第十一話:ヴァルセリアのギルド
ギルドの中は、想像以上に活気に満ちていた。受付カウンターでは冒険者たちが忙しく手続きをしており、奥の酒場スペースでは食事をしながら談笑する声が響き、熱気が充満している。
「ライトさん、こちらに必要事項を記入してください」
リサさんが、笑顔で書類を渡してきた。
「はい……」
俺は書類を受け取り、リサさんの顔をできるだけ見ないようにしながら、ペンを握った。
「出身地は……どこにすればいいんですか?」
俺は、隣に立っていたシエラさんに小声で尋ねた。
「王都でいいだろ。召喚されたのはそこだからな」
「わかりました」
俺は、書類に「王都」と書き込んだ。
「記入できました」
「ありがとうございます。では、こちらで確認しますね」
リサさんが、書類を受け取った。俺はその間、視線をカウンターに落としていた。
「えっと……ライトさんは、勇者として召喚された方なんですね」
リサさんの声が、少し驚いたように聞こえた。
「はい……」
「それなら、冒険者証に勇者の証が刻まれます。勇者には、ランクの制限がありません。どのランクの依頼でも受けることができますよ」
「ランクの制限が……ないんですか?」
「はい。勇者は、この世界を救うために召喚された特別な存在ですから」
リサさんは優しく笑った。
「ただし、無理は禁物ですよ。実力に見合わない依頼を受けて、命を落とす勇者もいますから」
「……気をつけます」
俺は、その言葉に少し緊張した。
「それから、シエラさんと一緒に行動されるんですよね?」
「はい」
「それなら、パーティ登録をしておきましょうか」
リサさんが別の書類を取り出した。
「シエラさん、よろしいですか?」
「ああ、構わねえ」
シエラさんが頷いた。
「じゃあ、こちらに記入してください」
リサさんが書類をシエラさんに渡すと、シエラさんは慣れた様子でさっさと記入を終えた。
「はい、できた」
「ありがとうございます。それでは、これでライトさんとシエラさんのパーティ登録が完了しました」
リサさんは、俺たちに冒険者証を渡してきた。
「こちらが、ライトさんの冒険者証です」
俺は、それを受け取った。カード型のそれには、俺の名前と、「勇者」の文字が刻まれている。「勇者」の文字を見て複雑な感情が湧く。ランクの表示はなかった。
「これで、正式に冒険者として活動できますよ。頑張ってくださいね」
「はい……」
俺は、できるだけ平静を保ちながら答えた。
「さて、ライト。次は依頼を受けるぞ」
シエラさんが、俺の肩を叩いた。
「依頼……ですか?」
「ああ。お前の実戦訓練として、簡単な討伐依頼を受ける」
シエラさんは、依頼の掲示板の方を指差した。
「あそこに、依頼が貼ってある。見に行くぞ」
「はい」
俺は、シエラさんの後を追って掲示板の前に立った。
掲示板には、魔物討伐、護衛、採取など、様々な依頼が貼られている。
「これなんかどうだ」
シエラさんが、ある依頼を指差した。
「Eランク。魔獣討伐。スモール・ボアの群れが、人里離れた森に出没している。全部で十頭ほど。依頼主は、近くの村の村長。報酬は銀貨五枚」
「スモール・ボア……」
「ああ。猪のような魔獣だ。体高は一メートルほどで、動きは素早い。牙と突進が武器で、一撃で人を吹き飛ばす力がある。単体なら危険度は低いが、群れると厄介な相手だ」
シエラさんは、俺を見た。
俺は少し緊張した。群れか。複数相手の戦いは、訓練場でもあまり経験がない。
「……」
「だが、お前の最初の相手としては、ちょうどいい」
シエラさんは続けた。
「人間大じゃないから、お前のトラウマも出にくいだろう。それに、人里から離れた場所だから、他の人間に会う心配もねえ」
そして、シエラさんは俺を真剣に見据えた。
「いいか、ライト。お前は勇者だから、制度上はどのランクの依頼も受けられる。だが、制度は特別扱いだが、実戦は別だ。だからEランクから始める。それがお前の実力に見合った、最初のステップだ」
「わかりました」
俺は、シエラさんのプロ意識に改めて感銘を受けた。力に溺れず、地に足をつけて訓練を進める。それがシエラさんのやり方だ。
「だが、逃げてばかりじゃ成長しねえ。一歩ずつ、慣れていけ」
シエラさんは厳しい口調で言った。
「俺が完璧に守る。どんな危険も、俺が引き受ける。だから、安心して剣を振ってくれ」
「……はい!」
俺は、覚悟を決めて頷いた。
「よし、じゃあこの依頼を受ける」
シエラさんは、依頼書を掲示板から外した。
「受付に持っていくぞ」
「はい」
俺たちは、再び受付カウンターに戻った。
「リサさん、この依頼を受けたい」
シエラさんが、依頼書を差し出した。
「はい、確認しますね……スモール・ボアの討伐ですね。推奨ランクはEランクですが……初めての依頼としては、ちょうどいいと思います。ライトさんは勇者ですから問題ありませんし」
リサさんは少し心配そうな表情を見せた。
「大丈夫だ。俺がついてる。それに、Eランクが妥当だと判断した」
シエラさんが、自信を持って答えた。
「シエラさんが一緒なら、安心ですね」
リサさんは安堵の表情を見せた。
「それでは、受理します。期限は一週間です。スモール・ボアは、突進攻撃が危険ですから、特に群れには気をつけてくださいね」
「ああ、ありがとう」
シエラさんは軽く手を振った。
「じゃあ、行くぞライト」
「はい!」
俺たちはギルドを出た。
外に出ると、街の賑わいがまた聞こえてきた。
「さて、依頼の場所は、ここから北に二時間ほど歩いた森だ」
シエラさんが、地図を確認しながら言った。
「それと、ライト」
「はい」
「街を出るまで、もう少しだけ我慢しろ」
シエラさんは、俺の肩を軽く叩いた。
「街の中は人が多い。だが、森に着けば、また俺とお前だけだ。もうちょっとの辛抱だ」
「はい……ありがとうございます」
俺は、シエラさんの優しさに感謝した。
街を歩きながら、俺はできるだけ女性を避けて、シエラさんの背中だけを見つめていた。時々、女性とすれ違う時は、反射的に体が硬くなる。だけど、シエラさんの手の温かさや、背中の大きさが、俺の心を支えてくれた。
「もうすぐ、街の出口だ」
シエラさんが、前方を指差した。門が見える。
「ようやく……」
俺は安堵のため息をついた。
「さて、ここからが本番だ」
シエラさんは、門をくぐりながら言った。
「お前の実戦訓練が始まるぞ」
「はい!」俺は、力強く返事をした。
初めての実戦。不安もある。だけど、自分の成長を確かめたいという気持ちが強かった。シエラさんと共に、俺は森へと向かった。シエラさんがいてくれる限り、俺は前に進める。そう信じて、俺は歩き続けた。




