第五十六話:エルトリアへの道程
五人目の仲間――。
シエラさんが「パーティの完成に不可欠だ」と断言した、無限の魔力を持つ未知の同行者を迎えに行くため、俺たちは長年慣れ親しんだアルケインの街を後にすることになった。
アルケインの東門を出た瞬間、肌を撫でる風が変わったように感じた。これまでの俺たちは、ただシエラさんの背中を追い、生き残るために必死に剣を振るうだけだった。だが今は違う。明確な「目的」があり、自分たちが欠けている部分を埋めるための旅なのだ。
「次の目的地は、商業都市エルトリアだ」
先頭を行くシエラさんが、街道の先を見据えたまま言った。
「エルトリア……交易の心臓部ですね。アルケインよりもずっと規模が大きいと聞きました」
「ああ。大陸全土から商人が集まり、それ相応の腕を持つ連中も集まってくる。……そして、俺の知り合いが、そこにいるはずだ。あいつと合流して初めて、このパーティは完成する」
シエラさんの声には、いつになく確かな、そしてどこか祈るような信頼の色が混じっていた。
エルトリアまでは徒歩で数日の道のりだ。最初の二日は驚くほど平穏だったが、街道の後半に差し掛かるにつれ、潜む魔物の気配が濃くなっていった。
夜、焚き火の爆ぜる音だけが響く静寂の中で、俺は使い慣れた剣を磨く。一日の歩行による脚の重みを心地よく感じながら、シエラさんとレイナ、そしてステファニーさんの寝顔を交互に見る。交わされる言葉は少なかったが、無言の時間がかえって俺たちの結束を確かめ合っているようだった。
その旅路で、俺たちは大きな「試練」と「変化」に直面した。
森の影から、敏捷な影狼の群れが襲いかかってくる。ステファニーさんは瞬時に結界の印を組もうとしたが、その指先が一瞬、微かに震えた。
(……今、あたしが全部出しちゃったら、またシエラさんに負担が……っ)
彼女の脳裏に、自責の念がよぎる。結界を張ろうとして、止める。その一拍の躊躇は、戦場では命取りになりかねない危うい不完全さだった。
「ステファニー、いい! 俺とライトで防ぐ! お前は待機だ!」
シエラさんの鋭い指示が飛ぶ。
「はい〜っ……!」
ステファニーさんは恐怖を飲み込み、震える手を引いて「待機」を選択した。
俺は、彼女のその「不完全な勇気」を誰よりも近くで感じ取っていた。
(……大丈夫だ。俺が、一歩も通さない)
俺は恐怖を覚悟で上書きし、迷わず前へ出た。隣には、合図も視線も交わさずとも同じ歩幅で踏み込むシエラさんがいる。
シエラさんは剣を振るうと同時に、大地にわずかな魔力を流し込んだ。前衛としての重心移動と微量の土魔術を組み合わせ、受け流した衝撃を物理的に大地へと逃がす「戦技」に近い防御技術だ。
俺もまた、《輝剣纏装》の感覚を剣に応用し、最小限の魔力消費で敵を弾く。この技は精神を極限まで削るため長時間は使えない。だが、ステファニーを信じて「壁」になるという高揚感が、俺の感覚を研ぎ澄ませていた。
戦闘が終わり、静寂が戻った街道で、ステファニーさんは荒い息を吐きながら膝をついた。
「すみません〜……あたし、一瞬、迷っちゃって……」
「いい。その一瞬の迷いを次は確信に変えろ。お前が『我慢』できたおかげで、俺の魔力消費は最小限で済んだ。……いい傾向だ」
シエラさんの言葉に、ステファニーさんは照れくさそうに、だが確かな意志を宿した瞳で微笑んだ。
旅の四日目。エルトリアの白い城壁が遠目に見え始めた頃、街道沿いの景色は一変した。
「……何よ、これ。地形が……狂ってるわ」
レイナさんが、魔術師としての戦慄を込めて声を漏らした。街道沿い数百メートルにわたって、なだらかだったはずの平原が執拗に抉り取られている。
そこには、不自然に幾重にも重なった硬質な土壁が、朽ち果てた残骸のようにそびえ立っていた。
「ありえないわ……。これほど多属性の術式を連鎖させ、地形そのものを変質させるなんて。軍団規模の演習の跡に見えるけど、魔力の残滓が一人のもののように均一すぎる……」
レイナさんが膝をつき、焦土に触れる。魔術師だからこそわかる異常。それは、ただの破壊ではなく、敵を通さないために大地そのものを「拒絶」の壁へと作り替えた跡だった。
「通すくらいなら、地形ごと潰してでも足止めする。……そういう不器用な奴のやり方だ」
シエラさんはその惨状を見て、誇らしげに目を細めた。
「似たような噂は各地にある。伝説級の術者がいたとか、太古の罠が起動したとか。だが、俺は知っている。……行くぞ。答えはあの門の中だ」
俺たちは期待と、肌を刺すような高揚感を抱えたまま、エルトリアの巨大な城門を見上げた。
ステファニーさんの不完全ながらも始まった再生。
レイナさんの抱いた魔術的深淵への畏怖。
そして、俺が背負うべき「五人目」への覚悟。
不自然な地形の謎、そしてパーティの「心臓」。
その答えは、人であり、災厄であり、そして俺たちにとっての希望そのもの。
――名を明かさぬ、最強の「足止め」だった。




