第七十二話:初の同種複合魔法(風×風)
翌朝。
訓練場に集まった俺たちの間には、昨日からの重苦しい空気が残っていた。
レイナさんはステファニーさんと目を合わせられず、不自然に視線を逸らしている。ステファニーさんもまた、何か言いたげに口を噤んでいた。
その沈黙を破ったのは、アルトだった。
「レイナさん。……見つけました。あなたの魔法を、誰にも汚させずに増幅する方法」
レイナさんが、弾かれたように顔を上げる。
「……本当に?」
「はい。試させてください」
アルトの瞳にある確信に、レイナさんは一瞬だけ迷いを見せたが、やがて小さく頷いて中央へ進み出た。
シエラさんが無言で訓練用の標的を設置する。
アルトは、レイナさんの隣で静かに魔力を練り始めた。
「今までは、火に火を足そうとして失敗しました。だから、火そのものには触れません。……レイナさんの火を加速させるためだけの『道』を作ります。……二重連結」
アルトが両手を広げると、彼の周囲に二つの魔法陣が同時に展開された。
それを見たシエラさんの目が、驚愕に細められる。
「……おいおい。同じ属性を同時に、それも寸分の狂いもなく同期させてやがるのか? 互いの魔力が干渉して霧散しちまうはずだぞ、普通は」
シエラさんの言葉を裏付けるように、アルトの額には大粒の汗が浮かんでいた。超速演算。頭が焼けるような負荷をかけながら、彼は二つの風を一つに「揃えて」いた。
「レイナさん、お願いします!」
「ええ……っ!《流星炎舞》!」
放たれた火球に対し、アルトが二つの風を放つ。
それは単なる風の塊ではなかった。
二つの《風の刃》が標的までの間に「真空の筒」を作り出し、レイナさんの火球を内側へ強烈に吸い込み、加速させたのだ。
――瞬間。
オレンジ色の火が、風の加速を受けて白銀の閃光へと変貌した。
ドォォォォォンッ!!
訓練場全体が震えるほどの轟音。
標的は粉々に砕け散るどころか、蒸発して消え去っていた。背後の壁には巨大な亀裂が走り、防護用の結界が耳障りな音を立てて軋んでいる。
「……嘘でしょ。私の魔法が、あんな……」
レイナさんの声が震えていた。
シエラさんは、もはや笑うしかなかった。
「初級二つで、上級の弾速をここまで引き上げたのか。……坊主、お前の『同種複合』……とんでもねえな」
アルトは肩で息をしながら、レイナさんに向かって微笑んだ。
「……計算通りです。レイナさんの魔法を、汚さずに済みました」
レイナさんは、標的のあった残骸と、目の前の少年を交互に見つめていた。
やがて、彼女は顔を赤らめてそっぽを向く。
「……認めるわよ。あんたの応用力、認めるわ。……でも! これで満足なんてしないでよ。もっと……もっと私を強くしなさいよね」
言葉は強かったが、昨日までの刺々しさは消えていた。
アルトは、穏やかに頷く。
「はい。これから、もっと磨いていきましょう」
沈黙が訪れる。
レイナさんは、少し離れた場所に立っていたステファニーさんの方を、ちらりと見た。
そして、逃げるように視線を逸らしながらも、絞り出すように口を開く。
「……ステファニー。……悪かったわね、昨日。私、どうかしてたわ」
ステファニーさんの瞳に、一瞬で光が戻った。
「レイナちゃん〜……! 大丈夫ですよ〜、嬉しいです〜……!」
駆け寄ろうとするステファニーさんを、レイナさんは「来ないでよ、暑苦しいわね!」と不器用にはねのける。だが、その口元には隠しきれない笑みが浮かんでいた。
シエラさんが、満足げに俺の肩を叩く。
「よし。これで攻撃の核も決まった。残るは――」
シエラさんの視線が、ステファニーさんへと向けられた。
攻撃の進化を見たステファニーさんが、どこか決意に満ちた表情でアルトの手を見つめている。
俺は、鞘に納めた剣の重みを感じながら、これからの自分たちの姿を想像していた。
アルトが示した「可能性」は、俺たちをさらなる高みへと連れて行く。
レイナさんは、もう俺たちの視線から逃げるように走ることはなかった。




