05 ヒーローとは
ヒーローは、所属ギルドから仕事を割り振られる雇われ傭兵みたいな体制をとっている。
ギルドから仕事の電話が掛かってきたら現場へ直行して任務を遂行をする形だ。事案が発生すれば如何なる時であろうとも強制的に呼び出されるが、それ以外は今まで通りの生活が送れたりする。
リリーと並んで通学路を歩きながらスマホを見ると、もう午前10時だった。
「ヒーローギルドの印象って僕の想像と全然違ったよ。なんかみんな真剣に麻雀してたし」
「うーん。あそこはギルドランキングで万年最下位だから、まあ仕方がないんじゃない」
「え──……。そんな出来損ないの集まりに入れられちゃったのかぁ」
「言い方。あのね、じゃあゲイボルグみたいなエリート集団の中に入って、やっていけると思う?」
「……いえ」
確かに、うっかり忘れそうになるけど僕は──というかリリーは戦闘スキルを持っていない。そんな状態で武闘派の上位ギルドに放り込まれたらと思うとゾッとする。
でも、だからって僕はずっとここでウダウダしてないといけないのだろうか。
「ギルドって、移籍があったりするんだよね?」
「なに? もう上を見てるの? やる気あるじゃーん」
リリーが僕の頭をガシガシやった。
有名ギルド同士でトレードがあったり単独移籍したりするニュースは普通にテレビでやっている。つまり、優秀なヒーローは上位ギルドへ上がる手段がちゃんと与えられているんだ!
「いやっ! 離してください! やめてっ」
なんか、遠くのほうから女子の悲鳴が聞こえた気が。
どこからだろう? いま僕らが歩いている歩道から辺りを見回しても、そんな声をあげたっぽい女子の姿は見当たらないが……
「ねえねえ、やる気に溢れてる君に朗報だよ! さっそくお仕事はっせーい」
無邪気な声で僕の肩を揺さぶりながらリリーが指差す方向は、ビルとビルの間の路地。
覗き見ると、一人の女子高生がガタイの良さそうな男三人から無理やり腕を掴まれ、今にも胸やお尻を触られてしまいそうな絡まれ方をしている。
女の子は必死に抵抗しているが、イラついた様子の男たちから乱暴に壁へ押しつけられてしまった。
「超ベタベタでスタンダードな婦女暴行事件発生だね。ほら、助けないと」
「無理だよ。だって僕、戦闘スキル無いんだよ? なのにあんなゴツそうな男三人だなんて」
「あはは。君はさ、ちょっと考え方を変えないといけないんだ。もう『ヒーロー』なんだよ。ヒーローに選ばれる前提条件は、なんだった?」
「……正義感」
「あったりー。じゃあ、この状況であの女の子を見捨てるのは、君の正義感に合致するのかな」
軽い声色でいきなり厳しいことを言う。
「でも、助けることができる力を持ってないんだもん。君のはリアルAVに人を巻き込む能力でしょ? それであいつら全員魅了してくれたらなんとかなるかもだけど。それってできるの?」
「君が『強い思い』を抱いてTP値をガン上げしてくれれば大丈夫だと思うよ」
「それやってみたけど、全然上がらなかったじゃない」
「そこはあたしも分かんないけどさ。お父さんに『誘惑』かけた時には上がってたよ? 君にも必ずできるんだ。言っとくけど所属ギルドの所管犯罪を現認したのに逃げたらヒーローの資格は剥奪されるから。登録用紙の裏面に書いてあったでしょ」
「…………え」
そりゃ何条の何かに従って処分される的なことは確かに……
でも、そんな。
僕だって、ヒーローとして戦える力をちゃんと与えられていれば助けに行くよ。
だけど現状は一般人以下。それでどうやってこの状況に対処しろっての?
「勝つために必要な戦略的撤退だと本気で思ってるならいい。でも、本心ではそうじゃないと思ってるなら、思念の番人は見逃さない。超思念は直ちに剥奪され、場合によっては死罪に相当する厳しい処罰が下るよ。ヒーローには絶対的な権限を与えられているけど、そのぶん、無力で善良な一般国民を護るために命を懸けなきゃならないんだ。そりゃそうでしょ? 軽い罪でも、ヒーローの考え方次第で死刑にできちゃうんだから」
逃げた場合のことなんて詳しく知らなかった。
死罪だって……?
確かに、「ヒーローは逃げたらダメ」みたいなことは巷ではよく言われている。
でも、それって「ヒーローだから普通はそうでしょ」的な話であって。
あくまで正義感の話であって。
法に基づいた厳格なルールだなんて思ってなかった。
僕はずっとヒーローに憧れてたからバトルに関することは熱心に調べてたけど、身分や待遇のことなんてろくに知らなかった。
よく考えたら、平常時から全国民は「正義感」をシステムに監視測定され、数値化され、ヒーローになれるかどうかを判定されてるんだ。剥奪され裁かれるかどうかも正義感次第で判定されたとて何ら不思議じゃない。
「君は今、所属ギルドの所管犯罪を現認した。あの男たちは女の子の体に無理やり触って乱暴してるよね? このままじゃもっと酷いことになる。自分には無理だと思うなら、逃げるという行動を起こす前に今すぐヒーローの資格を自ら手放すこともできる。いま手放せば処罰は免れるけど、もう二度と資格を手にすることはできない。今しか決断の時はないよ。どうするかは、君自身が決めないといけない」
リリーの声がどこか遠く聞こえる。
垂れ落ちる額の汗を拭いながら、暴行を受けている女子高生に視線を移す。
偉そうなことを言っているがリリーに戦闘能力はない。
誘惑が発動できたらいいけどTP値なんてどうやって上がるのか皆目見当がつかない。
今も視界の端にはステータス欄が見えてるけど、こんなにもTP値が上がって欲しいと強く願ってるのに数値は依然10のまま。
どうしてお父さんに発動できたのか、全く仕組みがわからないんだ。それなのに、ここでぶっつけで試せって?
武器を持っていないのに圧倒的戦力差のある敵に向かって行くなんて正気の沙汰じゃない。相手は格闘家みたいな体格をした悪そうな男三人組。失敗すればタダでは済まない。
ずっと僕は、あの男たちみたいな悪そうな奴らから虐められてきた。
トイレに入れば上から水をかけられ、何もしていなくてもヘラヘラしながらいきなり頬を殴られ、首輪をつけられて鎖を後ろから引っ張られながら四つん這いでワンと鳴いた。あの女子高生を助けに行けば、そんなのをはるかに超える暴力を受けることになるだろう。
場合によっては死ぬ。不幸にも悪党に絡まれて死んだ事件は、連日ニュースで流されてるんだから……。
「他にもいい男がいっぱいいるからよ。全員試せば気に入る奴は絶対にいるって。おら、いい加減に来いや」
「やめてください。お願い……」
消え入りそうな女子高生の声。
その声を聞いていて、ふと、ヒーローとは助けを切実に願うこういう人の期待を決して裏切らない人間のことを言うのじゃないだろうかと思った。
僕が虐められている時に、助けを切実に願っていた時に、助けに入ってくれた人は一人もいなかったから。
テレビの中のヒーローたちは、いつだって強大な敵に立ち向かう。
もしそれが正義だとするなら──……
「やめろ」
拳を握りしめて、路地の入口に立つ。
マジでどうやって凌ごうかと迷いながら、それでも僕は逃げないことに決めた。




