第七十一話:レイナの嫉妬
レイナさんとアルトの連携が失敗してから、さらに数日が経過した。
アルトは宿の資料室に籠もり、夜遅くまで魔導書と計算紙に向かい合っている。だが、訓練場での彼は、依然としてステファニーさんとの調整を優先していた。
エルトリアのギルド訓練場。
アルトとステファニーさんの《連結》は、もはや呼吸のように自然だ。
「ステファニーさん、魔力の流れはどうですか?」
「はい〜……とっても安定してます〜……! アルトくんの供給があると、本当に楽ですよ〜……!」
二人は手を繋ぎ、微笑み合う。その周囲には、完璧に調整された魔力の残光が美しく漂っていた。
俺とシエラさんは、その完成された連携に満足げに頷く。
――だが。
その光景を、レイナさんは訓練場の隅から、壁にもたれて黙って見つめていた。
繋がれた手。
通じ合う視線。
ステファニーさんの穏やかな笑顔。
その全てが、レイナさんの胸を強く締め付けた。
(……置いていかれる)
自分だけが、アルトの隣に立てない。
自分だけが、彼の計算の外にいる。
ステファニーのことは好きだ。あんなに優しくて良い子はいない。……だからこそ、今の自分が醜くて、耐えられなかった。
アルトが《連結》を解除し、手を離す。
「今日の訓練はここまでです。お疲れ様でした、ステファニーさん」
「はい〜……お疲れ様です〜……」
二人が歩き出そうとした瞬間。
重い足音を立てて、レイナさんが詰め寄った。その瞳は、暗い炎を宿している。
「ねえ、アルト」
「あ、レイナさん。……はい、何でしょうか」
「……何、じゃないわよ」
レイナさんの声が、微かに震える。
「あいつとは完璧にできるのに、なんで私とはできないのよ!? 私のことは後回しにして、ステファニーばかり優先して……!」
「レイナさん、僕は別の方法を探して……」
「嘘よ! 言い訳ばかり並べて、私のことなんてどうでもいいのよ! ……私だけ、置いていかれるじゃない……っ!」
悲鳴のような叫びだった。
ステファニーさんが、震える手でレイナの肩に触れようとする。
「レイナちゃん……そんなことないよ〜……アルトくんは――」
「黙ってて!!」
鋭い怒鳴り声が訓練場に響き渡った。
ステファニーさんの表情が凍りつく。その優しさに満ちた瞳に、さぁっと悲しみが広がっていくのが分かった。
「……あ」
レイナさんの顔が、一瞬で青ざめる。
自分が誰を傷つけたのか。一番言いたくなかった言葉を誰にぶつけたのか。
後悔が波のように押し寄せたが、それを口にするプライドも、資格も、今の彼女には残っていなかった。
「……もういいわ。放っておいて」
レイナさんは絞り出すように言うと、俺たちの視線から逃げるように訓練場を走り去った。その背中は、今にも折れそうなほど小さく震えていた。
「レイナちゃん〜……」
ステファニーさんの瞳から、涙がこぼれ落ちる。
「……嬢ちゃんはな、負けるのが怖ぇんだ」
シエラさんが低く呟いた。その一言に、今のレイナさんの苦しみの全てが詰まっている気がした。
アルトは、レイナが出て行った扉をじっと見つめていた。
その指先は、彼女の魔法が放っていた「微かな熱の余韻」を空中でなぞっている。
(……火を重ねるから、食い合ってしまうんだ)
アルトの瞳に、一筋の鋭い光が宿った。
(レイナさんの『完成された火』をいじるんじゃない。……外側から、彼女の熱量を加速させる『風』。それも、ただの風じゃない。……そうか、それなら!)
アルトは誰に言うでもなく、自身の手に魔力を灯した。
その魔力は、先ほどまでの穏やかな供給とは一線を画す、鋭く研ぎ澄まされた計算の結果を反映していた。
「シエラさん。明日……明日、もう一度だけ、レイナさんとの時間をください」
アルトのその言葉には、迷いはなかった。
少年はついに、プライド高き魔術師を救う「答え」に辿り着こうとしていた。




