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第四章: 境界の守護者と四つの異能『選ばれし者たちは、まだ互いを知らない』  作者: ぃぃぃぃぃぃ


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第四十九話:レイナの評価の変化

 訓練場を出た俺たちの影が、長く夕刻の地面に伸びていた。

 アルケインの街は、沈みかけた夕日の残光によって、まるで赤錆びた鏡のように鈍く光っている。シエラさんとステファニーさんは、少し先を軽快な歩調で歩いている。彼女たちの背中が遠ざかるたび、俺とレイナさんの間には、他者が立ち入ることを拒むような奇妙な静寂が降り積もっていった。

 昨日までのレイナさんは、常に鋭利なナイフのような空気を纏っていた。俺の言動の一つ一つに棘を刺し、自分の優位性を誇示することでしか、彼女は他人と接する方法を知らなかったのだと思う。だが、今の彼女からはその毒気が抜けていた。代わりに漂っているのは、張り詰めた糸が今にも切れそうな、危ういほどの脆さだった。

「……ライト」

 不意に、隣を歩く彼女の足が止まった。

 俺も同時に足を止める。振り返ると、彼女は石畳の隙間に落ちる自分の影をじっと見つめていた。夕闇に濡れた瞳が、微かに潤んでいる。

「はい」

 俺が短く答えると、彼女は意を決したようにゆっくりと顔を上げた。

「あたし……ずっと、一人で戦ってきたわ。物心ついた頃から、誰よりも高い魔力を持っていて、『天才』なんて呼ばれるのは当然だと思っていた。他人の助けなんて、あたしの純粋な闇を濁らせるだけの不純物だ、って本気で信じていたのよ」

 彼女の声は、かつての傲慢な響きを失い、震えていた。

「でも、今日わかったのよ。……認めたくないわ。死ぬほど悔しくて、自分が情けないけれど……。あんたと組んだときだけ、あたしの魔法はあたしの理解を超えた“別物”になる。あたし一人じゃ、何十年修行しても、血を吐くような努力を重ねても……あの紫色の領域には、一生かかっても届かない気がするの」

 その言葉と共に、彼女の目から一筋の涙が溢れ、頬を伝った。

 それは彼女が今まで積み上げてきた「孤高の天才」という絶対的なアイデンティティが、一人の少年という「鍵」によって、無残にも解体された瞬間だった。その涙は降伏の証ではなく、己の限界を悟った者が流す、痛々しいほどの告白だ。

「……悪かったわよ。あんたをただの未熟な、歩く不運の塊だと思って見くびっていたのは事実だし。……それだけは、訂正してあげるわ」

 彼女は不器用に視線を逸らし、手の甲で乱暴に涙を拭った。謝罪の言葉ですら、どこか突き放すような響きを残しているのが、いかにも彼女らしい。けれど、その不器用さが、彼女が今の告白にどれほどの勇気を振り絞ったかを物語っていた。

「レイナさん、俺は――」

「謝ったんだから、そんな顔しないで。一回しか言わないわよ。……二度目はないんだから」

 俺は何も言えなかった。彼女が求めているのは慰めではない。

 彼女は今、自分の魂の半分を俺に明け渡したのだ。より高みへ、誰も見たことのない究極の魔法へ到達するために、俺という「不純物」を受け入れる覚悟を決めたのだ。

「……これから、よろしく。あたしの魔法――あんたと一緒に使うわ。少なくとも今は、あんたがいないと納得できそうにないから」

 差し出された、白く細い手。

 その瞬間、俺の脳裏を前世の凄惨な記憶が駆け抜けた。女性の手を握れば、また俺の呪われた力が暴走し、彼女の指先を、その人生を、完膚なきまでに傷つけてしまうのではないか。指先が凍りつき、背筋を冷たい汗が流れる。

 だが、俺は逃げなかった。

 今、目の前の少女は俺を「鍵」として選んだ。俺の光が、彼女の闇を加速させ、塗りつぶすのではなく共に昇華させることを、俺たちは今日、身をもって証明した。

 俺は震える手を抑えつけ、静かに彼女の手を握り返した。

「……はい。俺も、レイナさんの闇がなければ、この光の本当の価値を見失うところでした。こちらこそ、よろしくお願いします」

 俺の手を握る彼女の指先に、グッ、と力がこもった。

 伝わってくるのは、単なる人の温もりではない。

 俺という存在が、彼女の中で「ただの仲間」という言葉では到底収まりきらない何かに変わってしまった。その不自然なほど強い圧力が、彼女の心の奥に芽生えた「渇望」と「執着」の予兆を、俺の掌に生々しく伝えていた。

「……ふん、あんた、本当に優しいのね。調子に乗らせる天才じゃない。おめでたいわ」

 レイナさんは、照れ隠しと悔しさが混じったような複雑な笑みを浮かべ、パッと手を離した。その感触だけが、いつまでも俺の手のひらに残り続けていた。

「じゃあ、行きましょう。……あ、そういえばさっき、シエラが言っていたあの技名。忌々しいけれど、名前だけは気に入ったわ」

「《煌闇の紫矢イクリプス・ボルト》……ですか」

「そうよ。光と闇、そしてあたしたちが生んだ紫。……悪くないわ。あたしたち二人の技として、これからはそう呼びなさいよね」

 いつもの高慢な口調を取り戻した彼女だったが、その歩幅は、以前のように俺を突き放すものではなかった。俺の未熟な歩調に合わせるように、彼女はゆっくりと歩き出す。

 宿に到着すると、そこには扉の脇で腕を組んで待っていたシエラさんがいた。彼女は俺たちの距離感を見て、口角を不敵に吊り上げた。

「おお、随分と仲良くなったじゃねえか。光が闇を食らい、闇が光を呑んで昇華する……お前ら、本当にお似合いの『共犯者』だな」

 シエラさんのその言葉は、まるで俺たちの未来を予言しているかのように、妙に冷たく胸に突き刺さった。

「……おやすみ、ライト。明日からはもっと厳しくなるわよ。あたしの理想についてこられなくなったら、承知しないんだから」

 レイナさんは振り返ることなく、自分の部屋へと続く階段を上っていった。その背中には、昨日までの「孤独な傲慢」はもうない。代わりに、俺という存在をその魂に深く刻み込んだことによる、重苦しいほどの決意が宿っているように見えた。

 自室に戻った俺は、月明かりが差し込む窓辺で、自分の右手のひらを見つめた。

 レイナさんと本当の意味で心が通い合った、その喜びは確かにあった。

 けれど、あの瞬間に脳裏を走った「黒いノイズ」の冷たさが、毒のように俺の精神を蝕んでいる気がしてならなかった。

 期待と不安。

 信頼と執着。

 

 それらが混沌と混ざり合う中で、俺は理解していた。

 今日この時をもって、俺はもう後戻りのできない一歩を踏み出してしまったのだと。この先に待つのが破滅であれ救済であれ、俺たちはこの紫の輝きと共に歩むしかないのだ。

 俺は、消え残る手のひらの温もりを噛みしめながら、静かに眠りについた。

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