第六十二話:アルト合流
翌朝、俺たちはエルトリアギルドの訓練場に集まっていた。
昨夜の宴の余韻が残るロビーとは対照的に、朝の訓練場には張り詰めた空気が流れている。
「さて」
シエラさんが、背負った大剣の柄を無造作に叩いて言った。
「昨日も言ったが、こいつが五人目の仲間、アルトだ。……嬢ちゃん、まだ納得いかねえってツラだな?」
レイナさんはアルトを射抜くような視線で見つめていた。
「ええ。アルト、あんたの構成は『初級スキル』のみ。なのにシエラは『自分より面白い』とまで言う。魔術を研鑽する者として、その根拠を確かめさせてもらうわ」
アルトさんは困ったように眉を下げつつ、静かに、しかし迷いのない動作で一歩前に出た。
「はい。僕には基礎しかありませんから。……では、お手本のような『初級』の組み合わせをご覧に入れます」
アルトさんが的に向かって手をかざす。
「《火の矢》」
放たれたのは、至極平凡な炎の矢。だが、その矢が空を切り裂く軌道に重なるように、半拍遅れて追撃の詠唱が放たれた。
「《風の刃》」
風の刃が先行する炎を追い越し、それを螺旋の檻に閉じ込める。風の指向性によって無理やり回転軸を与えられた炎は、**「超高速のドリル」**へと変貌した。属性同士が反発する魔力干渉を、精密なタイミング制御で強引に同調させているのだ。
――ガッ!!
鈍い衝撃音と共に、的の裏側が弾け飛んだ。炎の熱量自体は「初級」のままだが、風による物理的な貫通力が、木材を内側から爆発させたのだ。
「今の……魔力干渉を一点に収束させて……? 理論上は可能でも、実戦の速度でやる技術じゃないわ」
レイナさんが驚愕に声を震わせるが、彼女の疑念は別の方向へ向いた。
「……待って。今の二連発、魔力量を全く気にしてなかったわね? 消費の反動が見えない……まさか、あんた、そもそも魔力が『減らない』系なの?」
「……回数だけは、自信がありますから」
アルトさんは肯定も否定もせず、続けざまに手を振った。
「《氷の壁》――《風の刃》」
地面から隆起した氷塊を、風の圧力がソリのように滑らせる。氷の滑走面に風の膜を挟むことで摩擦係数をゼロに近づける――訓練場という平坦な地形でしか成立しない、危ういほどの精密制御だ。
「氷で足場を奪い、風で機動力を封じる。……僕の役割は、敵を足止めすることです。一撃の重さは仲間に任せ、僕は必要な時に、必要なだけの出力を維持し続けます」
レイナさんは絶句していた。
「……感性の魔術じゃない。これは、魔術を『現象の計算』として扱っているのね。理論上は……完璧よ。でも、そんなの魔法に対する冒涜だわ」
彼女はそう毒づき、不機嫌そうにアルトに背を向けた。だが、ロビーへと歩き出す彼女の口元は、微かに綻んでいた。
「……ふん。まあ、足手まといにはならなそうね」
その言葉を聞き、俺は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
(……もし、アルトさんが敵だったら?)
必殺の一撃はない。だが、回避不能の初級魔法が、呼吸をするように無尽蔵に、そして完璧な理論で死ぬまで叩き込まれ続ける。それはどんな大魔法よりも「詰み」に近い絶望だ。味方で良かったと、心底からの安堵が漏れた。
「冷静で、体温を感じさせないほど正確ですね〜」
ステファニーさんが感心したように、しかしどこか見透かすような目でアルトを見つめる。
「アルトさん、あまり無理はしないでくださいね〜?」
「ありがとうございます。……期待値は、あまり上げないでおいてください」
アルトさんは淡々と答え、掲示板の方へと視線を向けた。
「よし、野郎ども! 挨拶代わりの実演は終わりだ!」
シエラさんが掲示板から一枚の依頼書を引き剥がし、高く掲げた。
「五人揃った最初の仕事だ。目的地は『深淵の森』。……ぐずぐずすんな、旅立ちだぜ!」
俺たちは各々の得物を手に取り、歩き出す。
五人の運命が、エルトリアの門を越えて本当の荒野へと踏み出した。




