第二十四話:少しずつ縮まる距離
あの日から、一週間が経った。
俺たちは、毎日のようにDランクの依頼をこなしていた。
《ワイルド・ベア》の後は、《フォレスト・ウルフ》、《ストーン・トード》、《ポイズン・スパイダー》。
様々な魔獣と戦い、少しずつ慣れてきた。
そして――ステファニーさんとの距離も、少しずつ縮まってきた。
「おはようございます、ライトさん〜!」
朝、ギルドの前でステファニーさんが声をかけてきた。
俺の心臓がどくん、と跳ね、喉の奥がキュッと締まる。
だけど――以前のように、その場から逃げ出したいほどのパニックではない。
「お、おはようございます……」
俺は、地面を見たまま短く答えた。
そして、昨日の自分との約束を果たすために、ほんの一瞬だけ、視線を上げた。
ステファニーさんの笑顔が、網膜に焼き付く。すぐに視線を逸らしたが、確かに見ることができた。
「えへへ〜、今日もいい天気だね〜!」
ステファニーさんが、嬉しそうに笑う。
「……そうですね」
会話。女性との、会話。
まだ、指先は少し冷たい。だけど、短い言葉なら返せるようになってきた。
「よし、揃ったな。今日の依頼も、Dランクだ」
シエラさんが依頼書を掲げた。
今日の標的は《アーマード・ボア》。体長五メートルの猪型魔獣。
かつて戦った《アイアン・ボア》のさらに上位種で、全身を岩のような分厚い装甲が覆っている。
「今回も、陣形は同じだ。俺は周囲の警戒。ステファニーが前、ライトが後ろ。……ライト、今日は『合わせる』ことを意識しろ」
「合わせる……ですか?」
「ああ。ステファニーが作った『隙』を、一秒も逃さず突くんだ」
「はい」
「わかった〜!任せて〜!」
森への道を歩きながら、ステファニーさんが弾むような声で話しかけてきた。
「ライトさん〜、最近すごく調子いいね〜。剣の動きに迷いがなくなってきたっていうか〜」
「そ、そうですか……?」
「うん〜!お姉さんも、ライトさんの成長に驚いてたよ〜」
「……ありがとうございます」
認められている。それが、何よりも俺の足元を支えていた。
森の奥。
《アーマード・ボア》は、想像以上の威圧感でそこにいた。
全身を覆う灰色の装甲。吐き出される息が、地面の枯れ葉を吹き飛ばす。
「ステファニー、前に出ろ」
「わかった〜!」
ステファニーさんがバックラーを構え、俺の前に立つ。
彼女の細い背中。けれど、その足は以前よりも力強く地面を掴んでいる。
《アーマード・ボア》が咆哮し、弾丸のように突進してきた。
「いなすの〜!」
ステファニーさんが体を半身にずらす。
轟音と共に、バックラーと装甲が激突する。
普通なら吹き飛ばされる衝撃。だが、彼女はシエラに仕込まれた技術で、その衝撃を横へと逃がした。
「えいっ〜!」
流れるような動作で放たれたメイスの刺突が、猪の左前足の付け根――装甲の継ぎ目を的確に叩いた。
ぺちんっ、と拍子抜けするほど軽い音がした――だが、それが致命傷だった。
「ライトさん、今〜!」
シエラさんの言っていた『合わせる』意味が、直感で分かった。
俺は一歩踏み込み、剣を振り下ろした。狙うは、首の付け根のわずかな隙間。
――ガツッ、と鈍い手応え。
狙いは合っていた。だが、踏み込みがわずかに甘く、装甲の奥まで刃が届かない。
怒り狂った《アーマード・ボア》が鼻息を吹き出し、俺を突き上げようとしたその時――。
「どけなの〜!」
ステファニーさんがもう一度メイスを叩き込み、無理やり魔獣の首を逸らした。
俺の目の前に、再び「無防備な肉体」が晒される。
「……っ!」
今度は死に物狂いで剣を押し込み、とどめを刺した。
巨体が地面に沈み、静寂が戻る。
「やった〜!ライトさん、最後、ちゃんと関節狙えてたよ〜!」
ステファニーさんが、駆け寄ってくる。
「……ありがとうございます。でも、一度目は、失敗しました。ステファニーさんがいなければ、今頃俺は……」
冷や汗が背中を伝う。成功はしたが、それはステファニーさんの献身的なフォローがあっての「薄氷の勝利」だった。
休憩中、ステファニーさんが水筒を差し出してきた。
彼女の手。
刺メイスを握り続けた掌には、新しいマメができていた。
治癒魔法ですら消えない、努力の証。
女性恐怖症の俺にとって、女性は「自分を傷つけるもの」か「守るべきか弱いもの」のどちらかだった。
けれど、目の前の彼女は――共に戦う、強い「仲間」なのだと、初めて腹の底から思えた。
「ライトさん〜、私の顔に何かついてる〜?」
「あ……いえ。……ありがとうございました」
俺は、今度は視線を逸らさずに、一秒だけ長く彼女の目を見て、お礼を言った。
ステファニーさんが、ぱっと顔を輝かせる。
「ライトさん、今、ちゃんと見てくれた〜!やった〜!」
シエラさんが、それを見て薄く笑い、俺の隣に座った。
「……お前たち、最近いい動きをしてるな。だが、今のはステファニーに助けられたな、ライト。実戦であの甘さは命取りだ」
「はい……」
「だが、合わせる意識は合格だ。だから――そろそろ、次のステップに進もうと思う」
シエラさんの目が、鋭くなった。
「次はDランクじゃない。……Cランク相当の強敵が相手だ。今のような甘い一撃では、反撃で首が飛ぶぞ」
Cランク。
俺の心臓が、恐怖と、自分への不甲斐なさで激しく鳴った。
「……やってみます。この三人なら、もっと……」
俺がそう言うと、ステファニーさんは嬉しそうに、
俺の袖の端を、ぎゅっと握るような仕草をした。
実際には触れていない。だが、距離と仕草だけで、彼女がそうしようとしたのは伝わってきた。
「うん〜!一緒に頑張ろうね、ライトさん!」
俺は、まだ女性が怖い。
けれど、ステファニーさんの笑顔だけは、少しずつ「勇気をくれるもの」へと変わり始めていた。




