いすぎている。一人で数倍、数十倍の時間を生きる代償が、あなたの神経を焼き切ろうとしているわ」

 アルトは息を呑んだ。胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。

 複合魔法の精度を上げるため、主観時間を無理やり引き延ばし、数秒の間に数時間分の演算を詰め込んできた。その歪みが、魔力回路の不協和音として現れていた。

「アルト、約束して。時スキルの『同時使用』だけは、絶対にしないと」

「……僕の《二重連結》で、自己加速と対象減速を同時に扱えば、光と闇の反発を御せるかもしれないんです」

「ダメよ。その二重の負荷が回路に重なれば、あなたの精神システムは内側から捻じ切れるわ」

 ルナは、魔法を失った右手を静かに見つめた。

「私もかつて、一瞬で全てを解決しようとして、この手で回路を粉砕したの……。他人には何も見えない一瞬の出来事。私一人が魔法を失って、それで終わりだった」

 師の静かな告白に、アルトは唇を噛んだ。

「……でも、このままじゃ数式が完成しない。どれだけ計算を重ねても、僕の理論だけでは光と闇を繋げられないんだ」

「なら、別の方法を探しなさい。魔術師としての論理ロジックを捨てた、その先にある答えを」

「論理を捨てる……? 答えが数式にないのなら、どこにあると言うんですか」

「答えは、もっと不確かな場所にあるはずよ」

 ルナは立ち上がり、ギルドへ戻るために歩き出した。

「無理をしないで、アルト。あなたが壊れることは、あなたの仲間も望んでいないわ」

 独り残されたアルトは、夕陽に照らされた資料を見つめた。

赤く染まった数式たちが、まるで警告のように見えた。

 魔力回路の歪み。そして、論理の外側にあるという「不確かな答え」。

 アルトは震える指で再びペンを執った。

 時スキルに頼らず、かつ、光と闇を一つにする方法。それは、これまでの積み上げをいったん壊さねば辿り着けない、魔術師として未踏の領域――。それを僕は挑まねばならない、未知の領域であることを悟り始めていた。

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