第四十話:天才魔術師レイナの合流
魔導都市アルケインの門をくぐった瞬間、世界の色が変わったように感じた。
石畳の道は滑らかに磨き上げられ、街路の至る所に魔法陣を組み込んだ街灯が立ち並んでいる。そこから放たれる淡い光は、昼間であっても街全体を幻想的な熱気で包み込んでいた。行き交う人々は皆、魔法が生活の一部であることを当然のように受け入れ、浮遊する荷車や、自動で水を撒く魔導具が日常の風景として溶け込んでいる。
「ここが……魔法の都」
俺が呆然と呟くと、隣を歩くステファニーさんが「すごいね、ライトさん!」と子供のように目を輝かせた。
「あっちの露店、杖が勝手に踊ってるよ〜! お菓子も魔法で色が変わってる〜!」
そんな俺たちの様子を、シエラさんは満足げに、しかしどこか懐かしむような目で見つめていた。
「驚くのはまだ早いぞ。俺たちが向かうのは、この都の心臓部だ」
シエラさんが先導する先に見えてきたのは、雲を突くような高い尖塔を何本も冠した、巨大な城塞のような建物だった。白亜の壁には幾何学的な紋様が刻まれ、建物全体から発せられる魔力の残滓が、周囲の空気をピリピリと震わせている。
王立アルケイン魔導学院。この大陸において、魔法を志す者が最後に行き着く、最高峰の学び舎だ。
学院の巨大な門の前に立つと、鎧を纏った門番がシエラさんの姿を認め、即座に居住まいを正して敬礼した。
「シエラ様! お待ちしておりました。学院長より伺っております。どうぞ、こちらへ」
「ああ、悪いな」
シエラさんは短く応え、慣れた足取りで学院の中へと踏み込んでいく。
一歩足を踏み入れれば、そこはさらに異質な空間だった。高い天井の廊下には、魔法の歴史を刻んだ巨大な肖像画が並び、通り過ぎる学生たちの視線は鋭く、向上心と誇りに満ちている。時折、演習場の方から地響きのような爆音と、眩い光が漏れ聞こえてくる。
やがて辿り着いた、重厚な彫刻が施された執務室の扉。シエラさんがノックをすると、中から落ち着いた、しかし重みのある声が響いた。
「入りなさい」
扉を開けると、そこには白髪の老人が、山のような書類に囲まれて座っていた。彼こそが、この学院を束ねる最高責任者だ。
「久しぶりですね、シエラ殿。……貴殿が自ら足を運ぶとは。例の『天才』を、本当に連れて行くつもりですか?」
「ああ。俺のパーティーには、あいつの火力が必要だ。魔王を討つための、最後の欠片としてな」
シエラさんが不敵に笑うと、学院長は深いため息をついた。
「彼女は卒業試験こそ満点で通過しましたが、その気質は相変わらず……いや、むしろ鋭さを増していますよ。あなたのような規格外が相手でなければ、誰も御せはしない」
そう言いながら、学院長はデスクの上の魔法陣に指を滑らせた。通信魔法の淡い光が瞬く。
「レイナ・フォン・エーデルシュタイン。至急、執務室へ」
数分後。扉が勢いよく開かれた。
逆光の中、そこに立っていたのは、燃えるような赤い瞳を持つ少女だった。
腰まで届く金髪を揺らし、凛とした立ち姿で室内を見渡す。その全身からは、抑えきれないほどの魔力が熱気となって溢れ出していた。
「……やっと来たわね、シエラ」
レイナと呼ばれた少女は、学院長には一瞥もくれず、真っ直ぐにシエラさんを見据えた。
「期待を裏切らないでもちょうだい。もう、あの頃のあたしじゃないわ。模擬戦で無様に這いつくばったあたしは、もうどこにもいない」
「ああ、いい面構えだ。再戦の話は後だ。今はまず、俺のパーティーに入れ。世界を救うための旅にな」
レイナさんの瞳が、わずかに揺れた。シエラさんへの対抗心と、それ以上の深い敬意。二人の間にある、強者同士にしか分からない絆のようなものが、室内の空気を支配する。
しかし、その視線が俺とステファニーさんに向けられた瞬間、熱を帯びていた瞳は一気に冷え切った。
「シエラ。……まさか、それが新しい仲間だなんて言わないわよね?」
「その通りだ。特級回復士のステファニー。そして、防御特化のライトだ」
「特級……回復……」
レイナさんはステファニーさんを一瞥し、「ふん、死なないための保険としては上等ね」と傲然と言い放った。そして、その冷徹な赤い瞳が、俺の全身を舐めるように動く。
「で。こっちの弱そうなのは?」
「ライトだ。光属性の防御専門。お前の全力を支えるための『盾』だ」
シエラさんの紹介に対し、レイナさんは俺の目の前まで歩み寄り、鼻先が触れそうな距離で俺を見つめた。
「防御特化? 攻撃は?」
「……できません」
俺が答えた瞬間、彼女の鼻先でフンと鼻が鳴らされた。それは、明らかな失望と嘲笑だった。
「守るだけ? 笑わせないでちょうだい。そんなもの、精巧な魔導人形でも用意すれば済む話よ。人間である必要なんてどこにもないわ。……いい、ライト? あたしが求めているのは、あたしの魔法が世界を焼き尽くすまでの『時間』を稼げる壁よ。お飾りの盾なんて、あたしの戦場には必要ない」
言葉が、刃のように胸に突き刺さった。
ゴーレムでもできる。人間である必要はない。
言い返そうとしたが、喉の奥が熱くなって言葉が出てこない。彼女の放つ圧倒的な魔力と自信に、俺の心は完全に気圧されていた。
「レイナ、こいつを侮るな。お前が全力で暴れるための『安全圏』を維持できるのは、今のところこいつの光だけだ」
シエラさんのフォローに対し、レイナさんは背を向けて言い放った。
「シエラがそこまで言うなら、あたしの魔法に巻き込まれて死なない程度に、証明して見せなさい。あたしの背中を預けるに足る存在かどうかをね」
手続きを終え、俺たちはアルケインの街にある冒険者ギルドへと向かった。
石畳を歩くレイナさんの足取りは堂々としており、すれ違う人々が思わず道を空けるほどの威圧感がある。俺はその背中を追いながら、シエラさんの言葉を思い出していた。
(あいつは孤独な天才だ。お前の盾があるからこそ、あいつは全力になれる)
ギルドの巨大な扉を開け、俺たちはカウンターへと向かう。正式なパーティー登録。ライト、ステファニー、シエラ。そして、レイナ・フォン・エーデルシュタイン。
受付の女性が魔法陣に手をかざし、書類に魔力が定着した瞬間、俺たちの名前が一つの枠の中に収まった。
「よし。これで正式にパーティーだ。明日から本格的に動くぞ」
シエラさんが俺の肩を叩く。その重みが、今はひどく重圧に感じられた。
レイナさんは登録が終わるなり、一刻も早くこの場を立ち去りたいというように、出口へと歩き出した。
「今夜は歓迎会なしだ。こいつ、酒が入ると面倒だからな」
シエラさんのからかうような声に、レイナさんは足を止め、顔を真っ赤にして振り返った。
「……余計なこと言わないで! 荷物をまとめに寮に戻るわ。明日、遅れたら置いていくから!」
足早に去っていく彼女の背中は、やはりどこか、張り詰めた糸のような危うさと孤独を感じさせた。
「……ゴーレムでもできる、か」
俺はギルドの隅で、自分の拳を強く握りしめた。
悔しさが、胸の奥でドロリと渦巻いている。
今まで、守れるだけで十分だと思っていた。シエラさんに必要だと言われて、それだけで満足していた。けれど、彼女の言葉は、俺の甘えを根底から否定した。
「ライトさん……大丈夫?」
心配そうに顔を覗き込むステファニーさんに、俺は無理に笑顔を作って頷いた。
「大丈夫です。……ただ、絶対に認めさせてやりたいって、思っただけですから」
シエラさんはそんな俺を見て、ニヤリと笑った。
「いい目になったな、ライト。あいつの毒舌は、凡夫を折るが、本物を磨く砥石にもなる。……さあ、宿へ行くぞ。明日からは、あの『災害』と一緒に戦場に立つんだ」
夕日に染まるアルケインの街。
魔法の光が灯り始め、世界がさらに美しく、そして残酷な戦場へと塗り替えられていく。
不安と、それ以上の悔しさと、消えることのない静かな決意を胸に、俺は夜の街へと歩き出した。
魔導都市アルケイン。
ここで、俺の盾は「本物」にならなければならない。
俺にしかできない守りが、俺という人間にしか成し遂げられない誇りが、必ずあるはずなんだ。
俺たちの新しい旅は、嵐のような天才の合流と共に、いま激しく幕を開けた。




