第七十五話:ライトとレイナの「衝突連携」の再構築
翌日。
俺が目を覚ましたとき、昨日の《影との対話》の影響で体は鉛のように重かった。
だが、このままベッドで寝ているわけにはいかない。
「……ライトさん、大丈夫ですか?」
部屋の隅で、ステファニーさんが心配そうに俺を見ていた。
「レイナさんは……?」
「朝からアルトさんと訓練場に。レイナさん、独りで闇を練り直していましたが……上手くいかないみたいで、アルトさんを呼びに行ったんです」
自尊心の高い彼女が、大嫌いな効率主義のアルトを頼った。その事実が、彼女が背負った覚悟の重さを物語っていた。
俺はふらつく足で、訓練場へと向かった。
訓練場では、レイナとアルトが険しい顔で資料を広げていた。
「……だから、光の魔力を直接闇に触れさせるんじゃなくて、間に『緩衝材』を挟むのよ」
「その構造を作るのが、僕の《二重連結》というわけですね」
アルトが俺に気づき、静かに頷く。
「ライトさん。昨日の失敗の原因は、あなたの光がレイナさんの闇を『拒絶の燃料』にしたことです。今日は、僕の魔力で『中立的な演算結界』を二人の間に架けます」
シエラさんが少し離れた場所で、腕を組んで俺を見た。
「お前、まだ不安か?」
「……はい。また、傷つけるかもと思うと」
「レイナもアルトも、お前のために本気になってる。だったら、お前も本気で応えろ」
シエラさんの激励に、俺は拳を握りしめ、二人の間に入った。
「アルト、始めて」
レイナの合図で、アルトが複雑な魔法陣を展開した。
「《二重連結》――演算結界、展開」
俺は剣に光を纏わせ、結界へと流し込む。
昨日の暴走が嘘のように、光と闇はアルトの結界の中で美しい螺旋を描き始めた。
「……すごい。共存してる」
ステファニーさんの歓声が聞こえる。光と闇が互いを食らうことなく、一定の距離を保って回転している。成功か、と思った。
だが、俺の心には、昨日とは違う奇妙な違和感があった。
(……流されている?)
傷つけるのが怖い。だから俺は、アルトの制御にすべてを任せ、光を「差し出す」だけになっていた。
「……っ、光の波形が減衰している!?」
アルトが声を上げた。
「ライトさん、もっと主導権を握ってください! あなたが光を『委ねすぎて』いるせいで、結界のバランスがレイナさんの闇に傾き始めている!」
魔法陣が黒く染まっていく。
闇が強すぎるのではない。俺の光に「意志」がないせいで、アルトの天秤が闇の方へ一方的に崩れ落ちていたのだ。
「ダメだ、侵食が止まらない! 二人分の波形制御だけでは、この反応を抑え込めない……!」
アルトの顔に冷や汗が流れる。
「光と闇の出力を等価にする『第三の意志』が……中核に足りない!」
その瞬間、シエラさんが動いた。
「そこまでだ!」
シエラさんは抜剣するなり、暴走しかけた魔法陣の中央へ迷わず踏み込み、その莫大な圧力ごと術式を物理的に断ち切った。
強引に魔力が散らされ、訓練場に静寂が戻る。
アルトは地面に膝をつき、唇を噛んだ。
「……僕の設計ミスです。二人の魔力を繋ぐだけでは、この『衝突』は完成しない。演算の軸となる要素が、もう一つ欠けていました」
レイナもまた、震える手で杖を握りしめていた。
「……今のままじゃ、ダメなのね。光と闇を並べるだけじゃ、この壁は越えられない……」
絶望ではない。だが、今の自分たちに「足りない何か」の大きさに、レイナは唇を噛み締めていた。
俺は、散っていった光の残滓を見つめていた。
(俺が、ただ守られていただけだ……)
レイナに救われようとし、アルトに制御されようとした。
俺自身が、俺の光を信じて主導しなければ、誰の助けがあってもこの盾は完成しない。
「今日はここまでだ」
シエラさんが剣を納め、冷徹に、だがどこか慈悲深く言い放つ。
「お前ら、進むべき方向は見えたはずだ。これ以上は命に関わる。各自、頭を冷やせ」
重い沈黙が訓練場を支配する。
だが、俺の隣で立ち上がったレイナの瞳には、まだ消えない炎が燃えていた。
そして俺も――
自分の不甲斐なさを噛み締めながら、剣を強く握り直した。
次は俺が、この光の舵を執る。
アルトの演算が追いつかないほどの、確かな意志を持って。




