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第四章: 境界の守護者と四つの異能『選ばれし者たちは、まだ互いを知らない』  作者: ぃぃぃぃぃぃ


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第二十五話:中難易度の討伐へ

 数日後。俺たちはギルドのロビーに集まっていた。

 だが、今日の雰囲気はいつもと違う。

 受付の職員さんの顔が、どこか青ざめている。

「……本気ですか、シエラさん」

「ああ」

「いくら昇級候補とはいえ、この人数で受ける依頼じゃありません。……全滅しても、ギルドは責任を持てませんよ」

 シエラさんは無言で、震える職員の手から依頼書をひったくった。

 そのまま、俺たちの前へと放り出す。

「今日の依頼はこれだ」

「え……内容が、これまでと全然違います」

 俺は思わず、その紙を二度見した。

 【特例依頼:巨大魔獣アームド・ベアの討伐】

 【推奨ランク:D(実質Cランク相当)】

「……巨大魔獣、討伐?」

「ああ。ランクこそD扱いだが、中身はC相当だ。ギルドが俺たちの実力を試すために出してきた、特例中の特例だな」

 シエラさんの言葉は短かった。

 だが、その重みはこれまでの依頼とは比較にならない。

 ふと隣を見ると、ステファニーさんの顔から血の気が引いていた。

「……お姉さん。これ、本当に私たちがやるの〜?」

「怖いか、ステファニー」

「……だって、これって討伐隊を組むレベルの相手だよ〜。私、お姉さんの指揮で何十人もいた時にしか戦ったことないよ〜」

「今は俺がいる。それに……ライトもいる」

 シエラさんの視線が、俺を射抜く。

 俺の心臓が、ドクドクと不快な音を立て始めた。

「ライト」

「……はい」

「巨大魔獣は人型じゃない。お前のトラウマに邪魔されることはないはずだ」

「……それは、そうかもしれませんけど」

「だが、本能的な恐怖は別物だ。食われる、踏み潰されるという圧倒的な暴力。それに心を折られるな」

 俺は拳を握りしめた。

 女性恐怖症ではない。純粋な、生物としての死の予感。

 

「わかりました。……やってみます」

「よし。……行くぞ」

 北の森へ向かう道中。

 いつもなら明るいステファニーさんの口数が、極端に少なかった。

「……ライトさん、聞いてる〜?」

「あ、はい。……《アームド・ベア》の対策、ですよね」

「うん。……あいつの毛皮は、金属より硬いの〜。普通に斬っても、弾かれるだけだよ〜」

 彼女は自分の震える指を隠すように、バックラーのベルトを何度も締め直していた。

「あいつが本気になると、さらに毛を逆立てて、関節の隙間を埋めちゃうの〜。……だから、あいつが攻撃してくる瞬間の『隙』を突くしかないの〜」

「ステファニーさんが、『崩し』を入れるんですよね?」

「……うん。私が盾で受けて、メイスで叩く。その一瞬だけ、装甲がほんの少し開くから〜。そこを逃さず、狙ってね……。お願いだよ〜、ライトさん」

 「お願い」という言葉に、彼女の切迫した感情が混ざっていた。

 かつて大規模な討伐隊で戦った経験がある彼女ですら、少人数で挑むことの異常さを理解している。

「ステファニーさん……大丈夫ですか?」

「……えへへ、バレちゃった〜? さっきから手が、全然止まらないの〜」

 見れば、彼女の指先は小刻みに震えていた。

 必死に明るく振る舞おうとしているが、瞳の奥には隠しきれない怯えがある。

「怖くない、って言ったら嘘になっちゃうね〜。……でも、私はライトさんの盾なんだもん。お姉さんに守られてた時とは違うから〜」

「……ステファニーさん」

「私は大丈夫だよ〜。ライトさんは、私の作った隙だけを見てて〜。絶対に……守るからね〜」

 守られる。

 その言葉が、俺の胸をチリリと焼く。

 俺はいつまで、この人に震えながら守らせるつもりなんだ。

 森の境界線を越えた瞬間。

 空気の密度が変わった。

 

 鼻をつくのは、強烈な獣臭と――鉄のような血の匂い。

 少し進んだ場所で、俺は足を止めた。

「……なんだ、これ」

 そこには、俺たちが数日前に命がけで倒した《ワイルド・ベア》の死骸が転がっていた。

 だが、様子がおかしい。

 まるで巨大なプレス機で押し潰されたかのように、体が無残に歪み、引き裂かれている。

「……一撃か」

 シエラさんが低く呟いた。

「……あの《ワイルド・ベア》を、一撃で?」

「巨大魔獣にとっては、上級魔獣など餌にもならんということだ。……気を引き締めろ」

 シエラさんの表情が、これまでに見たことがないほど険しくなる。

 その直後だった。

 ――ズシン!

 地面が大きく波打った。

 遠くで何かが崩れるような音が響き、続いて、マッチ棒でも折るかのように、数本の巨木がなぎ倒される。

「……来る」

 シエラさんが剣を抜く。

 俺も震える手で剣の柄を握った。

 

 木々の隙間から、それは現れた。

 いや、現れたという表現は正しくない。

 森の一部が、殺意を持って迫ってきた。

 体長十メートル。

 全身を覆うのは、漆黒の鉄鋼と化した毛皮。

 赤く光る眼球は、こちらの頭ほどもある。

 ――オオォォォォォォォォォォンッ!!

 咆哮。

 ただの叫びじゃない。

 衝撃波に近い風圧が、俺の体を押し戻す。

 内臓が揺さぶられ、脳が「逃げろ」と絶叫を上げる。

「ひ……あ……」

 足が動かない。

 人型ではないから、パニックにはならない。

 だが、この圧倒的な生命力の差。

 踏み潰されれば終わりだ。食われれば終わりだ。

 その根源的な恐怖が、俺の全身を縛り付ける。

 その時。

 俺の視界を、青い髪が遮った。

「大丈夫……大丈夫だよ〜、ライトさんっ!」

 ステファニーさんが、俺の前に踏み出した。

 後ろ姿でもわかる。

 彼女の肩は、激しく震えている。

 バックラーを持つ腕も、今にも力が抜けてしまいそうなほど、細かく揺れている。

 それでも、彼女は逃げなかった。

「……私が、盾になるの〜! 討伐隊の時みたいに、絶対に負けないの〜!」

 彼女の声は、微かに裏返っていた。

 だが、その一歩は、俺の恐怖を打ち消すほどに力強かった。

「ライト! 意識を戻せ!」

「……っ、はい!」

 シエラさんの声で、俺は我に返った。

 剣を構え直す。

 ステファニーさんの背中が、そこにある。

 

 あんなに震えながら。

 あんなに怖がりながら。

 彼女は、俺のために盾を掲げている。

「……守られてばかりじゃ、いられない」

 俺は、震える足で地面を蹴った。

 《アームド・ベア》が地響きを立て、森を押し潰しながら突進してくる。

「いくよ〜、ライトさんっ! 私を、信じて〜!」

「……はいっ!」

 中難易度の壁。

 絶望的な巨大魔獣との死闘が、今、幕を開けた。

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