第百九話:究極の防御連携《永護》
「……いけます。僕の頭は、まだ、止まってなんかいません」
血に染まったアルトが、震える足で立ち上がる。その瞳には、かつてないほど濃密な蒼い閃光――演算魔法の極致が宿っていた。
ライトの白銀の剣が作り出した、わずか数ミリの隙間。クロノスの《時間遡行》が一時的な拒絶反応を起こしているその「記述の空白」に、アルトは全てを賭けようとしていた。
「シエラさん……僕の無限魔力を、ステファニーさんの《生護》に直結させます。二重連結を、全開で」
「……理屈は通ってる。だが代償が重すぎる。精神と魔力の同期がわずかでも崩れれば、お前の人格ごと焼き切れるぞ」
シエラの言葉は、かつての訓練よりも遥かに厳しい現実を突きつけた。だが、今のアルトは自分が壊れる未来さえ、計算結果として受け入れていた。
「やるしか、ないんです。僕が、僕の魔力が続く限り支えれば、みんなは……!」
「アルトさん」
悲痛な決意で叫ぼうとしたアルトの肩を、温かい手が包み込んだ。
ステファニーだった。彼女の指先は微かに震えている。
「……正直、怖いです。でも――一人で急がないでください。私と一緒に、作りましょう?」
その言葉に、アルトの呼吸がわずかに落ち着く。二人の手が重なり、光の奔流が二人を繋いだ。アルトから溢れる膨大な魔力が、かつてない純度でステファニーへと流れ込む。
「これ……! 供給と消費が、完全に釣り合っています……。アルトさん、大丈夫。今の貴方の波形、私にはとっても優しく聴こえます」
「ステファニーさん……。お願いします、世界から……僕たちを隔離してください!」
ステファニーが杖を高く掲げ、祈りを捧げる。
「不変、不滅、不動の城塞となれ。この一秒を――《永護》ッ!!」
次の瞬間、淡い黄金のドームが四人を包み込んだ。外界の時間軸から完全に切り離された「隔離空間」。
『……座標の絶対固定による、事象の拒絶か』
クロノスの声に、わずかな歪みが混じった。漆黒の大鎌を振り下ろす。あらゆる物質を遡行させ、消滅させる神の刃。
だが――キィィィィィィィンッ!!
神の鎌が、神ならざる理に弾かれた、あまりに硬質な音が響く。
『……時間遡行が、機能しない。理解不能な拒絶だと……!?』
「そうです。隔離されたこの空間を、あなたに遡行させることはできない……!」
アルトが叫び、再び次の一手を絞り出そうと脳を酷使し始めた。「……まだ、計算が枝分かれして――」と血の気の引いた顔で呟く。その思考の暴走を、ステファニーの腕が優しく止めた。
「アルトさん……」
耳元で、聖母のような声が響く。
「私の盾の中で、少し休みませんか?」
その一言で、アルトの張り詰めていた緊張が、ぷつりと切れた。
ドームの中には、嘘のような静寂が満ちていた。外ではクロノスが時間を加速させ、猛然と鎌を叩きつけているが、ドームは揺らぎすらしない。
「……あ……」
アルトは初めて、自分の肩が激しく震えていたことに気づいた。ライトは歯を食いしばり、白銀の剣を強く握り直してアルトを見つめている。レイナもまた、杖を握る拳に力を込め、何も言わずに力強く頷いた。
「……すみません。僕、また……一人でやろうとしてました」
「いいんです。ここは、アルトさんの『帰る場所』でもあるんですから」
ステファニーの言葉に、シエラもまた、剣を収めはしないものの、不敵に笑った。
「アルト。お前がここで休んでる間に、俺たちが外の時間の化け物をどう壊すか、ゆっくり考えてやるよ。お前の演算があれば、不可能じゃねえんだろ?」
アルトの瞳に、ようやく「知性」と「落ち着き」が戻る。
「……ありがとうございます。皆さん。少しだけ……時間をください。この《永護》という完璧な隔離空間の中で、あいつを解体する『一秒』を組み立てます」
黄金のドームの中で、絶望は消え、静かなる闘志が灯る。
この瞬間、誰一人欠けることなく、勇者パーティは真に一つになった。




