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第四章: 境界の守護者と四つの異能『選ばれし者たちは、まだ互いを知らない』  作者: ぃぃぃぃぃぃ


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第三話:王宮での模擬修行(剣の欠陥)

 三日後の朝。

俺は、王宮の訓練場へと向かっていた。


 胸が、高鳴っている。

 嫌な予感や恐怖じゃない。

 これは――期待だ。


(不思議だな……)


 シエラさんと一緒にいると、あの忌まわしい記憧が、少しだけ遠ざかる。

 完全に消えるわけじゃない。

 でも、心の奥に沈んで、顔を出さなくなる。


 訓練場に足を踏み入れると、すでに何人もの騎士たちが汗を流していた。

 剣と剣がぶつかる金属音。

 気合のこもった掛け声。


 ――その中に、女性騎士の姿もある。


(……まずい)


 反射的に足が止まりそうになる。

 胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。


 だが、俺は視線を上げた。


 訓練場の中央付近。

 そこに、シエラさんが立っていた。


 腕を組み、堂々とした姿で周囲を見渡している。

 その姿を視界に入れた瞬間、体から余計な力が抜けていくのを感じた。


(……大丈夫だ)


 俺は、そのまま真っ直ぐ歩き出した。


「来たか、勇者殿」


 シエラさんは、俺に気づくと短く声をかけてきた。


「はい、シエラさん」


「よし。じゃあ、早速始めるぞ」


 そう言って、訓練場の隅を指差す。


「あっちは人が少ねえ。他の連中の邪魔になっても悪い。そこでやる」


「わかりました」


 俺たちは、他の騎士たちから距離を取った、訓練場の端へと移動した。


「まずは――お前の剣を見せてみろ」


 シエラさんは、顎で俺の腰元を示す。


「剣を抜け」


「はい」


 俺は、静かに剣を抜いた。


 自然と、体が動く。

 前世で、父から叩き込まれた古武術剣術の型。


 足の運び。

 体重移動。

 剣の軌道。


(これだけは……)


 この剣だけは、俺が誇っていい。

 そう、信じてきた。


「いいか」


 シエラさんが言う。


「俺は動かねえ。模擬戦じゃなくていい。型を披露するつもりで、全部見せろ」


「……わかりました」


 俺は一度、深く息を吸った。


 そして――剣を振る。


 一の太刀。

 二の太刀。


 基本の型を、順に、丁寧に。


 力を込めすぎない。

 かといって、手を抜かない。


 道場で教わった通り。

 師範代だった父に「完璧だ」と言われた、そのままの剣。


 シエラさんは、腕を組んだまま、黙って見ていた。


 銀色の瞳が、俺の動きを追う。

 最初は無表情だったその視線が、次第に変わっていく。


(……?)


 評価、というより。

 何かを――見極めている。


 ひと通り型を終え、俺は剣を下ろした。


「……こんな感じです」


「ふむ……」


 シエラさんは顎に手を当て、少しだけ考え込む。


「ど、どうでしょうか……?」


 思わず、声が上ずる。


「この世界の剣と違う点があれば、遠慮なく教えてください」


 自信はある。

 だが、ここは異世界だ。


 数秒の沈黙。


 そして、シエラさんは口を開いた。


「型は綺麗だ」


 その言葉に、少しだけ肩の力が抜ける。


「動きも洗練されている。流れるようで、無駄がない」


「……ありがとうございます」


「お前の実家の道場、相当レベルが高かったんだろうな」


「はい。古武術剣術は、代々受け継がれてきたものなので」


「だが」


 その一言で、胸が冷えた。


 シエラさんは、俺を真っ直ぐに見つめる。


「お前の剣はな、ライト。『道場の剣』だ」


「……道場の、剣?」


 意味が、すぐに理解できなかった。


「それは、どういう……」


 シエラさんは剣を抜き、地面に軽く突く。


「ああ。前世の剣術道場の知識に、がんじがらめに縛られてる」


「俺の……知識に?」


「そうだ」


 シエラさんは、はっきりと言った。


「お前の剣は、『見せるための剣』だ」


 胸が、ぎくりと跳ねる。


「美しいし、型としては完璧だ。だがな――実戦じゃ、ほとんど役に立たねえ」


「……っ」


「一般の騎士なら十分すぎる。だが、魔王と戦う剣じゃねえ」


 言葉が、胸に突き刺さる。


「実戦じゃ……役に立たない……」


 思わず、呟いていた。


「お前は、『型』を守ることにすべてを費やしている」


 シエラさんは、淡々と続ける。


「足の位置、体重移動、剣の軌道。全部、教科書通りだ」


「……」


「完璧な地面、完璧な姿勢でしか、その剣は力を出せねえ」


 シエラさんは、一歩、俺に近づいた。


「旅に出りゃ、地面は平らじゃねえ。泥濘んでるかもしれねえし、不意打ちで体勢が崩れることなんて日常茶飯事だ」


「……」


「そんな状況じゃ、お前の綺麗な型は、一瞬で崩壊する」


 俺は、何も言えなかった。


 確かに――

 俺の剣は、常に整った場所で振るものだった。


 だが、父は言っていた。


『型は、真の力を発揮するための土台だ』と。


「でも、父は……」


 言いかけた俺を、シエラさんは静かに制した。


「お前の父君の言葉は正しい」


「……」


「型は土台だ。だがな」


 シエラさんは、俺の剣先を指で軽く叩いた。


「お前は、土台の上に家を建てるのを忘れてる」


「……っ」


「お前の剣は、『古武術剣術の模擬戦の剣』だ」


 そして――決定打。


「その剣には、殺意がない」


 心臓が、強く脈打つ。


「相手を倒す覚悟も、恐ろしさもねえ。それが、お前の剣の最大の欠陥だ」


(殺意……)


 脳裏に、あの光景がよぎりかける。


 木剣。

 悲鳴。

 恐怖の目。


「……それが、俺の剣の欠陥、ですか」


 かろうじて、声を絞り出す。


「ああ」


 だが、シエラさんは笑った。


「直せる欠陥だ」


「……え?」


「ここはこの世界だ。お前の前世の道場とは違う」


 その笑みは、怖くなかった。


「俺が教えるのは、生き残るための剣だ」


 その言葉に、胸の奥が熱くなる。


「じゃあ……これから、どうすれば」


「お前の土台は素晴らしい。それは否定しねえ」


 シエラさんは、俺を指差した。


「だが、今日からは俺の指示に従え。いいな、勇者殿」


「……はい!」


 思わず、力強く返事をしていた。


(この人なら……)


 俺の剣も。

 俺自身の呪いも。


 変えられるかもしれない。


 そんな予感が、確かにあった。


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