第四十八話:運命的な相性の発現
翌日。訓練場に漂う空気は、昨日までとは明らかに違っていた。
シエラさんは抜き身の剣を構え、俺とレイナさんを真っ向から見据える。
「昨日はお互いにブレーキをかけていた。ライトはレイナの闇を傷つけるのを恐れ、レイナは自分の闇が暴走するのを恐れた。……だが今日は違う」
シエラさんが手を掲げると、訓練場の周囲に昨日よりも重厚な、二重の魔法障壁が展開された。
「正直、賭けだったが……この障壁が必要になるくらいの確信はある。ライト、レイナ。相手を信じて全力を出せ」
レイナさんが杖を握る指先に力を込める。
「……わかったわ。あたしも、出し惜しみはしない。ライト、中途半端な光なら邪魔なだけよ。あたしの闇を……ちゃんと、包み込みなさい」
「はい。本気で行きます」
俺は深く息を吸い、光属性の魔力を剣に集中させた。昨日とは練り上げる密度が違う。剣は眩い黄金の輝きを放ち、周囲の空気そのものが魔圧に押されて、キリキリと悲鳴を上げた。
「始めろ!」
シエラさんの号令と同時に、レイナさんの詠唱が響く。
「闇の矢――!」
杖の先に、漆黒の、底知れない闇が形成される。昨日よりも濃く、重い。
魔力が集まり、形を成し、完成する――その瞬間。
俺はレイナさんが放つのを待たず、彼女の魔力が「完成する」と信じて、コンマ数秒早く剣を振り抜いた。
光を纏った剣が、闇の矢の軌道に重なる。
光が闇に触れた瞬間、世界から音が消えた。
(……っ!?)
視界が反転する。白が黒に、黒が白に。
眩い光の中に、昨日よりも鮮烈な「黒いノイズ」が走り、俺の中の得体の知れない何かがレイナの闇に呼応して狂喜した。
本来は反発するはずの魔力が、パズルのピースのように噛み合った瞬間の、爆発的な増幅。
漆黒だった矢は、光を喰らい、呑み込み、禍々しくも美しい「紫色」へと変貌を遂げた。
ズドォォォォォン!!
放たれた紫の奔流は、訓練場の空気を熱線となって焼き切り、一直線に奥の壁へと衝突した。
凄まじい轟音。一重目の障壁がガラスのように粉砕され、二重目の障壁に無数のひびが走る。透過した衝撃の余波だけで、周囲の小石が砂となって弾け飛んだ。
「……嘘でしょ」
レイナさんが、呆然と自分の手を見つめていた。その手は、小刻みに震えている。
「色が、変わった……。あたしの闇が、紫に……。こんな、あたし一人じゃ、何年修行しても絶対に届かない場所に……」
それは天才としてのプライドが、自分以上の「何か」に塗りつぶされた瞬間だった。
恐怖、喪失感。そして、自分の魔法をここまで変貌させた隣の少年への、抗いがたい畏怖と恍惚。
「……ここまでとはな」
シエラさんが、剣を収めながら呟いた。その表情には、冷や汗と、それ以上の興奮が混じっている。
「予想を遥かに超えたな。条件次第では、魔王軍幹部の特級結界すら正面から貫ける可能性がある。並の上級魔法を十発束ねたような威力だ」
「ライト……」
レイナさんがゆっくりと俺を振り返る。その瞳には、今まで見たことのない複雑な感情が渦巻いていた。
「あんた……何者なのよ。あたしの闇を、こんな……見たこともない場所にまで引きずり込んで」
俺は自分の右手の熱を確かめる。あの不気味なノイズの感触が、指先にまだ冷たくこびり付いている。
「……届いた、というより。触れてはいけない場所に、手が届いてしまった気がします」
「ふん、お似合いだな。光が闇を食らい、闇が光を呑んで昇華した」
シエラさんが、不吉な笑みを浮かべて締めくくった。
「その紫の輝き――これからは、《煌闇の紫矢》とでも呼ぶんだな。不吉だが、これ以上ないほどお前らに相応しい」
帰り道、レイナさんは一言も発さなかった。
ただ、時折自分の杖と、俺の横顔を交互に見つめるその視線には、確かな「依存」と「執着」の兆しが混じっていた。
それは偶然の相性などではない。
ずっと噛み合うのを待っていた運命の歯車が、今日、初めて回り始めた音だった。
俺たちの新技、イクリプス・ボルト。
それは希望の光であると同時に、俺の中に眠る闇を呼び覚ます、禁忌の扉を開いたような気がしてならなかった。




