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第四章: 境界の守護者と四つの異能『選ばれし者たちは、まだ互いを知らない』  作者: ぃぃぃぃぃぃ


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第百六話:クロノス戦闘開始──トラウマの再燃

 結束を深めた勇者パーティの前に、クロノスが真の力を振るう。

 四人の魔力が共鳴し、アルトを中心に新たな絆の力が渦巻いた――その直後だった。

『興味深い現象を観測。個体間の魔力共鳴を確認。……だが、防壁未形成の未成熟な共鳴は、精神的脆弱性をもまた共有させる』

 クロノスの冷徹な声が、その絆の「隙」を無機質に分析する。

 漆黒の甲冑に身を包んだその姿が、ゆっくりとこちらを向いた。銀色の仮面の奥から放たれるのは、温度も慈悲も欠落した、凍てつくような観測の視線だ。

 

「……っ」

 ライトの体が、石像のように硬直する。

 人型。明確な人間の形。二本の腕、二本の脚。それはネクロアのような「記号としての魔物」ではなかった。呼吸の音が聞こえず、瞬き一つしないその輪郭は、剣を振る理由を与えてくれない形をしていた。

(ネクロアは……骸骨だった。だから俺は、迷いなく剣を振るえた。だけど――)

 クロノスの仮面の奥にある「意志」を感じた瞬間、ライトの脳裏に前世の記憶がナイフのように突き刺さる。

 放課後の剣道場。湿った木の匂い。――グシャッ。

 自分の放った全力の一撃が、親友の防御を突き破った時の、耳にこびりついて離れない悲鳴。

「ライト?」

 アルトの声が聞こえる。だが、それは水底から聞こえてくるように遠く、霞んでいた。

『個体「ライト」。心的外傷反応を確認。脆弱性――算定完了。結束の最弱環を特定』

 クロノスが、獲物を品定めするように一歩踏み出した。足音は響かず、影すら地面に落ちていない。

「時間遡行者の隣で、過去の傷を引きずる者がいるとは。……お前は人を傷つけることを死よりも恐れているな。透けて見えるぞ。かつて、その手で同族を壊した記憶が」

 その言葉に、ライトの心臓が激しく跳ねた。見抜かれているかのような錯覚。因果の番人にはすべてが視えているのか。

「ライト! しっかりしろ!」

 シエラが、因果を固定するために黒い剣を構え直す。

「あれは人の形を借りた計算式だ! 惑わされるんじゃねえ!」

 わかっている。これは魔族だ。だが、その輪郭が「人」であるという一点が、ライトの神経を麻痺させる。

『排除優先度を更新。最も容易に崩落する地点から断つ。個体「ライト」――消去開始』

「ライト、下がってください!!」

 アルトが叫ぶと同時に、クロノスの姿が空間から消えた。物理的な速度ではない。クロノスの周囲だけが時間を飛び越え、未来へと直接接続されている。

「っ……!」

 ライトの視界に、漆黒の大鎌が迫る。死の刃が首筋に触れようとした、その時――。

「――《エピタフ》!」

 アルトの瞳が淡い蒼光を放つ。数秒先の未来視。

 ライトの首が飛び、噴き出した血が自分たちの顔にかかる映像が視えた瞬間、思考より先に魔力が暴走しかけた。

「させない……っ! 《デセレーション》!!」

 アルトが掌を突き出すと、ライトを中心とした空間が、粘つく泥のように極度に時間収縮した。

 

「シエラさん!」

「言われなくてもッ!!」

 シエラの黒い剣が割り込み、大鎌を真正面から受け止めた。

 キィィィィィン!!

 金属音が響き、シエラが全力で刃を押し返す。

 クロノスは一度後退し、再びライトを見据える。その冷徹な眼差しは、ライトがもはや機能不全に陥っていることを確信していた。

「……ライトさん」

 アルトがライトの背中にそっと手を置く。そして、精神層へ作用させる低位癒し魔法を放った。

「――《心の微光ヒーリング・グリーム》」

 (……っ!? なんだ、このドス黒い、冷たい奔流は……!)

 感情層に直接触れたアルトの脳内に反映されたのは、ライトの魂を縛り上げる、数千もの鎖のような罪悪感だった。理由は分からずとも、ライトは今、眼前の敵ではなく、自分自身が引き起こした「過去の影」と戦っているのだと、アルトは悟った。

「……ライトさん。僕には理由は分かりません。でも、あなたが今、自分自身を壊しそうなほど苦しんでいることだけは、分かります」

 アルトは、震えるライトの前に、敢えて小さな背中を晒して立った。最適解ではない。だが、今必要なのは計算上の正解ではなかった。

「僕が言いました。もう一人で背負わないと。……それは、あなたも同じです。あなたが戦えないなら、僕が盾になります。……あなたが自分を許せるまで、僕が時間を稼ぎます」

「……アルト、さん……」

「だから、無理に戦わなくていい。今は、僕の後ろにいてください」

「私も守るわよ、このバカ!」

 レイナが、苛立ちを隠せない声を張り上げながら杖を構える。

「アンタの分まで、私が全部焼き尽くしてあげるから! 突っ立ってなさい!」

「ライトさん、大丈夫ですよ。……私が、支えますから」

 ステファニーもまた、必死に震える手を抑え、祈りの光をライトに注ぐ。

 三人の言葉が、ライトの心を温める。だが、それは今、守られる痛みすら耐え難いほどの自己嫌悪となって彼を締め付けた。

 (俺は……また、守られるだけなのか? 絆を結んだのに……俺が振れない剣のせいで、仲間を危険に晒すのか?)

 クロノスはその変化を見逃さなかった。

『結束の構造解析完了。防衛対象を囲む「壁」を、同時に破砕する』

 クロノスの姿が三つに分かれたように見えた。分身ではない。同時に存在する「未来の残像」が、すべて現実として確定し、同時に襲いかかる多重未来攻撃。

 

「……来る! 《エピタフ》!!」

 アルトが見た未来は、最悪だった。

 自分、レイナ、ステファニー。三人の胴が、同時に両断される景色。

「《デセレーション》、最大展開ッ!!」

 アルトの魔力が火花を散らす。だが、クロノスはそれを嘲笑うかのように加速係数を跳ね上げた。

「させるかァァァッ!!」

シエラが一つ目の鎌を強引に固定する。だが、彼女が干渉できる時間軸は一度に一つのみ。残りの二つの残像――レイナとステファニーに迫る刃を止める術がない。

「っ……ああ、ああぁぁ!」

 死の大鎌が仲間の首筋に触れようとする。

 ライトの視界の中で、現実と過去が完全に融解した。

 レイナの驚愕に震える瞳。ステファニーの恐怖に歪んだ顔。それが、あの日、自分のせいで苦痛に顔を歪めた親友の姿と重なり――。

 ――また、同じ結末(絶望)を繰り返すのか?

 その問いが脳裏をよぎった瞬間、恐怖は消えた。

 自分自身への猛烈な怒りと、因果を拒絶する衝動が、身体の芯から爆発する。

「――ああああああああああああああああああああッ!!!」

 ライトの絶叫が、空間の静止を強引に打ち破った。

 その体から、静かな、しかし全てを焼き尽くすような熱を孕んだ「白銀の魔力」が噴出する。

 それは恐怖を燃料に変え、過去の呪縛を断ち切った、真の覚醒の光だった。

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