第六十三話:アルトの初任務
訓練場を後にして、俺たちは再びギルドのロビーに戻ってきた。
シエラさんは迷いのない足取りで受付カウンターへと向かう。
「ルナ、依頼を一つ受けたい。中級相当で、スピードのある連中がいい。……ああ、この『風狼』でいいな」
シエラさんが引き抜いた依頼書には、街の郊外に出没する群れの討伐が記されていた。
「個体は中級下位ですが、群れとなれば中級上位の危険度になります。お気をつけて」
ルナさんの言葉に、俺は喉の奥が乾くような緊張を感じた。
「さて、坊主ども、初任務だ」
シエラさんが俺たちを振り返る。
「風を纏って高速で動く、厄介な相手よ」
レイナさんが冷静に、しかし魔術師としての矜持を込めて付け加えた。
「開けた場所なら、私の広域魔法で一気に――」
「いや、嬢ちゃん。今回は攻撃に参加するな」
シエラさんの言葉に、レイナさんが絶句する。
「は? なんでよ」
「お前の魔法は完成されすぎてんだ。今回は後ろで坊主とステファニーの連携を観察してろ。それがお前の役割だ」
納得がいかない。そんな表情でレイナさんは唇を噛んだが、シエラさんの有無を言わさぬ目力に、最後は「……わかったわよ」と視線を逸らした。
街を出て、俺たちは鬱蒼と木々が茂る郊外の森へと踏み入った。
シエラさんは先頭を歩きながら、ふと後ろの俺たちを見た。
「なあ、ライト。もしあいつらとステファニーの二人きりで放り出されたら、どうする?」
「正面は受け止めますが……相手がこれだけ数が多いと、俺の盾じゃ綻びが出るかもしれません」
「私は、理論上は……近づかれる前に森ごと焼き払うわ」
その回答に、シエラさんは昔の自分を思い出したかのように苦笑した。
「落第だな。俺も昔それで死にかけた。ライト、お前が盾になっても、奴らは木々を蹴って真上から降ってくる。死角への本能的な嗅覚は人間より上だ。嬢ちゃん、お前がここで広域火炎を撃てば、火炎旋風で酸欠になるか、火だるまの木々に囲まれて自滅だ」
レイナさんが息を呑む。ここは『殲滅』が正解にならない場所なのだ。
シエラさんは、一歩前に出たアルトの背中を指差した。
「初級ってのはな、弱ぇから初級なんじゃねえ。
『小回りがきく』から初級なんだ。それを学べ」
アルトさんは深く一つ呼吸を置くと、手袋の紐を締め直した。
「ステファニーさん。魔力切れの心配はないので、僕が絶え間なく『網』を張ります。あなたは感知補助と、その隙間への追撃をお願いします」
「はい〜、信じてますよ〜!」
その時、森の鳥たちが一斉に飛び立ち、視界の外縁から風を切る音が重なった。
「来るぞ。……木々の影を狙え」
シエラさんの声と共に、灰色の毛並みが五つ、弾丸のように飛び出してきた。経験則に基づいた動きで、二匹が左右から木々の合間を縫い、三匹が不規則なステップで正面から距離を詰めてくる。
(速い……! 初級一発じゃ、軌道を読まれて絶対に当たらない)
俺が身構えた瞬間、アルトさんの指先がピアノの鍵盤を叩くように細かく動き始めた。
後ろに下がったレイナさんは、不満をあらわにすることもなく、ただ静かに詠唱を止め、その瞳でアルトの挙動を追い始めた。
初級魔法による、静かな支配。
アルトという異質な「計算」が、今、戦場を編み上げようとしていた。




