第四十六話:連携不足の反省
アルケインに戻った翌日。
俺たちは、シエラさんに呼び出され、ギルド『暁の獅子』の裏手にある専用訓練場に集まっていた。
学院の清潔な施設とは違う。そこには、歴戦の冒険者が流した血の跡が黒ずんで染み付き、激しい魔法の余波で地面は不規則に抉れ、むき出しの土と泥の匂いが鼻をつく。空気にまで、命を削り合う緊張感が染み付いているような場所だった。
「昨日のワイバーン戦。勝てたのは、ただの運だ」
シエラさんは、抜き身の重厚な剣を肩に担ぎ、鋭い眼光で俺たちを射抜いた。
「ステファニーの規格外の治癒能力と、レイナの無茶な火力が噛み合っただけだ。……連携と呼べるものは、欠片もなかった」
「……また、あたしのせいだって言いたいの?」
レイナさんが、苛立ちを隠さずに杖を強く握りしめた。
「昨日はライトの防御が綻んだから危なくなったのよ。それに、ステファニーが勝手に飛び出しただけで――」
「それがお前の問題だと言ってるんだ。お前は自分の魔法に酔いしれて、隣に誰がいるのかすら忘れてる。……いつまで、一人で戦ってるつもりだ?」
「……仕方ないじゃない。あたしは天才なの。凡人に合わせた魔法なんて、出力が落ちるだけで意味がないわ」
レイナさんが吐き捨てるように言った、その時だった。
「……相変わらずだね、レイナは。昔から少しも変わってない」
訓練場の入口から、複数の足音が聞こえてきた。
振り返ると、そこには三人の若者が立っていた。先頭を歩く金髪の青年・イオ。背後には黒髪の女性・リリス、そして褐色の青年・ガゼル。彼らが纏う防具の傷跡が、潜り抜けてきた修羅場の多さを物語っていた。
「イオ……? リリス、ガゼルも。なんでここに……」
レイナさんの声が、微かに震えた。
「シエラさんから連絡をもらったんだ。君がまた『独り』で死にかけてないか心配でね」
イオが苦笑いしながら俺とステファニーに会釈をする。
「はじめまして。僕はイオ。学院の実戦試験で、レイナとチームを組んでいた者です。……彼女、また今回も同じことをしたんでしょう?」
「実戦試験の時、彼女は中級魔物の群れに一人で突っ込みました」
リリスが淡々と告げた。
「私たちが盾を投げ打って助けに入らなければ、今頃生きてはいなかったはずです」
「よせよ、リリス」
ガゼルが低い声で制したが、その瞳は厳しくレイナを見据えていた。
「だがなレイナ。お前が今回シエラさんの下に入ったと聞いて、俺たちは安心したんだ。なのに……。また『天才』の看板を背負って、一人で震えてるのか?」
「震えてなんていないわ!」
レイナさんが激昂し、杖の先から火花が散った。
「あの時とは違う! 誰にも助けられず、完璧に勝ってみせなきゃ……あの時の無様な自分から、私は一生卒業できないじゃない!」
それは、プライドの裏側に隠された悲鳴だった。
「……でも、怖いのよ」
不意に、レイナさんの声から棘が消えた。
「また失敗して、誰かに助けられて……『やっぱり一人じゃダメなのね』って同情されるのが。情けないあたしを見るくらいなら、最初から誰もいない方がマシなのよ」
痛々しいほどの告白に、訓練場が静まり返る。
イオが静かに歩み寄り、俺の肩に手を置いた。
「勇者様。……あいつ、本当は誰よりも『一人になること』を怖がっています。どれだけ突っぱねても、隣にいてやってください」
「……はい。彼女が信頼できないのは、俺がまだ“預けても大丈夫だ”と示しきれていないからです。……だから、今ここで証明します」
イオたちはそれだけ言うと、去っていった。
残されたのは、気まずそうに地面の土を杖で弄るレイナさんと、黙ってそれを見守っていたシエラさんだ。
「……聞いたか、レイナ。あいつらはお前を心配しに来たんだ」
シエラさんが木剣を俺たちに投げ渡した。
「ライト。お前の仕事は、こいつに『独りで死ぬ自由』を与えないことだ。レイナがどれだけ拒もうが、その横面を張り倒してでも守り抜け」
「了解です!」
「は〜い、がんばります〜」
訓練が始まった。シエラさんの動きは、昨日の魔物たちよりも速く、そして狡猾だった。
地を這うような抜刀術が、レイナさんの足元を狙う。
「っ……! 《爆炎》!」
レイナさんが迎撃の魔法を放とうとするが、シエラさんはその予備動作すら読んでいる。魔法が発動するコンマ数秒前に、剣の腹がレイナさんの脇腹へ迫った。
(――今だ!)
俺は思考を遮断し、彼女の側面へと飛び込んだ。
二つの魔法は使えない。広域結界では間に合わない。ならば、やるべきことは一つ。
「一点集中……《光護壁》!」
俺は全魔力を拳サイズに圧縮し、木剣の軌道上へ割り込ませた。
ガキィィィィィィン!!
鼓膜を揺さぶる衝撃が俺の腕を走る。
「……なっ!?」
レイナさんが目を見開く。
「いいから撃ってください! 隙は俺が埋めます! レイナさんが何をしても、俺が絶対に死なせませんから!」
レイナさんは一瞬、呆然と俺を見た。
その瞳に宿ったのは困惑、そして微かな「熱」だった。
「……っ、ほんとに、お節介なんだから!」
レイナさんが杖を振り抜く。俺の守りがあることを信じ、自分を守るための防御を完全に捨て去り、全魔力を攻撃へと転換した。
「火中級《空中砲撃》――最大出力!」
至近距離での爆破。本来なら自爆に等しい暴挙だ。
だが、俺はその爆風すらも計算に入れ、彼女の前に光を張り替えた。
轟音と共に炎が巻き起こり、訓練場の土が舞い上がる。
爆煙の中から、シエラさんが楽しそうに笑いながら飛び退いた。
「ハッ! 少しはマシな顔になったじゃねえか」
肩で息をするレイナさん。その服は土埃で汚れ、額には汗が滲んでいる。
彼女は、俺の方を向かずに小声で言った。
「……今の、ちょっと遅かったわよ。次はもっと早く張りなさいよね」
「……はい。善処します」
言葉は相変わらず厳しい。けれど、そこにはもう、他者を拒絶する冷たい壁はなかった。
「は〜い、レイナさん〜。お顔に泥がついてますよ〜」
ステファニーさんがトコトコと歩み寄り、癒やしの魔法をふんわりとかける。
「もう……。あんたたち、本当にペースが乱れるわね」
レイナさんはため息をつき、空を見上げた。
ひび割れた連携が、音を立てて噛み合い始める。
それはまだ、不格好で、いつ崩れてもおかしくない危ういものだ。
けれど、俺たちは確かに昨日までとは違う場所に立っていた。
隣にいる。どれだけ拒まれても、その背中を見捨てない。
泥だらけの地面を見つめながら、俺は静かに拳を握りしめた。




