第七話:剣術と光属性の特訓開始
山間部での訓練が始まって、三日目の朝。
俺は、いつもの訓練場所で剣を構えていた。
不安定な地形での訓練は、想像以上に過酷だ。足元は常に傾き、石や木の根が行く手を阻む。
だが――。
シエラさんの容赦ない指導のおかげで、俺の体は少しずつ環境に順応し始めていた。石の位置を足裏で感じ取り、木を避けるために剣の軌道を自然に修正できる。
王宮の完璧に整えられた床でしか振れなかった俺の剣は、確実に「実戦の剣」へと変わりつつあった。
「おう、だいぶ良くなってきたな。足の運びも柔軟になってきた」
「ありがとうございます」
そう答えると、シエラさんは一歩前に出て、俺を見据えた。
「だが、まだ足りねえ」
空気が、少しだけ引き締まる。
「今日からは、剣術に加えて――お前の本質的な力。光属性の基礎魔法も一緒に鍛える」
「光属性の……魔法ですか?」
思わず、聞き返していた。
前世では、もちろん魔法なんて使えなかった。この世界に召喚され、勇者として光属性の適性があるとは言われてきたが、実際に使った記憶はほとんどない。
「お前は勇者として召喚された。光属性の適性は高いはずだ」
そう言うと、シエラさんは手のひらに光の球を浮かべてみせた。
夕焼けよりも眩しい、純粋な光の塊。
「魔王を討つには、剣だけじゃ限界がある。魔法は、剣と組み合わせてこそ真価を発揮する」
「……わかりました」
俺は剣を下ろし、話を聞く姿勢を取る。
「まずは基礎だ。魔力を集中させて、光を生み出せ」
手のひらの光が消える。
「呼吸を整えろ。落ち着いて、自分の中にある“力”を感じるんだ」
深く息を吸い、ゆっくり吐き出す。
体の奥で、温かい何かが流れている感覚。それが魔力なのだと、直感的に理解した。
――手のひらに集める。
「……っ!」
微かな光が、灯った。
蛍のように弱々しいが、確かに俺の力だ。
「おう、いいぞ。初めてにしては上出来だな」
シエラさんが、満足そうに頷く。
「だが、まだ弱い。魔物相手じゃ目くらましにもならねえ」
「はい……」
言われるまでもない。さっき見た光とは、比べ物にならなかった。
「焦るな。光属性は精神状態に左右されやすい。力を込めすぎるな。流し込むイメージだ」
肩を叩かれる。
「今日は、この光を強くする。溢れるくらいになるまで、何度も繰り返せ」
俺は頷き、何度も手のひらに光を灯した。
最初は微かだった光が、少しずつ、確実に明るくなっていく。
「いいぞ。その調子だ。集中しろ。一点に集めるんだ」
午前中いっぱいを費やし、ついに掌全体を覆うほどの光を生み出せるようになった。
「よし、そこまでだ。よくやった、ライト」
光を消す。
「次は、その光を剣に纏わせる」
「剣に……?」
「そうだ。剣に光属性の魔力を通せ。斬撃の威力も、魔物への効果も段違いになる」
剣を構え、魔力を意識する。
手のひらから、刀身へ。
「……っ」
剣が、淡く光った。
「できたな。だが――すぐ消えた。短剣みてえだ」
苦笑しながらも、シエラさんは続ける。
「今やったのが、光初級《光剣付与》だ。だが――今のままじゃ使えねえ。慣れだ。何度も繰り返せ。体に覚えさせろ」
俺は黙って、訓練を続けた。
光はすぐに消えなくなり、徐々に維持できる時間も延びていく。
「次は、そのまま剣を振れ」
「振る、ですか?」
「光を纏ったまま動かせ。それが実戦だ」
剣を振る。
斬撃の軌道に、光の尾が流れた。
「……すごい」
思わず、呟いていた。
だが――。
「甘い」
即座に、指摘が飛ぶ。
「光に意識を取られて、剣が鈍ってる。昨日教えた軌道修正も忘れてるぞ」
胸が、ちくりと痛む。
確かに、体が硬くなっていた。
「剣と魔法を同時に扱うのは簡単じゃねえ。だが、それができなきゃ強くなれねえ」
真剣な目で、告げられる。
「基本こそ、攻撃の土台だ。魔法を纏わせることで、お前の“攻撃を避ける癖”を上書きする」
「型を崩すな。光を纏え!」
「はい!」
そこからの訓練は、さらに厳しかった。
失敗しては、やり直す。その繰り返し。
「集中しろ!」「光を維持しろ!」「剣を止めるな!」
だが、不思議と心は折れなかった。
――この人は、本気で俺を強くしようとしている。
そう分かっていたから。
そして、ついに。
光を纏わせたまま、滑らかに剣を振り抜けた。
「おう、できたな! よくやった、ライト」
「ありがとうございます……!」
息を切らしながら、笑みがこぼれる。
「だが、これはまだ基礎だ。明日からは、光を維持したまま不安定な地形を移動する」
「はい!」
夜。
焚き火を囲み、食事を取る。
「今日の訓練、きつかったです。でも……楽しかった」
「当たり前だ。成長してる証拠だ」
その言葉に、胸が温かくなる。
テントに戻り、横になる。
剣術と光魔法。
それを組み合わせることで、俺は確実に前へ進んでいる。
この力が、過去の恐怖を上書きしてくれると信じて――俺は眠りについた。




