episode1
それは突然の事だった。
ズキズキと痛む頭を抑え、ルカ・フェンリルは柔らかい布団から身体をゆっくりと起こす。
「思い出した…」
そう思い出したのだー
自分には前世がある。
前世では神尾瑠夏という女性で、アイドルが大好きだった事。
推しのアイドルのライブ帰りに、道に飛び出した猫を助けようとしてトラックに轢かれる、という嘘のような理由で亡くなってしまったこと。
「えぇえ…どうしよう…」
鏡の前に移動して、自分の姿を見る。
窓から差し込む日の光に、キラキラと輝くプラチナカラーの髪。スラッとした手足。長い前髪を上げると、どこか儚げに見える薄氷の青い瞳が現れた。
そう。今の自分はどこからどう見ても超絶イケメン。
誰もが振り返るような美しさ。
そして、前世の自分のストライクドンピシャだ。
「僕、めっちゃイケメンじゃん!?え、この顔を隠してるのとんでもなく勿体なくない!?」
今の自分は、前世で憧れたアイドル達のような…否それを超えてしまうくらいの美形。
それなのに…
このルカ・フェンリルという男は自分の容姿を嫌っており、長い前髪でいつも目元を隠し、その素晴らしいスタイルも猫背で丸まってしまっていた。
(もったいない…もったいなすぎる…)
とにかく、先ずはこの前髪をどうにかしないと。
そう思い立ち、鏡の前で鋏に手を伸ばした時…
「ルカ…!!!?」
勢いよく扉が開き、これまた超絶イケメンが現れた。
「鋏なんかもって何やってるんだ!!頭を打って気でも触れたか!?」
グイッと鋏を持つ腕を引かれ、向かい合う形になる。
「落ち着いてください!前髪を切ろうと思っただけですよ、イヴァン義兄さん。」
漆黒の髪に真紅の瞳、190cm近くあるこのイケメンは僕の義兄、イヴァン・フェンリル。
「前髪?お前は昨日、階段から落ちて頭を打ち今の今まで気を失っていたんだぞ。危ない事はするな。それに、それはメイドに任せる事だ。」
そして、引き寄せられ強く抱きしめられる。
「本当に、心配したんだからな…」
(ひぃえええええ!!!イケメンに抱きしめられてるぅううううう!!!)
「義兄さん!ちか…近いよ!!?離れて!!」
ルカがそう言いながら体を押し返そうとすると、イヴァンはムッとしつつもルカから離れる。
「いつもなら大人しく受け入れてくれるのに…やっぱり頭を打ったせいか?」
「違います!!前から思ってたんだ、僕と義兄さんは距離が近すぎる!」
「嫌なのか?」
「嫌とかではなく、兄弟としての適切な距離を保ってですね…」
そうルカが言うと、イヴァンの眉間の溝が深まる。
「今まで頑なに隠したがっていた前髪を切ろうとしたり…俺が近付くのを拒否したり…どうしたんだ。今までのルカとは違う、まるで人が変わったようだ。」
(あ、まずい。怪しまれてる)
義兄さんは、本当の兄弟ではないが僕の事をとても可愛がってくれている。
それはもう、ブラコンなのではと思う程。
両親も血は繋がっていないが、本当の息子のように接してくれていて大好きだ。
だが、フェンリル公爵家は国の中でも上位に食い込む権力がある貴族。
養子として公爵家に迎えられたルカ。それを良く思わない者も多く、周りからは陰口や嫌味を言われてきた。
そのせいで以前のルカは両親や義兄とは違う容姿に強くコンプレックスがあり、目立たないように隠れるように生活していた。
自分の意見など殆ど言うことはなかった。義兄に対しても、家族に対しても。
(それが急に容姿を変えようとしたり、離れてだの…変に思うのは当たり前か…)
「僕思ったんです。せっかくフェンリルの家に迎え入れてもらって、優しい義兄さんや両親にも出会えた。それなのに、いつまでも悲観的でいたら勿体ないって…」
「……………」
「だから、先ずは見た目を変えようと思ったんです」
そう宣言し、ルカは自ら手に取った鋏で前髪を勢いよく切った。
「これで、大好きな義兄さんの顔がよく見えます」
清々しい気持ちで笑うルカと対照的に、イヴァンは驚いたような、少し悲しそうな顔をしていた。




