愚かな伯爵クルト・デニムの懺悔録ーー私は、優しい妻アメリをないがしろにして家から追い出した結果、お家がお取り潰しとなって、平民にまで転落してしまいました。
私の名はクルト・デニム伯爵。
五年ほど前に、学園を卒業し、内務省勤めの役人となった。
父と同じ役所に勤めることとなり、母は喜んでくれた。
そして今年には、亡き父の遺言に従って、ペルム男爵家の令嬢アメリを嫁に迎えた。
彼女の父親は、私の亡父の学園時代からの親友で、同じ内務省の同僚だった。
彼ら父親同士が、お互いの子供同士を縁付かせる約束をしていたのだが、三年前に私の父が病没、そして今年に入って男爵が領地視察中に事故死した(森の中で獣に襲われたとも、領民の叛乱による謀殺ともいわれる)。
ペルム男爵家には、学園を卒業したばかりの一人娘アメリ嬢がいて、しかも彼女は幼い頃にすでに母親を亡くしていたので、今後の生活が危ぶまれていた。
そこで、父親同士の約束を果たすのにちょうど良い機会だと周囲が勧めたこともあって(ちなみにデニム伯爵家とペルム男爵家は、寄親・頼子関係にある)、私、クルト・デニム伯爵はアメリ・ペルム男爵令嬢を嫁に迎えることになったのだ。
妻アメリは、金髪をなびかせ、碧色の瞳がキラキラ輝く、優しい女性だった。
彼女は侍女と一緒になって晩餐を用意し、食後には、ワインで私にお酌をしてくれた。
私が省庁に出仕する際には、いつも玄関まで見送りしてくれて、「いってらっしゃいませ」と言ってくれた。
休みの日には、疲れた私に気を遣ってくれて、ゆっくりさせてくれた。
私の気儘な外出にも付き合ってくれた。
公園の花を見たい、街中で食事をしたい、海岸を眺めていたいーーそういった私の急な思いつきにも、すべて付き合ってくれた。
内務省での仕事案件が重なることも多くなり、家に帰るのが遅くなったときも、いつも私の帰りを待っていてくれて、明かりを灯して起きていてくれた。
自ら厨房に立って、料理長が作ってくれた料理を温めてくれて、一緒に食べた。
侍女や執事が退出したあとでも、不自由することなく、生活できたのは、彼女アメリが何くれとなく気を遣ってくれたからだ。
屋敷の手配も完璧で、侍女と一緒になって立ち働き、食器は綺麗に磨かれ、どの部屋も清潔に保たれていた。
空気の入れ替えもされていて、廊下にも清潔感があった。
私たちは親の勧めで互いに結婚したのだけれど、彼女は私に好意を寄せてくれていた。
誕生日や結婚記念日には、必ず自ら料理を振る舞ってくれたり、さりげなく贈り物をしてくれた。
経済的にも気を配ってくれて、家令のスチュアートと相談しながら、領地経営にまで乗り出してくれて、収益を上昇させてくれた。
それでも私は、結婚した夫婦にとって、これが当たり前のことだと思っていて、ありがたいとも何とも思わなかった。
どこの家でも、このような夫婦が当たり前だと思っていた。
子供ができてない今、イベントもなく、ひどく退屈な日常だと思っていた。
この何気ない、当たり前の日々が、妻アメリの献身によって成り立っていることに、まったく気付かずに。
その結果、私は妻を酷く傷つけてしまった。
結婚して三年、妻アメリが風邪をひき、体調を崩した折のことーー。
仕事絡みで会う人もいたので、私は一人で王宮の舞踏会に参加した。
そこで知り合った貴族令嬢ーーサロメ・バクス子爵令嬢と、私は恋に落ちた。
サロメ嬢は、赤い髪を振り乱す、情熱的な、激しいダンスをして目立っていた。
黒いドレスが似合う、妖艶な女性だった。
私を、赤い瞳で睨みつけるのが、刺激的に思えた。
私はサロメ嬢に、一目惚れをしてしまったのだ。
彼女サロメは自由奔放で、自分の思ったことを素直に言う女性だった。
妻アメリとはまるでタイプの違う女性に思えた。
私は踊り終えた彼女に、カクテルを手渡しながら口説いた。
「意志が強そうな、赤い瞳が美しい」
すると、サロメ嬢も笑顔を振り向けてくれた。
「あら、貴方の銀髪も、青い瞳も、なかなか素敵よ。伯爵」
このとき、私は、真実の愛を見つけたと思った。
親の言いなりで結婚したのとは違う。
私個人が選んだ本当の愛だと、信じて疑わなかった。
それからというもの、私たちは何度か逢引きするような仲になった。
サロメ嬢との逢瀬で、帰りが遅くなったのを、妻アメリには、
「残業が多くなったのだ。
働いていない君にはわからない」
と言い続けた。
もちろん、貴族は逢引きをするといっても、平民のように肉体関係を持つようなことはしない。
せいぜい、歓談したり、昼食をともに摂ったりするくらいだ。
が、やったことのない〈恋愛〉という体験をする喜びに、私は浸っていた。
心が高鳴り、妻との生活とはまるで違う、刺激的な日常になった。
やはりお仕着せの結婚は間違いだったと思った。
さらに私の母、タント・デニム元伯爵夫人が、ぐちぐちと妻アメリの悪口を言う。
アメリが、領地経営にまで乗り出してきたことを、あげつらった。
「女だてらに出しゃ張って。
何にもしなければ良いのに」と。
母は、亜麻色の髪を掻き分け、ふっくらとした頬を震わせる。
「まるで、私に当てつけてるみたい」
とも言っていた。
たしかに、母は昔から華美を好み、宝石やネックレスを何度も新調していた。
ところが、ここのところ、新しい装飾品を身につけていないように思う。
アメリが、母のお小遣いを出し渋っているようだった。
ある日、私は、アメリに対して、
「母上がお嘆きだ。少しぐらい小遣いをやっても良いだろう?」
と窘めた。
私は宝石などの装飾品の価値も価格も、まるで知らなかった。
母の普段使いが、いかに常軌を逸していたかを、知りもしなかったのだ。
だから、我が家の台所事情に詳しいアメリが、遠慮しながらも抗弁した。
「旦那様。それについて、報告したいことが。
お義母様が、私に領地の面倒を見るのを嫌われるのは、事情がおありのようで、家令のスチュアートによりますとーー」
私は妻の説明に耳を貸さなかった。
普段、従順なアメリが口答えをしたーーそのこと自体に腹を立て、私はカッと頭に血を昇らせてしまったのだ。
「ええい、うるさい!
女同士のいざこざに巻き込まれるのは御免だ。
うまく処理できないなら、領地経営に口出しするのをやめたら良いだろう」
「……」
押し黙るアメリに対して、私、クルト・デニム伯爵は、そのまま怒りに任せて、
「そもそも、おまえの態度が気に入らないんだ」
と文句を言った。
「私に気を遣って、侍女のような振る舞いをするのはよしてくれ。
おまえが掃除や食器洗いをする必要なんてない。
だいたい、身分のある貴族夫人のくせに、自ら厨房に立つなど、恥を知れ!」
アメリは涙を浮かべて私から背を向け、部屋から出て行ってしまった。
私は追いかけて謝ることもせず、そのままふんぞり返って、独りで酒を飲み続けた。
思えば、このときに、妻の話をよく聞いておけば良かった。
私は妻の献身を当然のように思うばかりで、感謝の言葉を口にしなかった。
そればかりか、恋人になったサロメ・バクス子爵令嬢を念頭に置いて、
「ウチの妻は面白味がなくてね。
気が利かないんだよ」
などと、仕事明けにハシゴする酒場など、方々で、言いふらした。
さらに、妻アメリと懇意になった老家令や執事のほか、何人もの侍女を更迭した。
暇をやったとき、家令スチュアートは老眼をしばたたかせて苦言を呈した。
「亡きお父上様が、坊ちゃんのなしようをご覧になったら、さぞ嘆かれることでしょう」
そう言われたので、私は言い返した。
「悪いな。現在のデニム家当主は父ではない。私、クルトなのだ」と。
スチュアートは、亡父が幼少の頃から仕えてきたベテランだ。
だが、私は、このデニム伯爵家に新しい風を入れるべきだと思っていた。
だから新たな使用人を雇い入れ、領地経営も任せるようにした。
さらに私自身にも変化があった。
夜毎に酒を飲み、華美な服装をするようになった。
サロメ嬢の嗜好に、私から合わせていったのだ。
サロメと出会って三ヶ月もすると、もうアメリの存在は、邪魔なものでしかなかった。
妻アメリを事実上、部屋の中に押し込め、幽閉する形にした。
その間も、仕事の後に、サロメ子爵令嬢と街中のデートを楽しんだ。
それだけではない。
ついにはサロメ嬢を家に招き、料理長に料理を作らせ、食事を共にしたりした。
とはいえ、さすがに寝屋を共にするのは気が退けた。
そのときも、二階の部屋には妻アメリがいたからだ。
でも、私もサロメも、二階にアメリがいることを意識していた。
だからこそ、ひとときの逢瀬が、格別に盛り上がっていたと思う。
恋人サロメからも、赤い瞳を輝かせながら、
「寝室に行くのは、まだよ。
|アメリ・デニム伯爵夫人《あの人》がいるのでしょう?」
と言われた。
私にとって、これは露骨な催促と受け取れた。
『貴方、漢でしょ?
だったら、私を寝室に攫ってみなさいよ』
と、逆に、煽られているようなものだった。
結局、何度目かの挑発を経て、私は彼女の煽りに乗っかることにした。
強い漢であることを示そうとして、ある夜、私は幽閉状態にあった妻を応接間に呼び出して、離縁状を叩きつけた。
「おまえには至らないとことがあるので、離縁する」と。
さすがに、アメリを妻にしたままでサロメを寝室に連れ込むといった蛮行は、伯爵家の当主としては憚られた。
筋ぐらいは通そうと思ったのだ。
すると、妻アメリは涙を浮かべた。
「私に至らないところがあれば改善いたします。
どのようにしたらよろしいのでしょう?
私はあなたとの家庭を大切に思い、奉仕して参ったつもりです」
だが私は、そうしたアメリの涙ながらの訴えにも耳を貸さず、
「おまえがほんとうに私を幸せにするのを願うのなら、私を解放しろ。
私は刺激的な日常を送りたい。
活発に動き回る女性と恋に陥りたいのだ。
おまえみたいな平穏な暮らししかできないような女では、生活を共にしたところで、砂を噛むようにしか感じられない」
と言って、離縁状にサインをするよう、アメリに強要した。
(ほんとうに、アメリのせいで、私は自由になれない。
省庁と自宅を行ったり来たりするだけの、つまらない生活になってしまった。
あのサロメ嬢と一緒になりさえすれば、刺激的で新たな風が入り続ける、明るく、楽しい暮らしとなるだろうーー)
そう信じて、私、クルト・デニム伯爵は、妻アメリを断罪した。
「アメリ。おまえは結局、私を日常に縛り付けるのみで、私の気が晴れることはなかった」
すると、さすがに観念したのだろう。
アメリは碧色の瞳に大粒の涙を湛え、震える手で、離縁状にサインをした。
両親を失い、兄妹もいないアメリには、もはや実家と呼べるものはない。
それを承知で、私は、彼女をデニム伯爵家から追い払ったのだった。
とはいえ、私も鬼ではない。
「行く宛もないだろうから、慰謝料をくれてやる」
と金貨の入った袋をアメリに向けて投げ渡した。
だが、彼女は涙を拭きながら首を横に振り、金貨を受け取ることなく、立ち去った。
アメリの私物はわずか鞄二つで足りるほどで、自分用の衣服すら、わずかしかないと、このとき初めて気がついた。
だが、このときの私は、妻アメリがそうした貧相な、涙ぐましげな態度を取ることが、日々の生活を窮屈に感じさせる原因なのだ、と思っていた。
悪いことはすべて妻のせいにして、彼女に全責任を押し付けていた。
私が妻アメリに甘え切って、我儘になっていたことにも気づかずにーー。
かくして、妻アメリを追い出して、私、クルト・デニム伯爵は、愛人サロメ・バクス子爵令嬢と結婚した。
これから先、自由で奔放なサロメと、豊かな人生を楽しく歩んでいけると思っていた。
ところが、そう思えたのは、再婚する前、彼女と付き合っているときだけであった。
結婚して、妻の座を得た途端、サロメは本性を現し始めた。
あれ買って、これ買って、と喚き始めたのだ。
彼女は欲深く、満足することを知らない女だった。
かつては、アメリが、侍女たちと一緒になって料理を作ったり、掃除をしたりするのを、私は不愉快に思っていた。
が、新妻のサロメは何もしない。
ほんとうに、生産的なことが何もできない。
無駄に料理を食い散らかし、衣服や装飾品を買い揃えたりと、消費を繰り返すばかり。
かつてアメリに領地経営に口を出すなと文句を言ったが、サロメは経営に口を出す懸念はさらさらなかった。
その代わり、サロメは無駄な消費によって家計を圧迫するばかりで、少しは経営状況を考えろ、と苦言を呈したくなるほどだった。
実際、長年勤めていた家令スチュアートもいなくなっていたためか、領地からの上がりが悪くなる一方で、母タントも不満を口にするようになった。
貴族家にとって、所領からの収入は財源そのものだ。
自らの領地を持たず、王家や政府から給金をもらう貴族もいるが、建国以来の名門デニム伯爵家は、広大な領地を有している。
それなのに、近頃は作物の上納も減り、領主家なのに充分な食材も揃えられず、厨房の料理番からも文句が出るようになっていた。
領地からの収益が減り、加えて、新妻サロメの乱費が重なり、侍女や執事に充分な給金を与えられず、使用人もどんどん辞めていく。
その結果、廊下や、部屋が掃除されないままに放置され始めた。
部屋の隅々で、埃をかぶったまま整理整頓されない粗大ゴミが転がっている。
薪を切り、湯を沸かす下男も調達できなくなったため、風呂に入れる機会も極端に減ってしまい、庭で咲き誇っていた花壇の花も、ことごとく枯れてしまった。
結局のところ、屋敷や庭の清潔さと美しさを保つためには、アメリのように、侍女と一緒になって、自分自身で掃除などの家事ができないようでは、侍女や執事も上手く使い回せない、ということがわかった。
だから新妻サロメは、侍女たちに対して、
「晩餐を用意しなさい!」
「掃除して!」
などと喚くだけだったので、一向に廊下も部屋も綺麗にはならなかった。
サロメ自身は何もできない。ただ消費するだけ。
それなのに、彼女が私に気を遣うことは、もちろんなかった。
私が省庁に出仕している間も、サロメは街に出かけて行っては乱費を繰り返し、私が帰って来た頃には、商店から派遣された多くの商用馬車が門前で停留して私の帰宅を待ち構え、商人の使いから、
「サロメ夫人が、ツケで、これだけご購入されました。
代金をお支払いください」
と、何枚もの領収書を見せながら、厳つい男どもに言い寄られることが多くなった。
しかも、同僚の話では、サロメが見知らぬ男と手を繋いで街を練り歩いていたとか。
新たなデニム伯爵夫人の醜態は、あっという間に、街の人々の間で、噂になった。
私は、これでも名誉を重んじる王国貴族の端くれ。
恥ずかしくて、仕方なかった。
サロメは自分の遊びばかりをして、夫である私、クルト伯爵には、何もしてくれない。
文句を言うと、言い返すばかり。
仕事もしていないのに、知ったように悪態を吐き、育児をしているわけでもないのに、忙しい、忙しいと口走るばかり。
私が非難すると、
「あんたが好きで結婚したんでしょう?
私を縛りつけないで!」
と癇癪を起こす。
彼女の横柄な態度を私が窘めると、彼女は金切り声を上げ、ヒステリーを起こし、手当たり次第に物を投げつけてくる。
しかも、私についての悪口をあちらこちらで吹聴し、それが根も葉もない嘘だったりするから、うんざりしてくる。
結婚して半年もすると、彼女の赤い髪を垣間見たり、赤い瞳で睨みつけられるだけで、一日中、気分が悪くなるほどだった。
やがて、そんなサロメも、デニム伯爵邸から去っていった。
いつの間にか、帰ってこなくなった。
街中で噂されたオトコの許に走ったのだ。
結局、サロメと同棲する間男を介して、私は正式な離婚を試みることとなった。
ところが、彼女は離縁状になかなかサインをしてくれず、手切れ金を払ってのようやくの離婚となった。
それからというもの、私、クルト・デニム伯爵は、女性不信を抱えたまま、独りで生活するようになった。
省庁と自宅との間を馬車で往復するだけの、無味乾燥な日々を送ることになった。
家に帰っても、待ってくれる人は誰もいない。
執事や侍女が作業している最中に帰ってくることもあるが、彼、彼女らも、私を歓待することもなく、事務的に服を取り揃えたり、要件を口にして立ち去っていくばかりだ。
元妻アメリのように私を出迎えてくれる暖かみもなければ、気遣いなどは一切かけてもらえない。
残されている食事も、すっかり冷め切っているものばかりだった。
サロメと離婚してから三ヶ月もすると、積極的に舞踏会などに参加出して、新たな妻を求めようとした。
が、なかなか、これは、という女性に出会わない。
正直、サロメの失敗で懲りてしまって、積極的に女性にアプローチできなくなってしまっていた。
追い討ちをかけるように、母、タント・デニム元伯爵夫人が、今頃になって、元妻アメリがいかにしっかりしてたかを、私に訴える。
「アメリだったら、こんなに領地からの収益を損なうことはなかったわ。
まったく、新しい妻といい、家令といいーー貴方の目は節穴なの!?」
母は亜麻色の髪をクシャクシャに掻き乱しながら、頬を膨らます。
身勝手な言いように、私はさすがに腹が立った。
「母上がアメリのことを嫌ったくせに、何を言うんだ!」
と私が怒ったら、母は言い返してきた。
「それでも嫁を守るのが、夫であるあなたの役目でしょう!?」と。
私は何も言い返せなかった。
実際、新たに雇った家令が無能だからか、領地からの収益は減り続けていて、暮らし向きが悪くなる一方だ。
さらに、内務省での仕事の方でも軋轢が多くなり、上司から叱責されることが増えた。
かつて、上司が省庁改革に積極的に取り組もうとするのを、私が強硬に反対したことがあった。
「性急な規則変更は、現場を乱すだけです。
事務作業を滞りなく進め、現状を維持することが官吏の務め。
前例を尊ぶべき」と。
そのせいで私は、上司や同僚からも嫌われるようになったのだろう。
当時の私の心境を正直に言えば、ただでさえ、サロメに家中が振り回されているのに、これ以上、混乱を抱え込みたくない、という思いだった。
しかも、仕事明けの酒場でも、良い思いができなくなっていた。
行きつけの店では、自分が元妻アメリと別れるために言いふらしたデタラメが、ボイド伯爵やタック子爵といった、いつもつるんで飲んでいた仲間によって、話が大きくなって、
「伯爵様もつくづく女運がございませんな」
「そうですよ。
アメリといい、サロメといい、男性をないがしろにする女ばかり」
などと言われ続けるようになっていたからだ。
そのたびに、私は表向きには笑顔を作りながらも、心を痛めていた。
サロメはともかく、アメリは、ほんとうに出来た女だった。
夫を思い遣り、実務もこなせる有能な女性だった。
私は、本当は一番良い、最高の女性を、最初に掴んでいたのに、勝手に追い出してしまったのだということを、思い知らされるようになっていた。
それからの私は、何とか元妻アメリと連絡を取り、再度、デニム伯爵家に迎えようと思い続けた。
が、彼女の実家はすでに廃絶しているから、現在の彼女の居場所がわからない。
アメリには親族が少々いたが、皆、私に対して、彼女の居所を教えてくれない。
冷たい対応をされるばかりだった。
私の身分が高いから遠慮してるのもあるのだろうが、皆が必死にアメリを守っているのが伝わってくる。
アメリの叔父にあたるパークス・デビット男爵が、酒の席で、無精髭を震わせながら、私に怒りをぶつけてきたことがあった。
「クルト伯爵様。
貴方、ボイド伯爵様やタック子爵様に、相当酷く、アメリのことを吹聴なさっていたようですね。
いつもあのお方たちから私は、『白髪オヤジ』だとか、『アル中』だとか揶揄されてますがねーー良いんですよ、私のことは、どれだけからかわれても。
実際、飲んだくれですからね、私は。
でもね、私の姪っ子ーーアメリを悪く言うのは、許せませんよ。
あれはーーあの兄の娘は、兄に似て、良く出来た娘なんですよ。
それを貴方は、まるで出来損ないの女みたいにーー。
許せない。
貴方こそ、自分の都合しか考えない、欠陥品のくせに!」
私は耳まで顔赤くして、その場から立ち去るしかなかった。
元妻アメリの居所が、わかり難い。
ならば、せめて同時期にクビにした、父の代から続いていた家令スチュアートや執事、侍女などを、私は雇い戻そうとした。
が、彼らも居所を掴むのは難しかった。
実家に帰っているのが半分、実家にも帰らずに、他の場所で仕事に従事しているのが半分、といった有様だった。
元妻アメリの世話を見続けている者もいる、と考えられた。
が、元妻もろとも、誰かの庇護のもとにあるのか、アメリは杳として居所が知れない。
そうした日々が半年ほど続いた後、ようやく噂がポツポツと出てきた。
アメリが社交の場に出ると聞いて、私はその舞踏会に出向いた。
彼女はどうやら王弟マクラマン・グラント殿下の屋敷で、侍女として勤めていたようだった。
王弟殿下の屋敷では、元家令スチュアートとともに、侍女として働き、部屋や廊下の掃除を如才なくこなすと同時に、王宮との連絡を取り次ぐなど、王族間の潤滑油になる働きを数々果たしていたようだ。
王弟殿下の許には、家令スチュアートのコネで潜り込んだようで、王弟主催の舞踏会では侍女の立場ゆえに参加しないつもりでいたらしい。
だが、王弟マクラマン・グラント殿下のみならず、グラント国王陛下やマナー王妃殿下の計らいもあって、元妻アメリは実家のペルム男爵家の令嬢という肩書で、数ヶ月前から舞踏会に姿を現すようになっていたそうだ。
私の家、デニム伯爵家の妻だったという履歴は、すっかり消されているようだった。
舞踏会場で垣間見ると、元妻アメリは、以前にも増して、美しくなっていた。
金髪も、碧色の瞳も、表情や振る舞いすらも、活き活きとして輝いて見えた。
若返ったように思えるほどだ。
一方で、私、クルト伯爵は銀髪に艶がなくなって、頬もこけ、全身がやつれている。
私が愚かだった。
もう一度やり直したい。
アメリを迎え入れ、我が家に輝きを取り戻したい。
そう思い、私は、改めてアメリに指輪を渡そうとした。
奮発して、かなり高価な指輪を購入した。
思い返せば、彼女と結婚した際も、バタバタして指輪一つ渡していなかった気がする。
それを反省した。
だが、アメリはすでに指輪をーーそれも、私が購入したモノより、もっと良い、大粒の宝石が光り輝く指輪をしていた。
元妻アメリは、王弟殿下と踊ってからプロポーズを受け、それを了承し、すでに婚約者となっていたのだ。
このとき、私が参加していた舞踏会自体が、王弟殿下とアメリの「婚約お披露目パーティー」として催されたものだった。
王弟マクラマン・グラント殿下は、国王陛下の弟とはいえ、六人もいる弟の末っ子で、陛下とは十八歳も歳が離れている。
年齢は、私より二つ上、といったところだ。
金髪に、青い瞳をした美男子で、普段は騎士団長を担っている、偉丈夫でもある。
そんな王弟殿下に寄り添うようにして、アメリは壇上に立っていた。
皆に婚約指輪の輝きが見えるように手の甲を向けながら。
会場から見上げた際、壇上の彼女と目が合った気がした。
だが、無表情なままソッポを向かれた。
このあと、大勢の王族、高位貴族たちが壇上に昇り、花束や贈り物を手渡し、王弟殿下とアメリを祝福した。
私、クルト・デニム伯爵はそれらをボンヤリと眺めてから、踵を返し、スゴスゴと舞踏会場から立ち去るしかなかった。
帰りの馬車の中で、私は泣いた。
せめて元妻アメリには幸せになってもらいたい。
本心からそう思っていた。
が、溢れる涙を止めることはできなかった。
家に帰ったら、私の母、タント・デニム元伯爵夫人が、亜麻色の髪を振り乱して、発狂状態になっていた。
「あのアメリが、王弟殿下と婚約!?
ということはーーあの娘が、王族の一員となる!?
どういうことよ。
このままでは、ヤバイ……」
私はげんなりしつつ、ソファにもたれかかり、
「今度は、どうしたんですか、母上」
と気のない問いかけをした。
ところが、母タントが白状した内容は、思わず私を立ち上がらせて、身を震わせるほどの重大事であった。
じつは、私の母、タント・デニム元伯爵夫人は、長年に渡って、領地からの収益を誤魔化し、物資を横流しして着服していたというのだ。
母が言うには、老家令のスチュアートは言いなりにできた。
奥方である自分の振る舞いを大目に見てくれていた。
ところが、領地経営にアメリが介入することにより、露骨な横流しができなくなって、腹が立って仕方がなかったという。
そこで、私はようやく合点が入った。
(だから、母上はアメリに対して、「女だてらに……」と、文句を言っていたのか……)
私が渋い顔をするのにお構いなしに、さも苦労したとばかりに、母は頬を膨らます。
「アメリが出て行ってくれて、ホッとしたのも束の間。
今度は、あのサロメでしょう?
クルト。ほんと、貴方は女を見る目がないんだから。
いったい、誰に似たのかしら……」
アメリを追い出したは良いが、スチュアートや執事まで、有能な人材を解雇したので、今度は領地民と仲介業者が結託して利益を上げなくなり、後任の家令たちまで、わずかな賄賂で、その企みーー物資の横流しとピンハネーーに便乗していたらしい。
そうした事情を薄々は察していたが、母は、自身が長年に渡り横流しをしていたために、私に窮状を訴えることができなかったという。
そして、今ーー。
問題となっているのは、アメリが王家と深い繋がりを持ったことであった。
彼女にはスチュアートら、元々、デニム伯爵家に仕えていた使用人たちも同行している可能性が高い。
とすると、デニム伯爵家の台所事情が、王家に筒抜けになるのは明らかだった。
ちなみに、貴族家は、領地収益から、政府への税金、貢献具合が査定される。
それなのに、デニム伯爵家は、長きに渡って、領地収益について、虚偽の報告をしてきたのだ。
王家には当然、これを告発する権限がある。
私、クルト・デニム伯爵は、肝が冷える思いだった。
でも、私は自分に言い聞かせた。
(私は真面目に勤めてきた。
特に有能というわけでは、なかったかもしれない。
だが、亡父ともども長きに渡って、デニム伯爵家当主は内務省に勤務し、国家運営に携わってきた。
いかに王家といえども、粗略に扱うことはできないはず……)
翌朝、勤務先の内務省で、私は上司に呼ばれた。
省長室には、内務省長グラナド公爵の他に、つい先日、舞踏会の壇上で見かけた人物が椅子の上にどっかりと座っていた。
幾つもの勲章をぶら下げた軍服を着た、王弟マクラマン・グラント殿下がいたのだ。
金髪を掻き分け、睨みつける青い瞳には、怒りの色を宿しているように見えた。
グラナド内務省長は、いつもは大きな椅子に座って私に対するのだが、今日は違った。
王弟殿下の傍らに立ちながら、チョビ髭を撫で付ける。
「クルト・デニム伯爵。
君は、長年に渡って、領地収益について虚偽の報告をしてきたそうじゃないか。
困るんだよ。
省庁に勤務する公務員に、そのような詐欺めいたことをされるとーー」
私は心臓が飛び出るほど動揺したが、それを押し隠すよう、胸を右手で押さえつける。
「そのことは、すでに了承済みです。
横流しや帳簿の改竄は、みな、母が勝手にやっていたこと。
私はまるで知りませんでした。
今後は、母に横流しなど、絶対にやらせません」
上司は口をへの字に曲げる。
「おかしいな。
横流しに気づいた者はいたし、問題提起もあったらしいが、君自身が、ことごとく無視したそうじゃないか」
内務省長が顎をしゃくると、扉が開き、隣の部屋から、一人の女性が姿を現した。
元妻のアメリだった。
彼女は金髪をなびかせ、颯爽と現れた。
そして、王弟マクラマン殿下に促されて、私の方へ碧色の瞳を向ける。
そして、挨拶を交わすこともなく、単刀直入に、要件だけを発言した。
「以前、私は貴方ーークルト伯爵様に申し上げたはずです。
『お義母様が、私に領地の面倒を見るのを嫌われるのは、事情がおありのようで』と。
すると、貴方様は聞く耳を持たず、
『領地経営に口出しするのをやめたら良いだろう』
と仰せになりました」
私は動揺し、頬に冷たい汗が流れるのを感じた。
「そ、それは、てっきり、嫁姑のいざこざで、細かいことに文句をつけていると……」
しどろもどろになる私を見て、内務省長グラナド公爵が、腹を突き出して溜息する。
「王弟殿下からの依頼を受け、デニム領に監査官を派遣したら、酷い有様だったよ。
領地民と仲介業者が収益を誤魔化し、それを領主たるデニム伯爵家の者が賄賂で黙認していた」
私は懐からハンカチを取り出し、額や頬に当てながら弁明した。
「ま、まさか、そんなことがーー。
急いで手配します。
領地経営の責任者たる家令を更迭し、改めて領民の代表を選び直してーー」
グラナド内務省長は、肩をすくめる。
「今更、遅いよ。
問題は、私どもの調査が入るまで、君自身が状況を把握していなかったことにある。
君は通常の職務においても見落としが多いが、管理能力が乏しいのではないか。
そんなことでは、広大なデニム領を任せるわけにはいかんな。
領土を没収せざるを得ない」
突然の通告である。
私はつんのめった。
「そんな!
デニム家は代々、真面目に勤めて参りました。
それなのにーー」
ところが、私が言い訳をするより早く、
「承知している!
だからこそ、能力に欠けている、と判断したのだ」
といった怒声が、室内に轟いた。
王弟マクラマン・グラント殿下が、巨躯を聳え立たせて、咆哮した。
「クルト・デニム伯爵!
自分は、ふしだらな女と浮気してウツツを抜かしておきながら、有能な家令や執事を解雇するばかりか、優秀なアメリまで、実家がないのを承知で追い出すとは。
貴様には王国貴族としての誇りはないのか!」
私は血の気が退いて、顔を青くする。
対照的に、王弟殿下に並び立つアメリは、頬を赤らめていた。
「殿下。私のことは良いのです。
貴族としての務めについて、言及なさるだけで……」
婚約者に窘められて、王弟殿下はコホン、と咳払いする。
「そうだったな。
こうした場合、その貴族家はいかように裁かれるのだ?
前例では、どうなる?」
王弟殿下の問いに対して、グラナド内務省長はチョビ髭を撫で付ける。
「身内の横流しを黙認し、挙句、領民や仲介業者に詐欺を働かれ、長年に渡り虚偽の収益報告をしていたとなるとーー大幅な領地の没収は免れませんな。
悪くすると、領地返上ーー」
「そんな!?」
私が顔面蒼白となって声を上げると、デブの上司は鼻で笑った。
「不満かね?
おかしいな。
君は普段から、『前例を尊ぶべき』と主張していたと思うが」
私は、グッと喉を詰まらせる。
でも、勇気を振り絞り、上司に言い募った。
「前例がないといえばーー王弟殿下も、前例がないことを行っております。
ですから、我がデニム家にも特例をーー」
そこで王弟殿下は、首をかしげる。
「前例がないことを、余が何かしたかな?」
巨躯の王弟殿下は、私を見下ろす。
私は負けじと、その目を見返した。
「王族が男爵家出身の女性と婚約ーーましてや結婚するのは、前例がありません」
少し声を裏返りながらも、私は言い返した。
すると、
「はっはは。なんだ、そんなことか」
と、王弟マクラマン殿下は腹を抱えて笑う。
その隣で、グラナド内務省長が、口許を歪ませる。
「彼女ーーアメリ嬢は、現在、我がグラナド公爵家の養女となっている。
つまり、彼女は公爵令嬢になっているわけだ。
それなら、問題ないだろう?」
身分違いの結婚をする際、高位貴族家の養女にするといういう形式を挟んで結婚することは、常套手段といえた。
アメリが王弟殿下からのプロポーズを受けて婚約者となってからすぐに、グラナド公爵家の養女となる手続きがなされたのだった。
おかげで、元夫たる私も、身を震わせるばかりで、何も言えなくなってしまった。
上司のグラナド公爵は、太った腹を撫で付けながら、吐息をはく。
「クルト・デニム伯爵。
君には失望したよ。
君のお父上と、アメリ嬢のお父上、そして陛下とは、学園時代からの、身分を超えた親友でね。
陛下がお心を砕いた結果、アメリ嬢をデニム伯爵家の奥方となってもらったんだよ。
『先代のデニム伯爵亡き今、息子のクルトともども、アメリ嬢の面倒もよろしく頼む』
と、私も、陛下から直々に命じられていたのだ。
そうした経緯を、大っぴらにするわけにもいかないから、特に説明はしなかったが、君も事情くらい察しているものと思っていたよ。
それなのに、堅物だと思っていた君が、サロメなどというふしだらな娘に誑かされて、奥方を家から追い出すとは。
しかも、長年デニム家に仕えてきた家令や執事まで解雇するーー。
前例を尊ぶべき?
どの口が言うか、と思ったね。
ちなみに、サロメなる女は、隣国のスパイと懇ろになって、乗せられるままに国家機密を探ろうとして捕縛され、現在、監獄に放り込まれておる。
我が国から漏洩した情報の大半は、君のデニム伯爵家に関するものだったがね。
おかげで、外務省の連中はカンカンだよ。
『我が国の貴族ーーしかも内務省に勤める役人が、こんな体たらくでは、隣国に好きなようにやられてしまうだろう。外交を行う立場にでもなってみろ』と。
そういえば、サロメなる女は、
『自分も騙された。
ほんとうに愛しているのはクルト・デニム伯爵だけ。
彼を呼んできて欲しい。
きっと保証人になってくれるから、私を牢獄から出して!』
と獄中で訴えているそうだ。
なんなら、面会させてやろうか?」
私は苦虫を噛み潰した表情で、
「……必要ありません」
と、か細い声で答える。
すると、殊更大きな声で、
「そうか。それは良かった。
ここにはアメリ嬢もいるのだからな。
彼女の気分を損ないたくない」
と、上司は大きな腹を揺らせて笑う。
それを見て、毅然と胸を張るアメリが一言、
「いえ。お気遣いなく」
とだけ口を挟んだ。
私は、そのときのアメリの表情を見た。
その顔には、以前の優しい微笑みは見られなかった。
侮蔑の色を湛えた視線だけが、私に向けられていた。
私は思わず目を伏せてしまう。
そんな私の耳に、上司の言葉が響いてくる。
「頭の回転が悪い君に、特に念押しさせてもらう。
我がグラナド公爵家は、君のデニム伯爵家の寄親に当たることぐらい、わかってるだろう?
ということは、今やアメリ嬢は、君の寄親公爵家の娘ということになる。
おまけに王弟殿下の婚約者であらせられる。
無礼は許さんよ」
私は覚悟を決めた。
這いつくばって、アメリに向かって許しを乞うことを。
私は膝を折り、床に額を押し付け、土下座した。
「アメリ。愚かだった私を許してくれ。
本音を言えばーー今度こそ、やり直せる、だから、戻って来て欲しいーーそう思っているんだ!」
中腰の姿勢になって、私はアメリの足下に縋りついた。
が、彼女はスカートの裾を引っ張って、私の手を振りほどく。
そして、何も言わずに、私に背を向け、立ち去ってしまった。
そんな彼女を、婚約者の王弟マクラマン殿下は、慌てて駆け慕う。
退室間際に、私に向けて、捨て台詞を残しながら。
「なんと、見苦しい。
貴様は、とても、我が王国の貴族とは思えん」
私は床にへたり込んだまま、項垂れるばかりだった。
三日後ーー。
長年に渡る領地収入の虚偽報告と、外国への機密漏洩の罪に問われて、私、クルト・デニム伯爵は、二年の懲役と、全領地没収を言い渡された。
その結果、デニム伯爵家はお取り潰しとなり、母も私も平民に落とされてしまった。
母タントは、
「建国以来続いてきたデニム伯爵家が、なんてこと!」
と泣き喚いたが、横流し犯のたわごとに、耳を貸す者は誰もいなかった。
母も懲役五年を言い渡された。
服役が終わり次第、修道院に送り込まれることだろう。
そして、私、平民となったクルトが、二年の務めを終えた、ちょうどそのときーー。
王弟殿下とアメリの結婚式が盛大に行われ、街中が湧き立っていた。
王弟マクラマン・グラント殿下は、若くして王国騎士団を率いる団長として、単なる王族の域を超えて、人々から特に敬愛されている人物だった。
王国騎士団は、外国の軍勢と戦うだけではなく、盗賊や野獣の討伐、さらには王都などの街の治安を担っているから、一般庶民にとって最も身近に感じる、ありがたい団体だ。
だから、その若き指導者である王弟マクラマンが結婚すると知って、王国民の誰もが盛り上がっていたのだ。
王都の人々が祝いの言葉をかけ合う中、私クルトは場末の酒場で安酒をあおりながら、
「あの王弟殿下のお相手は、私の妻だったんだ……」
とつぶやいた。
すると、見知らぬ酔っぱらいどもが、バンバンと私の肩を叩いて、口々に言い募った。
「おいおい、アメリ様は公爵家のご令嬢だったんだぜ。
彼女を妻にしてたってことは、あんた、お貴族様なのか?」
「はっははは。馬鹿言え。
こんな安酒場に、お貴族様が足を踏み入れるわけねえだろうが。
真昼間から酔っ払いやがって」
「まあ、夢を見るのは、俺たち平民にも許されてるからな。
酔いが回って妄想が膨らむのも、そいつの自由さ」
「でもよ、あんたみたいなショボい男にゃ、あの別嬪さんは勿体無いぜ。
あの美しい金髪と、碧色に輝く瞳を見たことがあるのか?
あんたと違って、活き活きしてたぜ」
「そうだ、そうだ。
だいたい、妻だったってんなら、どうして手放したんだ?」
「噂じゃ、美人なだけじゃなくって、頭も切れるし、性格もすこぶるお優しいってさ。
女嫌いで評判だった王弟殿下が、ぜひ妻に、と迎えたほどのお方だよ」
酔っ払いどもの浮かれ声を耳にしながら、私は銀髪を掻きむしり、瞼を閉じる。
「ほんとだな。
どうして、手放してしまったんだろう……」
私はカウンターでうずくまって、オイオイ泣いた。
だが、慰める者は、誰もいなかった。
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