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第四章: 境界の守護者と四つの異能『選ばれし者たちは、まだ互いを知らない』  作者: ぃぃぃぃぃぃ


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第五十四話:シエラによるケアと課題提示

 砂塵の舞う訓練場。膝をついたまま動けないステファニーさんの顔色は、吸い取られたように白かった。魔力枯渇マナ・ドレイン――それは魂の燃料を使い果たした反動であり、肉体だけでなく精神さえも暗い深淵へと引きずり込む。震える彼女の指先は氷のように冷たく、視線は焦点が合わずに虚空を彷徨っていた。

 静寂を破ったのは、シエラさんの無骨な足音だった。

「ほら、無理に喋るな」

 シエラさんは倒れ伏すステファニーさんを、羽毛でも扱うような手つきで抱き起こした。普段の荒っぽい振る舞いからは想像もつかないその繊細な気遣いに、俺は彼女が歩んできた修羅場の数と、そこで培われた「負傷者への接し方」の年季を感じずにはいられなかった。

 シエラさんはステファニーさんを壁際まで運び、自分の上着を脱いで彼女の細い肩にかけた。

「黙ってろ。今のお前の回路は、過負荷で焼き切れる寸前だ」

 そう言いながら、自責の念に押し潰されそうなステファニーさんの額に、節くれだった大きな掌を当てた。

 ステファニーさんが放つ「外科的な即効性のある癒し」とは違う、静かで、澱みを溶かすような魔力の循環。それはシエラさん特有の、乱れた回路を正常化させ、昂ぶりすぎた精神を鎮めるための「調律」の魔力だった。ステファニーさんの荒い吐息が、一呼吸ごとに、少しずつ落ち着きを取り戻していく。

「これで少しは楽になる。……聖堂の守備隊にいた頃から変わらねえな、お前は。あの時も、味方の怪我人を守ろうとして一人で自爆してやがった」

 その一言に、ステファニーさんが申し訳なさそうに視線を落とす。彼女の「全力投球」の癖は、今に始まったことではない。それは彼女が聖女として、仲間を想うあまりに背負いすぎてしまう、あまりに不器用な責任感の証でもあった。

 俺とレイナさんは、固唾を飲んでその様子を見守っていた。

「お前ら、今のを見たか。これがステファニーの致命的な欠陥だ」

 シエラさんは俺たちを振り返り、断言した。

「こいつの防御と回復は間違いなく特級だ。だが、蛇口を少しだけ開けるつもりが、水圧に負けて全開にしてしまう。仲間を傷つけたくないという恐怖が、魔力の『加減』を狂わせるんだ。……戦場じゃあ、どんなに魔力があっても、長期戦になった途端にパーティの『死穴』になるぞ」

「ごめんなさい……っ。あたし、直そうとしてるんですけど……。どうしても、皆さんの前に光を張ると……怖くて、全力を……」

 震える声で謝るステファニーさんの手を、シエラさんが力強く握った。

「謝るな。お前の善性は才能だが、今のままじゃ真っ先に死ぬ毒だ。だから、別の方法――魔力を削らせずに、外側から制御を強制する『あいつ』の合流が必要になる」

 シエラさんの脳裏には、特定の人物の顔が浮かんでいるようだった。その人物が何者なのか、俺にはまだわからない。だが、今の俺たちに欠けている最後のピースが何であるかを、シエラさんは痛いほど理解していた。

「ステファニーさん、一緒に頑張りましょう」

 俺は彼女の前に膝をつき、真っ直ぐに目を合わせた。

「俺がもっと前線で敵を引きつければ、ステファニーさんは結界を張る回数そのものを減らせるはずです。俺の剣を磨き、判断を早くすることが、ステファニーさんの魔力を守ることに繋がる。……次は、あんな半拍の遅れなんて出しません」

 レイナさんも、どこか複雑な表情でステファニーを見つめていた。

「……あれだけの高密度な光を一瞬で組み上げられるのは稀有な才能だけど、自爆してちゃ世話ないわ。あたしたちも、あんたが余裕を持てるような連携を考え直すから」

 ステファニーさんの瞳に、じわりと涙が浮かんだ。彼女が今まで一人で背負ってきた「完璧でいなければならない」という呪縛が、仲間の言葉によってわずかに解けたようだった。

「今日の訓練はここまでだ。全員、宿に戻って泥のように寝ろ。……特にステファニー、一滴でも魔力を練ろうとするなよ」

 その夜。

 宿に戻り、ステファニーさんを部屋まで送り届けた後、俺とレイナさんは廊下で足を止めた。扉の向こうからは、極度の疲弊からか、泥のように眠りについた彼女の静かな寝息が聞こえてくる。夜の静寂が、廊下に重く漂っていた。

「……ステファニー、ずっと悔やんでたみたいよ」

 レイナさんが、ポツリと漏らした。

「昔の遠征で魔力枯渇を起こして、仲間を危険に晒したことを。だから、新しいパーティであるあたしたちの前では、絶対に失敗したくないって、ずっと肩に力が入ってたのね」

「そうだったんですか……」

 俺は夜の闇が染み込む廊下で、自分の右手を握りしめた。

 ステファニーさんに守らせてばかりで、俺は何をしていたんだ。彼女が全力で結界を張らざるを得ないほど、俺の防御は甘かったのではないか。俺の剣が、もっと敵を圧倒していれば。彼女の魔力を一滴でも節約させられるような、そんな盾になれていれば。

 一方、自室に戻ったシエラさんは、月明かりの下で訓練の記録を記した羊皮紙を見つめていた。

「ステファニーの管理不足。ライトの判断の甘さ。レイナの属性干渉への弱点。……課題は山積みだが、これでお互いの『底』は見えた」

 指揮官としての冷静な眼差しで、彼女は窓の外に広がる星空を見上げた。

「明日は、魔力を一滴ずつ絞り出す精密制御の地獄だ。……這いつくばってでもついてきな」

 翌朝。

 訓練場には、昨日よりもさらに冷徹な空気を纏ったシエラさんが立っていた。

「今日からの訓練は、昨日までとは次元が違うぞ。ステファニー、お前には全力の八割、いや、三割の出力で結界を維持し続ける訓練をやってもらう」

「三割、ですか……?」

「そうだ。一滴でも予定より多く魔力を漏らしたら、その瞬間、俺の模擬弾がお前らを吹っ飛ばすと思え。仲間の命を、その細い指先での微調整に預けるんだ。……さあ、地獄の始まりだ」

 ステファニーさんが息を呑む。俺とレイナさんも、シエラさんの本気の殺気を感じて身を固くした。

 魔力管理を改善するための、長く、果てしない道のり。

 俺たちはその過酷な一歩を、今、再び踏み出した。

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