第二十一話:歓迎の宴と酒盛り
ギルドの酒場は、夕方になると冒険者たちで賑わい始める。
俺たちは、その酒場の一角に座っていた。
テーブルの上には、料理と酒が並んでいる。
「じゃあ、改めて〜!」
ステファニーさんが、ジョッキを高く掲げた。
「ライトさんの歓迎会〜!そして、お姉さんとの再会〜!乾杯〜!」
「乾杯!」
シエラさんも、ジョッキを掲げた。
俺は――水の入ったコップを、小さく持ち上げた。
「か、乾杯……」
声が、震えている。
心臓が、激しく打っている。
女性が二人。
しかも、酒を飲んでいる。
これは――まずい。
ものすごく、まずい。
「ぷはぁ〜!やっぱりお酒は最高〜!」
ステファニーさんが、ジョッキを空けた。
あっという間だった。
「おい、ステファニー。飲むペースが速いぞ」
シエラさんが、呆れたように言った。
「いいじゃないですか〜。久しぶりなんですから〜」
ステファニーさんは、笑顔で答えた。
「お姉さんと、こうやってお酒を飲むの〜、本当に久しぶりで嬉しいんです〜」
「まあ、確かにな」
シエラさんも、笑顔になった。
「お前と飲むのは、久しぶりだ」
「ですよね〜!」
ステファニーさんは、また新しいジョッキを手に取った。
俺は、その光景を見ながら、壁際に身を寄せていた。
できるだけ、小さくなる。
できるだけ、目立たないようにする。
「あ、そうだ〜。お姉さん〜」
ステファニーさんが、真剣な顔になった。
「なんだ?」
「旅が終わったら、また一緒にお酒を飲む約束ですからね〜」
ステファニーさんは、シエラさんの目をじっと見た。
「絶対ですよ〜?」
「ああ、約束する」
シエラさんは、優しく笑った。
「お前と飲むのは、楽しいからな」
「やった〜!」
ステファニーさんは、嬉しそうに声を上げた。
「じゃあ、今日はたくさん飲みますよ〜!」
「おい、ほどほどにしろよ」
「大丈夫です〜!私、お酒強いんです〜!」
ステファニーさんは、また酒を飲んだ。
シエラさんは、呆れたように笑った。
「ライトさん〜」
ステファニーさんが、俺の方を向いた。
俺の体が、びくりと跳ねる。
「お酒、飲まないの〜?」
「む、無理です……」
俺は、震える声で答えた。
「そっか〜。残念〜」
ステファニーさんは、少し残念そうにした。
「あ、無理そうなら、ちょっと離れるね〜?」
そう言って、ステファニーさんは少しだけ椅子を引いた。
「……い、いえ、大丈夫です」
俺は、小さく答えた。
少しだけ、呼吸が楽になった。
「ライトさん、緊張してる〜?」
ステファニーさんが、首を傾げた。
「あ、もしかして〜、私たちがお酒を飲んでるのが怖い〜?」
「そ、そんなことは……」
「怖いんだろ」
シエラさんが、呆れたように言った。
「こいつは、女性が苦手なんだ。しかも、酒を飲んでる女性となると、さらに苦手だ」
「え〜、そうなんだ〜」
ステファニーさんは、少し驚いた顔をした。
「ごめんね〜、ライトさん〜。怖がらせちゃった〜?」
「い、いえ……」
俺は、必死に答えた。
「だ、大丈夫です……」
「そっか〜。でも、大丈夫だよ〜」
ステファニーさんは、優しく笑った。
「私、お酒飲んでも暴れたりしないから〜」
「は、はい……」
「だから、安心して〜」
ステファニーさんは、そう言って、また酒を飲んだ。
俺は、その様子を見ながら、深呼吸をした。
落ち着け。
この人は、悪い人じゃない。
シエラさんの仲間だ。
「そういえば、お姉さん〜」
ステファニーさんが、急に真剣な顔になった。
「ん?何だ?」
「気になってたんですけど〜」
ステファニーさんは、シエラさんをじっと見た。
「お姉さん、大盾を持ってないですよね〜?」
その言葉に、シエラさんの表情が少し変わった。
「ああ……」
「どうしたんですか〜?お姉さんの大盾、あれがないとお姉さんじゃないのに〜」
ステファニーさんは、不思議そうに尋ねた。
「売っちゃったんですか〜?」
「いや、売ってない」
シエラさんは、少し考えるような顔をした。
「ただ……もう必要ないと思ってな」
「え〜?どういうことですか〜?」
「もうお前を守らなくてもいいだろ?」
シエラさんは、静かに言った。
ステファニーさんは、少し驚いた顔をした。
「お前は、もう一人前の冒険者だ」
シエラさんは、続けた。
「俺が盾になる必要はない」
「お姉さん……」
ステファニーさんは、少し寂しそうな顔をした。
「でも、お姉さんの大盾、すごくかっこよかったのに〜」
「かっこいいかどうかは、関係ない」
シエラさんは、真剣な顔で言った。
「俺は、必要なものを持つだけだ」
「そっか〜」
ステファニーさんは、少し納得したような顔をした。
「でも、寂しいな〜」
「何を言ってる」
シエラさんは、笑った。
「お前は、もう俺の盾がなくても戦えるだろ?」
「まあ、そうですけど〜」
ステファニーさんは、少し照れくさそうに笑った。
「でも、お姉さんの後ろにいると、安心したんです〜」
「お前は、もう後ろにいる必要はない」
シエラさんは、優しく言った。
「前に出て、自分で戦える」
「お姉さん……」
ステファニーさんは、目を潤ませた。
「ありがとうございます〜」
「礼を言われるようなことじゃない」
シエラさんは、照れくさそうに笑った。
「ただの事実だ」
「でも、嬉しいです〜」
ステファニーさんは、また酒を飲んだ。
「明日は〜、お姉さんにもらったこの盾でバシッといなして〜、メイスでぺちんっ!てやっつけちゃいますからね〜!」
「ああ、頼んだぞ」
シエラさんも、酒を飲んだ。
「今は、別の守らなきゃいけない『危なっかしい奴』がいるからな」
と俺を見た。
俺は、その光景を見ながら、少しだけ安心した。
二人の間には、深い絆がある。
それが、よくわかった。
だけど――俺は、まだその輪に入れない。
「ライトさん〜」
ステファニーさんが、また俺の方を向いた。
「本当に、お酒飲まない〜?」
「む、無理です……」
「そっか〜」
ステファニーさんは、少し寂しそうにした。
「でも、大丈夫〜。一緒にご飯は食べられるよね〜?」
「は、はい……」
「じゃあ、これ食べて〜」
ステファニーさんが、皿を俺の前に押した。
肉料理だった。
「あ、ありがとうございます……」
俺は、小さく頭を下げた。
手が震えていたが、フォークを持った。
「ライト、落ち着け」
シエラさんが、小声で言った。
「ステファニーは、お前を傷つけるつもりはない」
「は、はい……」
俺は、深呼吸をした。
「ライトさん、ゆっくりでいいからね〜」
ステファニーさんが、優しく言った。
「私、待ってるから〜」
「あ、ありがとうございます……」
俺は、小さく答えた。
ステファニーさんは、また酒を飲んだ。
シエラさんも、酒を飲んだ。
二人は、楽しそうに話している。
昔の冒険の話。
一緒に戦った思い出。
危ない場面を乗り越えた話。
二人の笑い声が、酒場に響く。
「お姉さん、覚えてます〜?あの時の依頼〜」
「ああ、あの森の魔物討伐か」
「そうそう〜!お姉さんの盾がなかったら、私、死んでましたよ〜」
「大げさだ。お前は十分強かった」
「そんなことないです〜。お姉さんがいたから、生きてられたんです〜」
ステファニーさんは、少し涙ぐんでいた。
「だから、お姉さんには本当に感謝してるんです〜」
「礼なんていらない」
シエラさんは、優しく笑った。
「お前は、俺の大切な仲間だからな」
「お姉さん……」
ステファニーさんは、涙を拭いた。
「ありがとうございます〜」
俺は、その光景を見ていた。
二人の絆の深さが、よくわかる。
そして――俺は、まだその輪に入れない。
だけど――逃げるわけにはいかない。
「ライトさん〜、本当に大丈夫〜?顔、真っ青だよ〜?」
ステファニーさんが、心配そうに俺を見た。
「だ、大丈夫です……」
俺は、必死に答えた。
だけど、全然大丈夫じゃなかった。
この恐怖は、まだ消えない。
だけど――シエラさんがいる。
ステファニーさんも、悪い人じゃない。
「ステファニー、こいつはこういう奴だ」
シエラさんが、呆れたように言った。
「慣れるまで、そっとしておいてやれ」
「そっか〜。わかった〜」
ステファニーさんは、少し残念そうにしたが、すぐに笑顔に戻った。
「じゃあ、お姉さん〜。もっとお酒飲みましょう〜!」
「ああ、付き合ってやる」
シエラさんも、笑顔になった。
二人は、また楽しそうに酒を飲み始めた。
俺は、その光景を見ながら、水を飲んだ。
仲間になった。
それは、嬉しいことのはずだ。
だけど――まだ、怖い。
この恐怖を、乗り越えられるんだろうか。
酒場の喧騒が、遠くに聞こえる。
女性二人の笑い声が、近くに聞こえる。
俺は、その中で、ただ静かに座っていた。
長い夜が、まだまだ続きそうだった。
夜は更けていく。
ステファニーさんは、まだまだ飲み続けている。
シエラさんも、付き合っている。
俺は、その横で、ただ静かに座っていた。
水を飲みながら、二人の会話を聞いていた。
だけど――今は、それでいい。
少しずつでいい。
いつか、この輪に入れるように。
そう思いながら、俺は長い夜を過ごしていた。




