第三十二話:危機とシエラの負傷
ドォォォォォンッ!!
フォレスト・タイラントの剛腕が、大気を爆ぜさせながらシエラさんの双剣に叩きつけられた。
「くっ……あぁぁぁっ!」
シエラさんは歯を食いしばり、全身の筋力を動員してその質量を真っ向から受け止める。衝撃が地面を伝い、彼女の足元の岩盤がクモの巣状に砕け散った。
だが、不倒のSランクは、その巨躯を微塵も押し返させない。
――しかし、その「完璧な防御」こそが、魔族たちの狙いだった。
タイラントを受け止めるためにシエラさんの両腕が塞がり、足が地面に縫い付けられた――その硬直の瞬間を、五体の魔族は冷酷に待ち構えていた。
「「「「「ケケケッ、今だァ!!」」」」」
五方から殺到する刃の嵐。
「お姉さん〜っ!!」
ステファニーさんの悲鳴が響くが、間に合わない。
一撃目がシエラさんの左肩を深く裂き、体勢が僅かに流れたその瞬間、追い打ちの凶刃が右脇腹を深く、深く抉り取った。
「……っ、が、あぁっ!?」
シエラさんの口から、苦悶の叫びが漏れる。
単なる傷ではない。刃に塗られた魔族の呪毒が彼女の神経を焼き、不倒の戦士から自由を奪っていく。
さらに、魔族の介入により双剣の均衡が崩れた、その刹那。受け止められていたはずのタイラントの巨腕が、再び唸りを上げてシエラさんを打ち抜いた。
毒で踏ん張りのきかなくなった彼女の体は、木の葉のように宙を舞った。
ドサッ……。
地面を転がり、シエラさんが止まったのは――俺たちが籠もる黄金の結界の、すぐ目の前だった。
「お姉さん……っ! お姉さん!!」
ステファニーさんの泣き声が響く。
結界のすぐ外、手の届くような距離に倒れたシエラさんから、赤い血が溢れ出し、地面をどす黒く染めていく。
ポタ、ポタと滴るその音が、俺の鼓膜を直接叩く。
(シエラさんが……傷ついて、倒れてる……)
俺の声は、震えて音にならなかった。
土に汚れ、血に塗れ、それでも必死に顔を上げたシエラさんと、目が合った。
「……ライト……逃げ、ろ……」
音にならない唇の動き。
自分も死に瀕しているというのに、彼女はまだ、動けない俺の身を案じていた。
その姿が、あの日の道場と完全に重なる。
床に倒れ、血を流し、それでも「わざとじゃないから」と笑って俺を許した、彼女の姿に。
「あ、……ぁぁ……あああ……!」
俺のせいで。俺が戦わなかったせいで、また大切な人が壊れていく。
繰り返している。俺は、何も変わっていない。
魔族がニチャアと笑い、倒れたシエラさんの首筋に狙いを定めた。
五体の魔族が、止めを刺すために一歩ずつ近づいていく。
動け、動け、動け。
心臓が破裂しそうなほど脈打ち、過呼吸で視界が歪む。だが、俺の手足は冷え切り、地面に根を張ったように一ミリも反応しない。
魔族の顔が、笑っている。
その「人間のような顔」への恐怖と、自分への激しい嫌悪が、俺を暗い海の底へと引きずり込んでいった。




