第四十四話:先走りと弱点の提示
翌朝。昨日のキメラ戦での疲労が全身に残る中、俺たちは再びギルドに集まっていた。
「……昨日の今日なのに、また依頼受けるんですか?」
俺の問いに、シエラさんは厳しい表情のまま依頼書を叩いた。
「……昨日の今日だからだ。前回は日を空けたからな。鉄は熱いうちに打たねぇと、お前たちの悪い癖は治らねぇ」
今日の標的は中級魔物フォレスト・ウルフの群れと、空の捕食者グリフォンだ。
「今日は火力じゃねぇ。お前の突っ走り癖を直すのが目的だ。分かったな、レイナ」
「中級相手に大袈裟なのよ……。効率よく焼き払えば済む話でしょ」
レイナさんは不満げに鼻を鳴らしたが、その瞳には昨日シエラさんに一喝された時の、煮え切らない感情が燻っていた。
森の深部。十体以上のウルフが地を這い、三体のグリフォンが上空を旋回している。
「ライト、展開しろ。範囲を広めに保て」
「はい……《光結界》――」
俺が光を練ろうとした瞬間、胸の奥で昨日浴びた罵声と、魔力が底を突いた時の吐き気が蘇った。一瞬、手が止まりかける。
(……また、あんな風に使い潰されるんじゃないか?)
無意識に生じたそのわずかな「忌避感」が、魔法の発動をコンマ数秒、遅らせた。
「待ってられないわ! ――《推進風》!」
その隙を突くように、レイナさんが暴風を纏って飛び出した。
「レイナ! 待てと言ったろ!」
シエラさんの制止も届かない。彼女は群れの中央へ突っ込み、広域破壊魔法を乱射し始めた。
「《影縛鎖》! ……《空中砲撃》!」
凄まじい爆炎が巻き上がり、立ち込めた黒煙が戦場の視界と空への警戒を完全に遮断した。それは、自ら「目」を潰すに等しい、最悪のタイミングだった。上空警戒を放棄する行為だと、天才であるレイナ自身も本当は理解していたはずなのに。
キィィィィッ!
黒煙の向こう側、音もなく急降下してきたグリフォンの鉤爪が、無防備なレイナさんの頭上に迫る。
「レイナ! 上だ!」
叫んだ時には、もう遅い。レイナさんが顔を上げたとき、巨大な影はすでに彼女を呑み込んでいた。
「っ……!?」
恐怖で顔が凍りつくレイナさん。
ズドォォン!!
地面を叩き割る音と共に、《岩壁》がレイナさんの頭上にそびえ立つ。シエラさんの、無詠唱かつ超高密度の土属性魔法だ。
「ひっ……あ、ああ……」
砕け散る岩の破片を浴びながら、レイナさんは腰を抜かした。普段の傲慢さは消え、ただ死の恐怖に手足を震わせている。
「……下がれ、レイナ!」
死神のような冷徹な声と共に、シエラさんが戦場を横切った。
抜き放たれた剣が一閃、また一閃。一分の隙もない剣撃がウルフを断ち、同時に地面から突き出した《岩槍》がグリフォンを串刺しにする。
わずか数秒。圧倒的な格の違いを見せつけ、戦場は死の静寂に包まれた。
「……レイナ」
剣を鞘に収める音。シエラさんの声は、昨日よりも低く、逃げ場のないほど厳しかった。
「何度言えばわかるんだ。お前、昨日も同じことをやっただろ」
「それは……昨日はライトの防御が間に合ってたから……」
「昨日はライトが命を削って補填したんだよ。だが、今日はどうだ? お前は守られる範囲を自分で捨てた。俺がカバーできなきゃ、お前は今頃グリフォンの餌になって、ウルフに食い散らかされてた」
シエラさんは一歩、レイナさんに詰め寄る。
「お前は間違いなく、今、ここで死んでいた」
断言された言葉の重みに、レイナさんの肩が小さく震えた。
「火力は天才的だ。だが、防御を甘く見てる」
「……私、一人の方が戦いやすいのよ。仲間がいると、気を遣わなきゃいけないし、不確実な要素が増えるし……面倒なのよ!」
それは、他人を信じて裏切られることを恐れる、孤独な天才の悲鳴だった。
「それがお前の問題だ。お前は、仲間を信じてない」
シエラさんがレイナさんの肩に、重厚な手を置いた。
「ライトの守る意志を、ステファニーの献身を、俺の力を信じてない。だから、一人で完結しようとして、一人で死にかける。……俺たちを、お前の『弱点』にするんじゃねぇ。お前の『翼』にさせろ」
「……翼?」
レイナさんは呆然とその言葉を反芻し、それから顔を背けた。
「……っ……わかってるわよ。わかってるわよ、そんなこと……!」。
その頬を、一筋の光るものが伝ったのを俺は見逃さなかった。
帰り道。レイナさんはずっと、俺たちの数歩後ろを無言で歩いていた。
俺もまた、自分の不甲斐なさを噛み締めていた。あの一瞬の迷いがなければ、あの位置までなら俺の《光結界》は届いていたはずなのだ。
仲間を信じる勇気が必要なのは、レイナさんだけじゃない。
俺も、彼女の全力を受け止める覚悟を持たなきゃいけない。恐怖を理由に、光を鈍らせている場合じゃないんだ。
パーティはまだ、ひび割れたままだ。
でも、そのひびの隙間から、昨日までは見えなかった「お互いの脆さ」が、ほんの少しだけ見えた気がした。




