第十五話:人型魔物との対峙
翌朝。
俺は、シエラさんと共に再びギルドへと向かった。
昨日の疲れは、十分な睡眠でほとんど取れている。
「おはようございます、シエラさん、ライトさん」
リサさんが、いつもの笑顔で迎えてくれた。
「おう、おはよう」
シエラさんが、軽く手を振った。
「今日も、依頼を受けに来た」
「はい、どのような依頼をお探しですか?」
「人型魔物の討伐依頼だ」
シエラさんは、真剣な表情で言った。
「人型魔物……ですか?」
リサさんが、少し驚いたような顔をした。
「はい。ゴブリンの討伐依頼があれば、それを受けたい」
「ゴブリン……」
俺は、その名前を聞いて緊張した。
ゴブリンは、人間大の魔物だ。
スモール・ボアとは違い、人間に近い体格と動きを持つ。
「少々お待ちください」
リサさんが、依頼の書類を確認し始めた。
「えっと……ゴブリンの討伐依頼、ありますね」
「どんな内容だ?」
「近くの村で、ゴブリンの群れが出没しているとのことです」
リサさんが、依頼書を見せてくれた。
「群れの数は、五体ほど。推奨ランクはDランクです」
「五体か……ちょうどいいな」
シエラさんは、満足そうに頷いた。
「この依頼を受ける」
「わかりました。それでは、受理します」
リサさんが、依頼書に受理印を押した。
「ゴブリンは、人間に近い体格をしていますから、油断しないでください」
「ああ、気をつける」
シエラさんが、依頼書を受け取った。
「じゃあ、行くぞライト」
「はい……」
俺は、少し不安を感じながら頷いた。
ギルドを出て、俺たちは村へと向かった。
歩きながら、シエラさんが説明を始めた。
「ゴブリンは、人型魔物だ」
「はい……」
「体高は、人間と同じくらい。一メートル五十から六十センチほどだ」
シエラさんは、続けた。
「動きも、人間に近い。武器を使うこともある」
「武器を……」
「ああ。棍棒や短剣を持っていることが多い」
シエラさんは、真剣な目で俺を見た。
「だが、五体程度ならスモール・ボアより楽だ」
「楽……ですか?」
「ああ。ゴブリンは群れで行動するが、個体としては弱い」
シエラさんは、説明を続けた。
「スモール・ボアのような突進力もないし、体も脆い。恐れることはねえ」
「わかりました……」
俺は、少しだけ安心した。
「だが、お前にとっての問題は別だ」
シエラさんは、俺の肩を叩いた。
「ゴブリンは、人間に似ている。それが、お前のトラウマを刺激するかもしれねえ」
「……」
「だが、心配するな」
シエラさんは、優しく言った。
「俺がついてる。お前が危なくなったら、すぐに助ける」
「はい……」
「それに、ゴブリンは魔物だ。人間じゃない」
シエラさんは、続けた。
「お前のトラウマは、人を傷つけることへの恐怖だ。だが、ゴブリンは魔物だ。人間じゃない」
「そう……ですよね」
俺は、自分に言い聞かせた。
ゴブリンは魔物だ。
人間じゃない。
だから、剣を振れるはずだ。
数時間歩いて、俺たちは村の近くに到着した。
「この辺りだな」
シエラさんが、周囲を見渡した。
「ゴブリンが出没する場所は、村の北側の森らしい」
「はい」
「行くぞ」
俺たちは、森へと向かった。
森の中は、薄暗くて不気味だった。
スモール・ボアを討伐した森とは、雰囲気が違う。
「……いるな」
シエラさんが、小声で言った。
「どこですか?」
「前方、三十メートルほど先だ」
シエラさんが、指差す方向を見る。
確かに、木々の間に、何かが動いているのが見えた。
そして――その姿を見た瞬間、俺の心臓が跳ねた。
(人間……?)
いや、違う。
それは、ゴブリンだ。
だけど――体格が、人間に似ている。
一メートル五十センチほどの体高。
二本の足で立ち、二本の腕を持つ。
顔は醜悪だが、それでも人間の形をしている。
「ライト、大丈夫か?」
シエラさんが、俺の肩を掴んだ。
「は、はい……」
俺は、必死に平静を保とうとした。
手が、わずかに震えている。
(落ち着け……これは魔物だ。人間じゃない)
自分に言い聞かせる。
だけど、視界に入るゴブリンの姿が、どうしても人間に見えてしまう。
「無理するな」
シエラさんが、静かに言った。
「お前が無理だと思ったら、俺がやる」
「いえ……俺が、やります」
俺は、剣を握りしめた。
「ここで逃げたら、俺は一生前に進めない」
「……そうか」
シエラさんは、俺を見つめた。
「なら、行くぞ。だが、無理はするな」
「はい」
俺たちは、ゴブリンに接近した。
「ギャア!」
ゴブリンが、俺たちに気づいて叫んだ。
緑色の肌をしているが、その腕の筋肉のつき方や、怯えた時の目の動きが、あまりに人間に似ていた。棍棒を振り上げる予備動作が、あの日の稽古相手と重なり、一瞬視界が白くなる。
「ライト、右から来るぞ!」
シエラさんの声が響く。
俺は、右側を見た。
ゴブリンが、棍棒を振り上げて突進してくる。
(避けて……反撃!)
俺は、横に避けた。
体は、昨日のスモール・ボア戦よりも重い。
だけど、動けないわけじゃない。
そして――剣を振り下ろす。
だが、その剣は、明らかに躊躇していた。
当たる直前に刃を引いてしまう。
軌道がブレる。
「ギャッ!」
ゴブリンが、悲鳴を上げて後退した。
浅い傷だ。
致命傷には程遠い。
(まずい……ちゃんと斬れてない)
俺は、自分の剣を見つめた。
光属性の魔法は纏わせている。
だけど、剣を振る力が弱い。
無意識に、力を抑えてしまっている。
「ライト、次が来るぞ!」
シエラさんの声が聞こえた。
俺は、前を向いた。
別のゴブリンが、棍棒を振り上げて突進してくる。
(落ち着け……これは魔物だ)
俺は、再び横に避けた。
そして、剣を振り下ろす。
だけど――また、躊躇してしまう。
ゴブリンの姿が、人間に重なる。
あの日の記憶が、蘇る。
「ギャッ!」
ゴブリンが、また浅い傷を負って後退する。
「ライト、もっと思い切り振れ!」
シエラさんが、叫んだ。
「ゴブリンは弱い!お前の力なら、一撃で倒せるはずだ!」
「わかって……ます!」
俺は、叫び返した。
「でも……体が、勝手に……」
三体目のゴブリンが、俺に向かって突進してくる。
俺は、避けて、剣を振る。
だけど――また、躊躇する。
力が入らない。
「ギャッ!」
ゴブリンが、また浅い傷を負って倒れる。
だけど、致命傷じゃない。
すぐに起き上がろうとする。
「ちっ……」
シエラさんが、舌打ちをして、そのゴブリンを蹴り飛ばした。
「ギャア!」
ゴブリンが、今度こそ動かなくなった。
「ライト、お前はまだ残りの二体を相手にしろ!」
「はい!」
俺は、残りのゴブリンたちと向き合った。
手が、震えている。
だけど――逃げるわけにはいかない。
四体目のゴブリンが、突進してくる。
俺は、避けて、剣を振る。
今度は、少しだけ力を込めることができた。
「ギャッ!」
ゴブリンが、深い傷を負って倒れる。
だけど、まだ動いている。
(もう一撃……!)
俺は、倒れたゴブリンに向かって、剣を振り下ろした。
今度は、ちゃんと力を込めることができた。
「ギャア……」
ゴブリンが、動かなくなった。
「最後の一体だ、ライト!」
シエラさんの声が、響く。
俺は、最後のゴブリンを見た。
それは、怯えたように後退しようとしている。
(逃がさない……!)
俺は、ゴブリンに向かって走った。
ゴブリンが、棍棒を振り上げる。
だけど、その動きは遅い。
俺は、それを避けて、剣を振り下ろした。
今度は、しっかりと力を込めることができた。
「ギャア!」
最後のゴブリンが、倒れた。
「……終わった」
俺は、剣を下ろした。
全身が汗でびっしょりだった。
そして、手が激しく震えていた。
「よくやった、ライト」
シエラさんが、俺の肩を叩いた。
「四体はお前が倒した。まあ、一体は俺が手を出したがな」
「で、でも……」
俺は、自分の手を見つめた。
「俺の剣、全然力が入ってませんでした」
「ああ、そうだな」
シエラさんは、正直に認めた。
「お前の剣には、躊躇があった」
「……」
「だが、それでもお前は戦った」
シエラさんは、優しく言った。
「躊躇しながらも、剣を振り続けた。それが、お前の覚悟だ」
「覚悟……」
「ああ。お前は、逃げなかった」
シエラさんは、俺を見つめた。
「ゴブリンは弱い魔物だ。だから、お前の弱い剣でも倒せた」
「……」
「だが、それでいいんだ」
シエラさんは、続けた。
「最初から完璧に戦える奴なんていねえ。少しずつ、慣れていけばいい」
「はい……」
俺は、力なく頷いた。
「今日、お前は人型魔物と戦った。最初から殺意を持って振れる奴より、傷つける痛みを分かっていて、それでも振ろうとする奴の方が、俺は勇者らしいと思うぜ」
シエラさんは、俺の肩を強く叩いた。
「躊躇しながらも、剣を振った。それが、お前の第二歩だ」
「第二歩……」
「ああ。次は、もっと上手くいくかもしれねえ」
シエラさんは、笑った。
「焦るな。一歩ずつだ」
「はい……」
俺は、シエラさんの言葉に少しだけ救われた。
確かに、俺は戦った。
躊躇しながらも、剣を振った。
ゴブリンが弱かったから倒せただけかもしれない。
だけど――それでも、俺は戦ったんだ。
「帰るぞ、ライト」
「はい」
俺は、シエラさんの後を追って、村へと戻った。
心の中には、まだ大きな不安が残っていた。
だけど、同時に小さな希望も芽生えていた。
躊躇しながらも、俺は戦えた。
次は、もっと上手く戦えるかもしれない。
そう信じて、俺は歩き続けた。




