第七十話:連携への衝突
絶対的な防御ラインが確立されてから数日が経過した。
俺たちは毎日、ギルドの訓練場で連携の精度を高めていた。
アルトとステファニーさんの《連結》による防御は、もはや鉄壁だ。
誰が見ても完成度は高い。
――だが。
その様子を離れた場所で見ていたレイナさんは、苛立たしげに地面を爪先で叩いていた。
彼女は不意にアルトの元へ歩み寄ると、吐き捨てるように告げる。
「ねえ、アルト。……その『ぬるい連携』はもういいでしょ」
「え……?」
「次は私よ。私の火魔法を、あんたの魔法で増幅させなさい。ステファニーとだけできて、私とできないなんて、絶対に認めないわ」
レイナさんの言葉には、対抗心以上の鋭いトゲが混じっていた。
俺とステファニーさんは、その気迫に気圧されて思わず顔を見合わせる。
仲裁に入ろうにも、今のレイナさんには何を言っても逆効果になりそうで、俺はただ見守るしかなかった。
シエラさんが興味深そうに腕を組み、訓練場の端で顎をしゃくる。
「おっ、嬢ちゃんから言い出したか。……いいぜ、やってみな」
レイナさんとアルトが中央に立つ。
レイナさんはアルトの反応を待たず、標的に向かって鋭く腕を突き出した。
「焼き尽くせ!《流星炎舞》!」
巨大な火球が、圧倒的な熱量を帯びて放たれる。
その直後、アルトが魔法を唱えた。
「《火の矢》」
アルトが放った初級の火が、レイナさんの火球に重なろうとする。
……だが、その瞬間。
レイナさんの上級魔法が放つ魔力圧に、アルトの魔法は燃料にすらなれず、干渉した瞬間に飲み込まれ、かき消されてしまった。
着弾の爆発音は虚しく響き、威力はレイナさんの単独魔法となんら変わりないものだった。
「……っ、何よ今の!? 全然増幅されてないじゃない!」
「すみません……。でも、レイナさんの魔法は密度が高すぎて、僕の初級の火では、干渉する前に同化して消えてしまうんです」
「言い訳しないでよ! あんたが私に合わせて調整すればいいだけでしょ! 工夫すればできるはずよ!」
レイナさんの感情的な要求に、アルトは困ったように眉を下げた。
「レイナさん……。同じ『火』でこれだけ出力に差がある以上、僕がどれだけ調整しても結果は同じですよ。大海原に、コップ一杯の水を足すようなものです」
そこへシエラさんが歩み寄る。
その声は、静かだが厳しい。
「嬢ちゃん。今のやり方じゃ、これ以上は無理だ。同じ属性でこれだけ差がありゃ、下位は食われるのが道理なんだよ」
突き放すようなシエラさんの言葉に、レイナさんの顔がさらに強張る。
「……じゃあ、私に手加減しろって言うの!?」
「歩み寄る気がねえなら、少なくとも今の属性のままじゃ、連携は成立しねえな」
シエラさんの言葉に、レイナさんのプライドが爆発する。
「……冗談じゃないわ! 冗談じゃないわよ!」
彼女は、まるで宝物を侮辱されたかのような顔で叫んだ。
「私の《流星炎舞》は、魔力構成を極限まで突き詰めて完成させてるの! それを弱めるなんて、魔法そのものを壊すのと同じよ! 私が、あんな初級魔法なんかに合わせるなんて……絶対に嫌!」
レイナさんは肩で息をしながら、ステファニーさんを睨みつける。
(なんで、あの女は平気なの? なんでアルトは、あいつにだけ『完璧』に合わせてるのよ……っ)
理屈ではない嫉妬が、彼女を頑なにし、攻撃的な拒絶へと変えていた。
アルトは少しだけ考え込むように黙り、それから静かにレイナさんを見つめた。
「レイナさん。……今のやり方、つまり同じ属性を重ねる方法じゃ、僕には逆立ちしても追いつけません。だから、今の方法を捨てます」
「……え?」
「レイナさんの魔法を汚さず、かつ僕の初級魔法でも確実に増幅できる『別の方法』を……僕が、計算して見つけ出します。……それまで、時間をくれませんか?」
その瞳には、一人の魔術師としての執念が宿っていた。
レイナさんは一瞬だけ圧倒されたように口を閉ざしたが、すぐにまた顔を背ける。
「……ふん。勝手にしなさいよ。あんまり長くは待たないわ。次は、私を納得させなさい」
アルトがステファニーさんの元へ戻り、再び調整を始めると、レイナさんはその繋がれた手を、射抜くような憎々しげな目で見つめていた。
(絶対に……あんな女に負けてやるもんか)
俺は、重苦しい沈黙の中で剣の柄を握り直した。
鉄壁の防御を得たはずの五人パーティの中に、新たな「衝突」という火種が――
静かに、黒くくすぶり始めていた。




