第十話:ヴァルセリアへの到達
山間部での訓練が始まって、二週間が経った。
この二週間で、俺の剣は確実に“使えるもの”に変わった。不安定な地形での戦闘に慣れ、光属性の魔法を剣に纏わせることも、呼吸をするように自然にできるようになった。型に縛られない、実戦で使える剣術。シエラさんの厳しい指導は、間違いなく俺を一つ上の段階へと押し上げてくれた。
「よし、ライト。今日の訓練はここまでだ」
シエラさんが、木剣を下ろした。
「お疲れ様でした」
俺も剣を下ろして、深く息を吐き出した。全身が汗でびっしょりだったが、心地よい疲労感に包まれていた。
「お前、だいぶ動けるようになったな。最初の頃とは別人だ」
シエラさんは満足そうに頷いた。
「基礎訓練は、これで十分だ。最低限の基礎は叩き込んだ」
「本当ですか?」
「ああ。お前の剣は、最低限、実戦で通用するレベルになった。あとは、実際に魔物と戦って、経験を積むだけだ」
シエラさんは、俺の肩を叩いた。
「魔物と……」
その言葉に、俺は一瞬、全身に緊張が走った。これまでの相手は、圧倒的な実力を持つシエラさんだったが、実際の魔物は違う。躊躇なく殺意を向けられるだろうか。剣を振るった瞬間、あの感覚が蘇らないか。
「安心しろ。最初は弱い魔物からだ」
シエラさんは、俺の不安を見抜いたように言った。
「それに、俺がついてる。お前が危なくなったら、すぐに助ける。俺はお前を守ることに特化してる、忘れたか?」
「はい……ありがとうございます」
俺は、シエラさんの言葉に深く安堵し、勇気をもらった。
「さて、荷物をまとめるぞ」
シエラさんは、キャンプの方を向いた。
「この山間部を出て、最初の街に向かう」
「最初の街……ですか?」
「ああ。ヴァルセリアって街だ」
シエラさんは、地図を取り出して、俺に見せた。
「ここから、南に半日ほど歩いたところにある。比較的安全な、商業が盛んな街だ」
「ヴァルセリア……」
「そこで、ギルドに立ち寄る」
シエラさんは地図をしまった。
「簡単な討伐依頼を受けて、お前の実戦訓練を始める。いよいよ、本物の旅の始まりだ」
「わかりました!」
俺は、力強く頷いた。ついに、実戦が始まる。不安よりも、期待の方が大きかった。
俺たちは、キャンプを片付けて山間部を出発した。二週間過ごした場所を後にするのは少し寂しかったが、俺はシエラさんの後を追って歩き出した。
山道を下り、平原に出る。久しぶりに見る開けた景色に、俺は少しだけ心が軽くなった。
「シエラさん、ヴァルセリアって、どんな街なんですか?」
「そうだな……商業が盛んな街だ。そして、冒険者も多い」
「冒険者が多い……」
「ああ。ギルドも大きくて、依頼も豊富だ。お前にとっては、初めての冒険者の街になるな」
俺は、少し緊張した。冒険者が多いということは、それだけ人も多いということだ。そして、その中には当然、女性もいるだろう。
(……大丈夫だろうか)
王宮を出てから、ずっとシエラさんと二人きりだった。だから、すっかり忘れていた。俺のトラウマを。
「ライト」
シエラさんが、不意に声をかけてきた。
「はい」
「お前、不安そうな顔してるな。どうかしたか?」
「……はい。久しぶりに、街に行くので」
俺は、正直に答えた。
「女性が多い場所に行くのが、少し怖いです。また、体が硬直して、迷惑をかけるんじゃないかと」
「そうか」
シエラさんは、立ち止まって、俺の方を向いた。
「だが、いつかは慣れなきゃならねえ。魔王討伐の旅は、色々な場所を通るんだ。女性と接する機会も増えるだろう」
「……はい」
「それに、俺がついてる」
シエラさんは、俺の肩に手を置いた。
「お前が怖くなったら、すぐに俺のところに来い。物理的にも精神的にも、俺がお前を守ってやる。お前がトラウマを克服するためのステップだと思って、焦らずゆっくり進めばいい」
「ありがとうございます……」
その言葉に、俺の不安は少しだけ和らいだ。
俺たちは、再び歩き出した。数時間歩き続けて、ついに街が見えてきた。
「あれが、ヴァルセリアだ」
シエラさんが、前方を指差した。
城壁に囲まれた、立派な街が見える。王都ほど大きくはないが、十分に栄えている様子が伺えた。
「結構、大きな街ですね」
「ああ。ここは交易の要所だからな。様々な商人が集まり、物資が行き交う。冒険者にとっても、重要な拠点だ」
「さて、着いたぞ」
シエラさんが、街の門の前で立ち止まった。
「ここから先は、気を引き締めろ。街の中は、色々な人がいる」
「はい」
俺は、深呼吸をして、気持ちを整えた。
門をくぐり、街の中に入る。すぐに、人々の賑わいが聞こえてきた。商人の声、冒険者の談笑、子供たちの声。そして――女性たちの笑い声。反射的に、体が硬くなる。
「ライト」
シエラさんが、俺の肩に手を置いた。
「大丈夫だ。俺がいる」
「はい……」
「ゆっくりでいい。慣れていけ」
シエラさんは、優しく言った。俺は、頷いて、シエラさんの背中だけを見つめて歩いた。
「さて、まずはギルドに行くぞ」
シエラさんが、ある建物の前で立ち止まった。
「ここが、ヴァルセリアの冒険者ギルドだ」俺は、建物を見上げた。
「行くぞ」
「はい」
シエラさんと共に、俺はギルドの扉を開けた。
中は、想像以上に広かった。受付カウンターがあり、依頼の掲示板がある。多くの冒険者たちが、酒を飲んだり、依頼を確認したりしていた。
「シエラさん!」
不意に、受付カウンターの奥から、女性の声が上がった。俺は、反射的に後ろに下がりそうになったが、シエラさんが俺の肩を軽く叩いた。「落ち着け」小さな声で、そう言われる。
「ああ、久しぶりだな、リサ」
シエラさんは、受付の女性に軽く手を上げた。
「今日は、こいつの登録に来た」
「え?新人さんですか?」
受付の女性(リサさん、というらしい)が、俺の方を見た。
「はい……ライトです」
俺は、一瞬だけ視線が泳ぐ。できるだけ冷静に、震えないように答えた。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ!シエラさんのお連れなら、大歓迎ですよ!私は受付のリサです」
リサさんは、笑顔で答えた。俺は、その笑顔に少しだけ緊張したが、なんとか平静を保った。
(大丈夫だ……シエラさんがいる。俺の背中には、シエラさんがいる)
そう自分に言い聞かせて、俺は受付に近づいた。
これから、俺の冒険者としての第一歩が始まる。不安もある。だけど、シエラさんがいてくれる限り、俺は前に進める。そう信じて、俺はギルドの登録手続きを始めた。シエラさんは俺の隣で、優しく見守っていてくれた。




