第二十二話:三人パーティ始動とライトの回避
朝、俺たちはギルドで依頼を受け取った。
「今日の依頼は、Dランクだ」
シエラさんが、依頼書を見せた。
「上級魔獣討伐。推奨ランクはD」
「D……ランクですか?」
俺は、少し驚いた。
前回の依頼は、Eランクだった。
スモール・ボアの討伐。
あの時は、怪我もなく倒せた。
だけど――Dランクは、その上だ。
「ああ。お前も少しずつ強くなってきた」
シエラさんは、続けた。
「それに、ステファニーがいる。三人なら、Dランクでも問題ない」
「やった〜!」
ステファニーさんが、目を輝かせた。
「また、お姉さんと高ランクの依頼を受けれる〜。お姉さんと別れてからFランクの依頼ばっかりだったの〜」
「そうか。だが、油断するな」
シエラさんは、真剣な顔で言った。
「Dランクは、Fランクとは格が違う」
「わかってます〜!でも嬉しい〜!」
ステファニーさんは、嬉しそうに答えた。
俺は、依頼書を見た。
Dランク。
上級魔獣。
前回よりも、明らかに難しい依頼だ。
だけど――シエラさんがいる。
ステファニーさんもいる。
きっと、大丈夫だ。
「今回の標的は《アイアン・ボア》だ」
シエラさんが、説明を続けた。
「《アイアン・ボア》……ですか?」
「ああ。体毛や皮膚が硬質化した猪型の魔獣だ」
シエラさんは、真剣な顔で言った。
「まるで鉄のような防御力を持つ。体当たり攻撃も強力だ」
「……」
俺は、緊張した。
鉄のような防御力。
それは――剣が通用しないということか。
「だが、倒せない相手じゃない」
シエラさんは、続けた。
「関節部や目など、弱点はある」
「わかりました……」
俺は、小さく頷いた。
森への道を歩く。
シエラさんが先頭。
俺が真ん中。
ステファニーさんが後ろ。
俺は、できるだけステファニーさんから距離を取ろうとした。
だけど――
「ライトさん〜、お水飲む〜?」
ステファニーさんが、俺の横に来た。
俺の体が、びくりと跳ねる。
「だ、大丈夫です……」
「そっか〜。でも、暑いから水分補給は大事だよ〜」
「は、はい……」
俺は、ステファニーさんから少し離れた。
心臓が、激しく打っている。
呼吸が、浅くなる。
ステファニーさんは、少し寂しそうな顔をした。
だけど、すぐに笑顔に戻った。
「ライトさん、無理しないでね〜」
「あ、ありがとうございます……」
俺は、小さく答えた。
視線は、地面に向いたままだった。
「ステファニー」
シエラさんが、振り返った。
「少し距離を取ってやれ」
「え〜、でも〜」
「こいつは、女性が苦手なんだ。急に近づくと、パニックになる」
「そっか〜……わかった〜」
ステファニーさんは、少し後ろに下がった。
俺は、ほっとした。
だけど――同時に、申し訳ない気持ちになった。
ステファニーさんは、悪くない。
悪いのは、俺だ。
女性を怖がる、俺が悪い。
森の入り口に到着した。
木々が鬱蒼と茂り、薄暗い。
「ここからが依頼の範囲だ」
シエラさんが、地図を確認した。
「《アイアン・ボア》は、この辺りに生息している」
シエラさんは、俺たちを見た。
「いいか、Dランクは今までとは違う」
「違う……ですか?」
「ああ。Eランクとは、比較にならない」
シエラさんは、真剣な顔で言った。
「動きが速い。攻撃力が高い。そして、防御力も高い」
「……」
「油断するな。一撃で致命傷を負う可能性もある」
シエラさんの言葉に、緊張が走る。
「わかりました〜!」
ステファニーさんが、答えた。
「久しぶりのDランク、頑張ります〜!」
「はい……」
俺も、小さく頷いた。
「いいか、ライト。お前は真ん中を歩け」
「真ん中……ですか?」
「ああ。俺が前、ステファニーが後ろだ」
シエラさんは、続けた。
「お前を守る陣形だ。安心して歩け」
「は、はい……」
俺は、頷いた。
守られている。
それは、安心できることのはずだ。
だけど――後ろにステファニーさんがいる。
それが、怖い。
森を進む。
シエラさんが、周囲を警戒しながら歩いている。
俺は、その後ろを歩く。
ステファニーさんは、俺の後ろを歩いている。
俺は、時々振り返りたくなる衝動を抑えた。
振り返ったら、ステファニーさんと目が合う。
それが、怖い。
「ライトさん〜、大丈夫〜?」
ステファニーさんの声が、後ろから聞こえた。
俺の体が、びくりと跳ねる。
「だ、大丈夫です……」
「そっか〜。でも、顔色悪いよ〜?」
「だ、大丈夫です……」
俺は、同じ言葉を繰り返した。
だけど、全然大丈夫じゃなかった。
心臓が、激しく打っている。
手が、震えている。
女性が、後ろにいる。
それだけで、こんなに怖い。
「ステファニー」
シエラさんが、また振り返った。
「あまり話しかけるな。こいつが緊張する」
「ご、ごめんなさい〜……」
ステファニーさんは、申し訳なさそうに言った。
「でも、心配で〜……」
「気持ちはわかる。だが、今はそっとしておいてやれ」
「うん〜……」
ステファニーさんは、少し寂しそうな声で答えた。
俺は、その会話を聞きながら、さらに申し訳ない気持ちになった。
ステファニーさんは、優しい人だ。
心配してくれている。
だけど――俺は、それに応えられない。
女性が、怖い。
それだけで、何もできなくなる。
しばらく歩くと、シエラさんが立ち止まった。
「いるぞ。《アイアン・ボア》だ」
俺も、立ち止まる。
前方に、大きな影が見えた。
猪のような魔獣。
だけど――前に見た魔獣とは、明らかに違う。
体長は、五メートルほど。
全身が灰色の硬質化した毛で覆われている。
その毛は、まるで金属のように光っている。
巨大な牙を持ち、こちらを睨んでいる。
見上げるような巨体。
その威圧感に、俺の足が竦んだ。
「……硬そう」
俺は、思わず呟いた。
「Dランクの上級魔獣だ」
シエラさんが、静かに言った。
「Eランクとは、格が違う」
シエラさんは、俺を見た。
「今回は、お前が主に相手をしろ」
「え……」
「俺は周囲の警戒と、お前が本当にやばい時だけ動く」
シエラさんは、真剣な顔で言った。
「Dランクに慣れるには、実戦しかない」
「……」
「気を引き締めろ。あの硬質化した皮膚は、並の剣では傷つかない」
シエラさんの言葉に、俺の緊張が高まる。
「ライト、剣を抜け」
シエラさんが、静かに言った。
「ステファニー、ライトの援護に回れ」
「わかった〜!」
ステファニーさんが、俺の横に来た。
俺の体が、硬直する。
女性が、すぐ横にいる。
心臓が、激しく打っている。
「ライトさん、大丈夫〜。私が守るからね〜」
ステファニーさんが、優しく言った。
だけど――その言葉が、逆に俺を緊張させた。
女性に、守られる。
それは――間違っている。
俺が、女性を守らなければいけないのに。
だけど、俺には、それができない。
「ライト、集中しろ」
シエラさんの声が、俺を現実に引き戻した。
「お前は、ただ剣を振ればいい」
「は、はい……」
俺は、震える手で剣を抜いた。
《アイアン・ボア》が、こちらに向かって走ってくる。
速い。
Eランクの魔獣よりも、はるかに速い。
地面を揺らしながら、突進してくる。
「今だ、ライト!」
シエラさんが、叫んだ。
俺は、剣を振った。
だけど――手が震えて、軌道がずれる。
《アイアン・ボア》の突進を、避けることしかできない。
《アイアン・ボア》が、そのまま俺に迫る。
「《生護》!」
ステファニーさんの声が、響いた。
淡い光の壁が、俺の周囲に現れた。
《アイアン・ボア》の突進が、光の壁に阻まれる。
だけど――その衝撃は、凄まじかった。
光の壁が、激しく軋む。
ステファニーさんの体が、後ろに下がる。
「くっ……!」
ステファニーさんが、苦しそうな声を上げた。
だが――彼女はそれだけではなかった。
バックラーでボアの牙を流し、軽く刺メイスを叩き込む。
「ぺちんっ!」
小さな音。だが、ボアの動きが一瞬止まる。
「やっぱりお姉さんと一緒だと、魔力の巡りがいい〜!」
ステファニーさんが、笑顔で言った。
「ライトさん、今だよ〜!」
だけど――俺は、混乱していた。
守られた。
女性に、守られた。
しかも、Dランクの攻撃を。
胸の奥が、じくじくと痛んだ。
「ライト、落ち着け!」
シエラさんが、《アイアン・ボア》を引きつけながら叫んだ。
「お前は、攻撃することだけ考えろ!」
「は、はい……」
俺は、もう一度剣を構えた。
深呼吸をする。
落ち着け。
《アイアン・ボア》は、人間じゃない。
ただの魔獣だ。
俺は、剣を振るった。
今度は、しっかりと《アイアン・ボア》に当たった。
だけど――《アイアン・ボア》の硬質化した毛が硬い。
剣が、浅くしか入らない。
《アイアン・ボア》が、怒ったように鳴く。
「硬いな……」
シエラさんが、呟いた。
「Dランクの上級魔獣は、防御力も高い」
「いいぞ、ライト!もう一撃だ!」
シエラさんが、叫ぶ。
俺は、もう一度剣を振るった。
何度も、何度も。
やっと、《アイアン・ボア》が倒れる。
動かなくなった。
「やった〜!ライトさん、すごい〜!」
ステファニーさんが、嬉しそうに声を上げた。
だけど――俺は、全然嬉しくなかった。
視線を上げることが、どうしてもできなかった。
「よくやった、ライト」
シエラさんが、俺の肩を叩いた。
「初めてのDランク討伐だ。上出来だ」
「いえ……」
俺は、小さく答えた。
「俺は……守られただけです……」
「それでいい」
シエラさんは、真剣な顔で言った。
「今は、それでいい」
「……」
「お前は、少しずつ慣れていけばいい」
シエラさんは、続けた。
「焦る必要はない」
「はい……」
俺は、頷いた。
だけど――心の中では、納得できなかった。
《アイアン・ボア》を倒した後、俺たちは少し休憩することにした。
シエラさんが、水筒を取り出す。
ステファニーさんも、荷物から何かを取り出している。
俺は、少し離れた場所に座った。
できるだけ、ステファニーさんから距離を取る。
「ライトさん〜、これ食べる〜?」
ステファニーさんが、何かを差し出してきた。
俺の体が、びくりと跳ねる。
「あ、いえ……大丈夫です……」
「そっか〜。でも、お腹空いたら言ってね〜」
「は、はい……」
俺は、小さく答えた。
ステファニーさんは、少し寂しそうな顔をした。
だけど、すぐに笑顔に戻った。
「お姉さん〜」
ステファニーさんが、シエラさんの方を向いた。
「ライトさん、すごく緊張してるよね〜」
「ああ」
シエラさんは、頷いた。
「こいつは、女性が苦手なんだ」
「そうなんだよね〜……」
ステファニーさんは、少し考えるような顔をした。
「でも、お姉さんは平気なのに、何で私だとダメなの〜?」
「俺は……こいつにとって特別なんだろうな」
シエラさんは、少し苦笑した。
「こいつを助け出し、一人の人間として鍛えてきた。最初に出会った異世界の人間でもある」
「そっか〜……」
ステファニーさんは、少し複雑そうな顔をした。
「じゃあ、私も特別になれるように頑張る〜!」
「ああ、頼んだぞ」
シエラさんは、優しく笑った。
「だが、焦るな。こいつは、時間がかかる」
「わかった〜」
ステファニーさんは、前向きに答えた。
俺は、その会話を聞いていた。
ステファニーさんは、俺のことを理解しようとしてくれている。
優しい人だ。
だけど――俺は、まだその優しさに応えられない。
女性が、怖い。
それは、変わらない。
休憩を終えて、俺たちは再び森を進んだ。
依頼の目標は、《アイアン・ボア》を五体倒すこと。
まだ、四体残っている。
「次も、同じ陣形で行くぞ」
シエラさんが、言った。
「ライトは真ん中。俺が前、ステファニーが後ろだ」
「はい」
「わかった〜!」
俺とステファニーさんが、答える。
だけど――俺の緊張は、全然解けなかった。
ステファニーさんが、後ろにいる。
それだけで、こんなに怖い。
二体目の《アイアン・ボア》と遭遇した。
今度は、少し大きい。
体長は、六メートルほど。
前の《アイアン・ボア》よりも、さらに大きい。
見上げるような巨体に、俺の呼吸が詰まる。
「……でかい」
俺は、思わず呟いた。
「Dランクの上級魔獣は、どれも巨大だ」
シエラさんが、言った。
「気を抜くな」
「ライト、構えろ」
シエラさんが、指示を出した。
「ステファニー、援護を頼む」
「任せて〜!」
ステファニーさんが、少し離れた位置から魔法を構えた。
だが、俺が踏み込まれた瞬間、即座に距離を詰めてきた。
「ライトさん、一緒に頑張ろうね〜」
ステファニーさんが、笑顔で言った。
だけど――俺は、その笑顔を見ることができなかった。
視線を、逸らす。
心臓が、激しく打っている。
《アイアン・ボア》が、襲いかかってくる。
シエラさんが、それを受け止める。
「ライト、今だ!」
俺は、剣を振るった。
だけど――やはり手が震える。
攻撃が、浅い。
《アイアン・ボア》は、怯まない。
「《生護:ライブ・ガーディアン》!」
またステファニーさんの声が響いた。
淡い光の壁が、俺の周囲を包む。
《アイアン・ボア》の反撃が、光の壁に阻まれる。
だけど――その衝撃は、やはり凄まじい。
光の壁が、激しく軋む。
「くっ……!」
ステファニーさんが、苦しそうな声を上げた。
バックラーで牙を受け流し、刺メイスを叩き込む。
「ぺちんっ!」
ボアの動きが止まる。
「ライトさん、もう一回〜!」
ステファニーさんが、励ましてくれる。
だけど――俺は、手が震えていた。
また守られている。
喉の奥が、詰まったように苦しい。
「ライト、集中しろ!」
シエラさんの声が、俺を叱咤する。
「お前は、剣を振ることだけ考えろ!」
「は、はい……」
俺は、必死に剣を振るった。
何度も、何度も。
やっと、《アイアン・ボア》が倒れた。
「やった〜!」
ステファニーさんが、喜ぶ。
だけど――俺の胸は、重いままだった。
その後も、戦闘は続いた。
三体目、四体目、五体目。
どの戦いでも、俺の剣は浅く、ステファニーさんの《生護》が展開される。
彼女の息は、戦闘を重ねるたびに荒くなっていった。
俺はその度に、視線を逸らすことしかできなかった。
五体目の《アイアン・ボア》を倒した時、ステファニーさんは明らかに疲れていた。
「ふぅ〜……やっぱりDランクって、強いんですね〜」
息を切らせながら、ステファニーさんが言った。
「大丈夫か?」
シエラさんが、心配そうに尋ねた。
「大丈夫です〜。でも……魔力、ほとんど空っぽかも〜」
そう言って、ステファニーさんは少しふらついた。
シエラさんが、素早く支える。
「それでも、ライトさんが無事でよかった〜」
彼女は、疲れた顔で笑った。
俺は――その笑顔を、見ることができなかった。
視線を、地面に落とす。
胸が、締め付けられるように苦しい。
「《生護》の連続使用は、魔力消費が激しいからな」
シエラさんが、言った。
「無理するな。しっかり休め」
「うん〜、ありがとうございます〜」
シエラさんは、優しく頷いた。
俺は、その様子を見ていた。
ステファニーさんは、俺を守るために、魔力を使っている。
疲れている。
それも、俺のせいだ。
俺が、ちゃんと戦えないから。
俺が、守られてばかりだから。
また――誰かに負担をかけている。
その日、俺たちは五体の《アイアン・ボア》を倒した。
依頼は、完了した。
だけど――俺の心は、重かった。
毎回、ステファニーさんに守られた。
毎回、女性に守られた。
そして、ステファニーさんを疲れさせた。
それが――俺には、耐えられなかった。
「お疲れ様〜、ライトさん〜」
ステファニーさんが、笑顔で言った。
だけど――俺は、その笑顔を見ることができなかった。
視線を、逸らす。
「あ、ありがとうございました……」
小さな声で、そう答えるのが精一杯だった。
ステファニーさんは、少し寂しそうな顔をした。
だけど、すぐに笑顔に戻った。
「また明日も頑張ろうね〜」
「は、はい……」
俺は、小さく頷いた。
森を出て、街へと戻る道。
俺は、ステファニーさんから距離を取り続けた。
できるだけ、遠く。
できるだけ、関わらないように。
ステファニーさんは、それを見て、少し悲しそうだった。
だけど――何も言わなかった。
ただ、静かに俺の後ろを歩いていた。
シエラさんは、俺たちの様子を見ていた。
何も言わなかったが、その目には、何かを考えている様子があった。
俺は――まだ、ステファニーさんを受け入れられない。
女性が、怖い。
それは、変わらない。
だけど――このままでいいのか?
そんな疑問が、心の奥にあった。
答えは、まだ見つからない。
俺は、ただ前を向いて歩き続けた。




