先生は○○
四年生になってはじめて、ぼくの担任が男の先生になった。名前は、野田正義。教師になったばかりの新米先生だ。
先生は、スポーツ万能?
休み時間に先生とかけっこをした。
「ようい、ドン」
いっせいにスタート。あっというまに先生は、ぼくらの何メートルも先を走っていた。誰も先生に追いつけない。まるでオリンピック選手のようだ。そのあと何回も競走したけど、結局先生にはかなわなかった。
次の日、先生の歩きかたが、少しぎこちなかったのはなぜだろう?
四年生からクラブ活動がある。ぼくは、運動クラブに入った。野田先生が担当だ。クラブの時間にソフトボールをした。先生もゲームに加わった。
先生の所へフライがあがった。
「オーライ、オーライ」
かけ声をかけながら、先生は悠々と打球の落下地点でグローブを構える。ボールは、すいこまれるようにクローブの中に。
「ナイスキャッチ」
と思ったら、ボールは先生のおでこで、ぽーんとはねた。ヘッディング?先生、サッカーじゃないよ。先生は、おでこをおさえながら、ぼくらに向かって、
「平気、平気。なんともないよ」
と、すました顔をして手をふった。
でも次の日、ぼくは見た。前髪で隠していたけど、先生のおでこにくっきりと、赤いあざができていたのを。
先生やせがまんは、ほどほどにね。
ある日の放課後。学校から帰って、友だちと校庭に遊びに行ったときのこと。
体育館が、なにやら騒がしい。行ってみると、先生たちがバレーボールをしていた。
いつも教室でこわい顔をしている隣のクラスの先生が、にこにこ笑顔で練習をしていた。普段と違って、みんなとても楽しそうだ。
おもしろそうなので、ぼくらは野田先生を応援しながら見学していた。
先生にトスがあがった。先生は、すばやくボールの真下に走りこんでジャンプ。先生のからだが、一瞬空中で止まったように見えた。大きくうでをふりかぶって、高い位置からするどいスパイク。
「バシッ」
ボールがものすごいスピードで、床にたたきつけられた。さすが野田先生、こんなすごいスパイク、誰にも受けられないよ。
再び先生にトスがあがった。今度もすごいスパイクが見られると期待していた。
先生が、ボールの下に走りこんでジャンプ。先生の手がおもいきりボールをたたく。強烈なスパイクが相手コートへ。と思ったら、「スカッ」
あれれ?ボールは、指先をかすめて、ゆっくりと先生の後ろへ落ちていった。ジャンプするタイミングが合わなかったらしい。
「すいませーん。タイミングが合いませんでした。今度は絶対大丈夫ですから」
あやまりながらも、自信満々の先生。
先生は、物知り?
先生は、虫の名前をよく知っている。特に、チョウは、飛んでいるのを見ただけでも名前が分かる。小学生の時、こん虫採集をしていたから詳しいんだと教えてくれた。でも、幼虫は苦手みたいだ。
理科でモンシロチョウの観察をした時のこと。先生が、飼育箱のキャベツを入れかえていた時、幼虫が先生の腕にのっかった。もぞもぞするのを感じて腕を見た先生。幼虫が腕をはっているのに気づいた。
「うわっ」
大きな声を出して驚き、片方のうでを前に突き出し、もう一方の手の指で幼虫を指しながら、
「だれか、だれか、これをとって」
と、パニックに。
たまたま側にいたぼくが、幼虫をつまんで、飼育箱の中に戻した。
「先生、幼虫がこわいんですか?」
ぼくがたずねると、
「そんなことはないよ。急に腕にのってたから、ちょっとびっくりしただけだよ」
と言い訳をした。あの驚き方は、ちょっとどころじゃあなかったよ。
先生は、宇宙のこともよく知っている。太陽系や銀河系、惑星や恒星、星座の話、いろいろ教えてくれた。ロケットのことだって詳しい。
「日本のロケットは、鉛筆のような形をしているから、HBロケットっていうんだよ」
と話してくれた。
うん?ちょっとまてよ。なんかへんだ。ネットで検索してみた。H2ロケットって書いてあった。このことは、先生の名誉のため、黙っておこう。
先生は、パソコンおたく?
先生は、よくパソコンを使って勉強を教えてくれる。算数のヒントは、絵や図が動いたり、声や音が出たりするので、楽しくてわかりやすい。社会や国語では、インターネットで調べたことを、パソコンを使って説明してくれた。プレゼンテーションというんだそうだ。プレゼントならいいのにな。
ワープロだっておてのもの。毎月、ぼくたちの写真を載せた学級通信を作って、配ってくれる。
かわいいイラストが入ったプリントも作ってくれる。イラストはかわいいけど、問題は難しい。宿題が増えるから、あんまりたくさん作らないでほしいな。
先生も、勉強中?
先生は、毎週木曜日に出張する。研修といって立派な先生になるために、どこかに出かけて勉強しているそうだ。だから、ぼくらの教室には、自習時間にいろんな先生がやってくる。
毎週火曜日には、野田先生といっしょに、北山先生という女の先生がくる。野田先生を指導する先生だって。
先生もぼくらみたいに勉強しないといけないんだね。大人になっても勉強するなんて大変だな。
先生は、恥ずかしがり屋?
先生は毎朝大きな声で、
「おはようございます」
と、みんなにあいさつする。ぼくらにも、
「あいさつは元気よく、おなかから声を出して。発表は、教室のみんなに聞こえるように大きな声で」
と言う。
でも、家庭訪問でぼくのうちに来たとき、母さんの前で、恥ずかしそうに、小さな声でしどろもどろ。何を言っているのかよく聞こえない。先生、いつもの元気は、どこへ行ったのかな?
先生は、説明上手?
先生は、よくぼくらに話す。
「教室は間違うところだ。間違うことは、恥ずかしいことじゃない。よく分からないから間違うんだよね。だから、分からないことを分かるようにするために勉強するんだ。分からないことがあったら、恥ずかしがらずに先生にきくんだよ」
先生は、算数のむずかしい問題でもすらすらと解く。計算も速い。でも、ときどき簡単な計算をまちがうことがある。そんなときは、「先生だって間違うことはあるんだ。間違ったら直せばいいんだ。教室は間違うところだからね」
と言う。なんだか、ごまかされたみたい。
算数の時間に、分数の勉強をした。よく分からなかったので、みんなが、
「先生、よく分かりません」
と言った。すると先生は、
「そうですか。じゃあ、もう一度説明するから、よく聞いてね」
と、一生懸命説明してくれた。それでもみんな、よく分からなかったので、また、
「先生、よくわかりません」
と言った。先生は、少し不機嫌な顔をして、
「しょうがないな。じゃあ、もう一度言いますから、よーく聞いてくださいよ」
と言って、もっとゆっくり、ていねいに説明してくれた。
でも、まだよく分からなかった。先生の説明を聞いても、みんな首をひねっていた。すると、先生は、
「これだけ言っても、分からないんですか」と急におこりだした。
ぼくたち何か悪いことをしたのかなあ?
次の日、
「きのうは、少し言いすぎました。先生の説明が悪かったようです。ごめんなさい」
と、ちゃんとあやまってくれた。そういえば、
きのう算数のあと、先生が、ろう下で北山先生と話をしていた。神妙な顔で話を聞いている先生。なんだかおこられているみたいだった。
先生は、ミュージシャン?
音楽の授業は、担任とは別の専門の先生が教えてくれる。でも、ある日の音楽時間、野田先生が来て、なぜかギターをひいてくれた。
まるで本物のギタリストのようでかっこよかった。歌を歌ってとたのんだけど、歌ってくれなかった。どうしてだろう?
しばらくして、その謎がとけた。ぼくが、家族でカラオケに行ったときのことだ。隣の部屋から聞き覚えのある声が聞こえてきた。野田先生だ。メロディーも音程もおかまいなしに、大音量で歌詞をうなっている。騒音公害だ。これじゃあ、ぼくらの前で歌えないよな。このことは、ぼくだけの秘密にしよう。
先生は、おしゃれ?
先生は学校では普段は、じみーな色のジャージを着ている。
でも、参観日の先生はいつもとちがう。スーツにネクタイをびしっときめて、顔もきりりとしまって見える。
町で見かけた先生も、いつもの先生じゃない。新品のスーツを着て、きれいな女の人と並んで歩いていた。先生でれでれ、にやけ顔。デートかな?おじゃましちゃいけないから、声をかけるのはやめておいた。
先生は、お笑い芸人?
先生は勉強のとき、
「カッコを使うとかっこいいね」
と言ったり、誰かに、
「先生、トイレ」
と言われると、
「先生はトイレじゃありません。がまんできないなら、トイレにいっといれ」
なんて、だじゃれを言う。教室中がしらけムード。こんなだじゃれ、あまりうけないよ。
だれかが、教科書のさし絵を見て、
「ティーがのみティー」
と言った。教室中が大ばくしょう。
先生は、
「授業中は、勝手なおしゃべりはしません」と厳しい。自分のだじゃれがうけなくて、ぼくらのだじゃれがうけたのが、くやしかったのかな?
ある時、先生がだじゃれを全然言わなくなった。どうしたのかな?
しばらくして、学校中の先生が、ぼくらの勉強を見に来た。研究授業というのだそうだ。先生、おもいっきり緊張していた。これじゃあ、だじゃれを言う余裕なんてないよね。
だけど、授業はスムーズ。次から次へと、紙にかいた文字や絵を出して黒板にはる。すぐに黒板がはり物でいっぱいになった。いつもはこんな物はらないのに、どこから出すのか、まるで手品のようだ。
先生は、丸つけ名人?
先生の赤ペンは、魔法のペン。目にもとまらぬ早業で丸をつけていく。間違ったところには、チェックが入る。でも、ときどき、丸をしたあと、ペンがピタッと止まることがある。それから、丸の上にチェックが重なる。
間違っているのに丸をしたんだ。でも、ぼくには、あっているのか、間違っているのか、どっちかよく分からないよ。
日記やプリントの宿題だって、どんなにたくさんあっても、次の日の朝には、ちゃんと丸がついて返ってくる。その秘密を、ぼくは知っている。
放課後、忘れ物を取りに行ったときのことだった。ぼくは夕暮れのうす暗い教室で、一人机にむかって、熱心に赤ペンを動かす先生の姿を見た。先生、遅くまでおつかれさま。
先生は、ガードマン?
夏のある日、教室に大きなスズメバチが、入ってきた。たちまち教室は大騒ぎ。
「みんな、あわてないで。危険ですから絶対にそばに近づかないように」
先生は、ぼくらに注意して、急いで教室から出て行った。
すぐにもどってきた先生は、ハチ用の強力殺虫スプレーを持っていた。そんなもの、どこから持ってきたんだろう?
スズメバチめがけ、シューッとひとふき。さすがのススメバチも動きがにぶる。たまらず、開いた窓から外へ、ふらふら飛んで逃げた。これで安心、さすが先生。
次の日、不審者の避難訓練があった。緊急放送で、みんな教室の奥にかたまった。先生がぼくらに注意する。
「みんな、あわてないで。危険ですから、入り口には近づかないように」
いつのまにか先生の手には、殺虫スプレーがにぎられていた。先生、不審者はハチとはちがうと思うけど・・・。
先生は、名探偵?
友だちのくつがなくなった。国語の勉強をとりやめて、みんなで捜した。先生が、くつ箱の近くのごみ箱の中から見つけた。こんないたずら、誰がしたんだろう。
先生は、みんなに言った。
「だれがくつを隠したのか、犯人捜しはしません。でも、みんなの中に友だちが困るようなことをしても、平気な人がいるとしたら、先生はとても悲しいです。もし、自分のしたことをよく考えて、悪いことをしたなあ、あやまりたいなあと思っている人がいたら、いつでも先生に相談してください。過ちを素直に認めて、ごめんなさいを言える人は、とても立派です」
みんな、真剣に先生の話を聞いていた。
その後、くつを隠した人が、名乗り出たかは不明。
先生は、感動した!
運動会、暑い中での厳しい練習だった。先生に何度も注意されながら、音楽に合わせて踊った表現運動。本番では、みんな力一杯がんばった。
無事、運動会は終了。ぼくらは教室で帰りの準備をして先生を待っていた。
先生がやってきて、黒板の前に立った。先生は、しばらくだまって、ぼくらを見つめていた。
突然、先生の目から涙があふれだした。
「きょうは、みんな本当によくがんばったね。先生は・・・・・。」
涙をぼろぼろ流しながら話したので、後の方は何を言っているのかよく分からなかった。
でも、先生の感動が伝わって、ぼくらもつられて泣いていた。
大人になった今でも、当時の事が懐かしく思い出される。
運動でも、勉強でも、ぼくらのできないことをなんでもできた先生。
ぼくらの知らないことをいっぱい知っていた先生。
いつもぼくらのことを思って、一生懸命がんばっていた先生。はりきりすぎて、時には失敗することもあるけど、どんな時にも明るく元気な先生。
そんな野田先生にあこがれ、ぼくは教師という職業を目指した。
大好きな野田先生。先生は、ぼくのヒーローだ。