第十二話:魔獣討伐の特訓開始
街を出て、二時間ほど歩いた頃。俺たちは、依頼書に記された森の入り口に到着した。
「ここだな」
シエラさんが、立ち止まって周囲を見渡した。
「この森の奥に、スモール・ボアが出没するらしい」
「はい……」
俺は、森の中を見つめた。木々が鬱蒼と茂り、奥は薄暗い。どこか不気味な雰囲気が漂っている。
「緊張してるな」
シエラさんが、俺の肩を叩いた。
「当たり前です。初めての実戦ですから。相手は、訓練用の木剣じゃなくて、本物の魔獣だ」
「そうだな。だが、焦るな」
シエラさんは、真剣な目で俺を見た。
「まずは、俺がやり方を見せる」
「シエラさんが……?」
「ああ。実戦の立ち回りを、目で覚えろ。座学や訓練だけじゃ、魔獣の動きは掴めねえからな」
シエラさんは、剣を抜いた。
「スモール・ボアは、突進攻撃が主体だ。だが、その動きにはパターンがある」
「パターン……ですか?」
「ああ。それを見極めて、避けて、反撃する。その一連の流れを、まずは俺が見せる」
シエラさんは、森の中へと歩き出した。
「ついてこい。静かにな。魔獣は聴覚が鋭い」「はい」
俺は、シエラさんの後を追った。足音を立てないように、慎重に歩く。森の中は静まり返っていた。
「……いるな」
シエラさんが、小声で言った。
「どこですか?」
「前方、二十メートルほど先だ」
シエラさんが指差す方向を見ると、確かに木々の間に、猪のような影が動いているのが見えた。
「あれが……スモール・ボアですか?」
「ああ。三頭いる」
シエラさんは、静かに剣を構えた。
「見ててくれ。一瞬で終わる」
次の瞬間、シエラさんが動いた。信じられないほどの速さで、スモール・ボアに接近する。
「グルル……!」
スモール・ボアが、シエラさんに気づいて唸り声を上げた。そして、猛烈な速さで突進してくる。
だけど――シエラさんは、紙一重でそれを避けた。訓練で俺が散々見せられてきた、無駄のない動きだ。そして、避けた瞬間に、スモール・ボアの脇腹に剣を振り下ろした。
「ギャア!」
スモール・ボアが、悲鳴を上げて倒れる。一撃だった。
「次!」
シエラさんは、すぐに次のスモール・ボアに向かった。二頭目も、同じように突進してくる。だけど、シエラさんは冷静に避けて、反撃する。再び、一撃で仕留める。
「最後の一頭!」
三頭目のスモール・ボアが、仲間が倒れたのを見て怯えたように後退しようとする。だけど、シエラさんは逃がさなかった。一瞬で距離を詰めて、剣を振り下ろす。三頭目も、あっという間に倒れた。
「……終わりだ」
シエラさんは、剣を納めた。
「すごい……」
俺は、呆然としてその光景を見つめていた。三頭のスモール・ボアを、わずか数十秒で仕留めた。圧倒的な強さだった。
「見ててわかったか?」
シエラさんが、俺の方を向いた。
「は、はい……」
「スモール・ボアの突進は、直線的だ。だから、横に避ければいい」
シエラさんは、説明を始めた。
「そして、避けた瞬間が最大のチャンスだ。脇腹が無防備になる」
「脇腹……」
「ああ。毛皮が薄くて急所だ。そこを狙えば、一撃で仕留められる。お前の光属性なら確実だ。わかったか?」
「はい」
「じゃあ、次はお前の番だ」
シエラさんは、俺の肩を叩いた。
「え……?」
「もう一度、森の奥に進む。そこで、お前が実際に戦う」
「俺が……」
「ああ。俺は基本的に、防御と誘導に徹する」
シエラさんは、真剣な目で俺を見た。
「お前が攻撃に集中できるように、俺が魔獣をコントロールする。それが俺の役目だ。お前はただ、俺が作ったチャンスを逃さず、剣を振ればいい」
「わ、わかりました……」
俺は、深呼吸をして、気持ちを整えた。いよいよ、本番だ。
「行くぞ」
「はい!」
俺たちは、再び森の奥へと進んだ。しばらく歩くと、また新たなスモール・ボアの群れが見えてきた。
「今度は、四頭だな」
シエラさんが、小声で言った。
「四頭……」
「大丈夫だ。俺が誘導してやる」
シエラさんは、俺の前に立った。
「お前は、俺の合図で攻撃しろ。タイミングを逃すな」
「はい」
俺は、剣を抜いた。手が、少し震えている。
(落ち着け……シエラさんがいる。大丈夫だ)
「いくぞ」
シエラさんが、スモール・ボアに向かって石を投げた。
「グルル!」
スモール・ボアたちが、一斉にこちらを向いた。そして、猛烈な速さで突進してくる。
「ライト、右から来る一頭を狙え!」
「はあああ!」
俺は、右側を見た。突進してくるスモール・ボアの動きを思い出し、横に避ける。そして、避けた瞬間に、剣に光属性の魔法を纏わせて、脇腹に振り下ろした。
「ギャア!」
スモール・ボアが、悲鳴を上げて倒れた。
「やった……!」
俺は、自分の手を見つめた。倒せた。初めて、魔獣を倒せた。木剣とは違う、肉を断つぬるりとした重みが腕に伝わる。――俺は今、本物の命を奪ったんだ。
「いいぞ、ライト!その調子だ!」
シエラさんの声が聞こえた。見ると、シエラさんは残りの三頭を、見事に誘導している。攻撃はしない。ただ、俺が戦いやすいように、スモール・ボアの動きをコントロールしているだけだ。
「次、左から来るぞ!」
「はい!」
俺は、再び構えた。今度は、さっきよりも落ち着いて対応できた。避けて、反撃。光を纏った剣が、再びスモール・ボアを斬り伏せる。
「ギャア!」
二頭目も、倒れた。
「いいぞ!残り二頭だ!躊躇するな、やれるぞ!」
シエラさんが、励ましてくれる。俺は、剣を構え直した。手の震えは、もうない。集中している。シエラさんがいてくれるから、安心して戦える。
「三頭目、正面から来る!」
「はい!」
俺は、正面から突進してくるスモール・ボアを見据えた。避けるタイミングを計り――今だ!横に避けて、剣を振り下ろす。
「ギャア!」
三頭目も、倒れた。
「最後の一頭!」
シエラさんが、最後のスモール・ボアを俺の方に誘導してくれた。俺は、深呼吸をして、構えた。最後の一頭が、俺に向かって突進してくる。避けて――
「せいや!」
全力で、光を纏った剣を振り下ろした。スモール・ボアを一刀両断する。
「ギャア!」
最後の一頭も、倒れた。
「……終わった」
俺は、剣を下ろした。全身が汗でびっしょりだったが、大きな充実感があった。
「よくやった、ライト」
シエラさんが、俺の肩を叩いた。
「ありがとうございます……」
俺は、息を整えながら答えた。
「初めてにしては、上出来だ。お前の剣は、実戦でも通用する。それが証明できた」「はい……」
「だが、まだまだ甘い」
シエラさんは厳しい口調で続けた。
「避けるタイミングが遅い。もっと早く動けば、余裕を持って反撃できる。それに、光属性の魔法も、まだ安定してねえ。戦闘中、何度か光が消えかけてた」
「……すみません」
「謝るな。これから直していけばいい」
シエラさんは優しく笑った。
「今日は、よくやった。初めての実戦で、四頭も倒せたんだ。お前の剣には、もう『迷い』がなかったぞ」
俺は、その言葉にハッとした。確かに、魔獣相手だと、女性を傷つけるというトラウマはほとんど顔を出さなかった。シエラさんの配慮が、功を奏したのだ。
「さて、依頼の目標数まで、あと何頭だ?」
シエラさんが、依頼書を確認した。
「あと三頭ですね」
「よし、じゃあもう少し森の奥に進むぞ」
「はい!」
俺は、力強く返事をした。初めての実戦は、成功だった。シエラさんの完璧なサポートがあったからこそだ。この人となら、俺は確実に成長できる。
そう確信して、俺は再び森の奥へと歩き出した。




