第七十四話:ライトとレイナの「衝突」
エルトリア郊外の訓練場。
夕陽が地面を赤く染める中、俺とレイナさんは向かい合っていた。
だが――何度やっても、うまくいかなかった。
俺の《光壁》は、レイナさんの火力を受け止める前に、必ず崩れる。触れる直前で、防御魔法が勝手に壊れていく。
まるで――俺の無意識が、相手に干渉することを拒絶しているみたいに。
「中断だ!」
シエラさんの一喝で魔力が霧散し、重い沈黙が落ちる。
「……何やってるの。やる気がないなら、最初から言いなさいよ」
冷たいレイナさんの声。俺は言い返せず、地面に崩れ落ちた。剣を握る手の震えが止まらない。
「ライト」
シエラさんが俺の前に立ち、逃げ場を塞ぐように低く響く声を出す。
「前にも言ったはずだ。お前が『傷つけたくない』って理由で手を抜くせいで、結果として仲間を死なせる。それがお前の言う『優しさ』か?」
その言葉に、レイナさんの表情が強張った。
「……傷つけたくない? どういうことよ、シエラ」
「こいつは前世の模擬戦で、全力の制御を誤って仲間を大怪我させてるんだ。それ以来、本気でぶつかることを……相手を壊してしまうことを、病的に怖がってやがる」
空気が凍りついた。レイナさんは言葉を失ったまま、俺の震える手を見つめていた。
「……馬鹿じゃないの」
その声に棘はなかった。彼女は杖を握り直し、強い覚悟を瞳に宿して俺を真っ直ぐに見据えた。
「私たちが戦ってるのは、お互いを守るためでしょ。あんたの手加減は――ただの侮辱よ」
「シエラ。私の闇属性・特級魔法《影との対話》を使わせなさい。これで、解決できないか探りたいの」
「光と闇だぞ。下手をすればライトの精神が闇に呑まれる」
「正反対だからこそよ! ライトが恐れている『壊れる相手』じゃない。私の『闇』と、直接向き合わせるの」
シエラさんは苦渋の表情で、二人から距離を取った。
「……わかった。だが無理はするな。もしもの時は俺が力ずくで止める」
レイナさんが深く息を吸い、俺の足元を杖で指し示した。
「闇よ、全てを映せ。――《影との対話》!」
地面から漆黒の闇が滲み出し、俺の意識を引きずり込む。冷たい闇の中、レイナさんの声が響く。
「見せなさいよ、ライト。あんたを縛ってる影を。全部、受け止めてやるから!」
その瞬間、闇の奥底で俺の「光」が激しく暴走した。かつて俺が傷つけてしまった少女の泣き叫ぶ声が、光の奔流となって溢れ出す。
「魔力反応が異常です!」
遠くでアルトの叫び声が聞こえる。
「ライトさんの光が、レイナさんの闇を『燃料』にして肥大化している! これは拒絶だ……! 自分の加害性を見られる恐怖から、無意識がレイナさんを『敵』と誤認して、全力で排除しようとしている!」
「なっ……! レイナ、解除しろ!」
「できない……!」
シエラさんが割って入ろうとするが、強烈な精神連結の余波に弾かれる。今無理に介入すれば、二人の精神が壊れる。Sランクの彼女ですら、見守るしかない極限状態。
「私の意志を通さず、光が闇を食ってる……制御が――っ!」
レイナさんの悲鳴。俺の光が、彼女の闇を無理やり引き裂き、臨界点を超えて爆ぜた。
轟音と衝撃。
俺は地面に叩きつけられ、意識が遠のく中、涙に濡れたレイナさんの声を聞いた。
「……ごめん……あんたを、独りきりにして……」
――――
目を覚ましたのは、宿の部屋だった。
「……ライト」
隣には、目が赤いレイナさんが座っていた。
「……ごめん」
「謝るのは、私よ。あんたをあんな目に遭わせて」
レイナさんは俯いた後、強く顔を上げた。
「でも……私は諦めない。あんたのトラウマも、私に見せたくない弱さも、全部知った。それでも――私はあんたを、その影の中に置いておかない」
彼女は杖を握りしめた。
「必ず、この連携を成功させる。アルトの演算も使うわ。屈辱だけど、あんたの震えを止めるためなら効率を取る」
扉の前で、彼女は一度だけ振り返る。
「……ライト。あんたは、本当は誰よりも強いわよ。私がそれを証明してあげる」
扉が閉まった後、俺は天井を見つめた。
問題は何も解決していない。俺の光は、助けようとしてくれた仲間を殺しかけた。
それでも。彼女の瞳に宿った炎を、信じてみたいと思った。




