act25 記憶の探索
数日後、ハルシェシスの元に向かったペーターが戻って来て、受け取った情報を僕等に説明してくれる。
「どうやら、ハルシェシスが聞き耳を立てて拾った情報だと、鳥の国とミッテン国は獣の国と和平交渉を行うみたいだね……」
「和平交渉?」
「ああ、ライオンに鷲の羽が付いた、シャルべーシャとか何とかいう像が持ち込まれたって言っただろう、それを和平の贈り物として獣の国へ送るみたいだよ……」
それを聞いた祖母ちゃんはう~んと唸る。
「今更、和平交渉って、それ上手く行くのかね? そもそも戦争を仕掛けてきたのは鳥の国で、戦争の際裏切りをして獣の国を脅かしたのはミッテン国だ。獣の国としては、勝手に仕掛けてきて、勝手に裏切って、勝手に仲直りを訴えてこられても、許せないだろうし、納得しがたいんじゃないかね?」
そんな祖母ちゃんの呟きを聞いたペーターは頷く。
「ああ、上手くいかないだろうな、上手くいかないだろうし、ハルシェシスの話では、和平交渉は見せかけで、本当は別に策略を練っているようだって話だ」
「策略?」
「どうやら騙し討ちをするような策略を練っているみたいだな」
「ほ、本当かい? それは良くないね、本当に良くないね、これ以上揉めさせたら、本当の和平交渉を今後するにあたっても禍根を残しちまう。もう止めないと……」
「そうだな、俺っちも、もう許せない所まで来ているぜ、そのラホナビスとか、ミミズクとか鴉とかの側近達や、飛鼠王とかの動きはよう!」
祖母ちゃんもバステトも、苛立っているのが伝わって来る。
「それで、ホッグ王の状態はどうなんだ? 洗脳は解けて来てるのか?」
ペーターが祖母ちゃんに問い掛ける。
「ああ、大分良くなってきているよ。まだ余り喜怒哀楽は乏しいけど、感情や理性はみられるようになってきた。あと少しで日常の状態にもどると思う」
「そうしたらさあ、ホッグ王と面談して、なんとか戦争を中止するように言ってみたらどうだい? このまま戦争をしても負ける可能性が高いって事を説明してさ」
ベータ―は提案してくる。
「それはあたしも考えていた。そもそも戦争が本当にホッグ王の意志だったかも確認したい。そうでなく操られていて王の知らぬ間に勝手三昧を側近達がしていたのなら、鳥の国に感付かれなように獣の国のラー王に会いに行って、本物のホッグ王とラー王の間で休戦協定を結んで、暗躍している反乱分子を一網打尽にするべきだとね」
祖母ちゃんは強く言及する。
結果、僕等は翌日、ホッグ王にその事を聞く事にした。今までは刺激を与えたり、その事を思い出させると洗脳が蘇ってしまうと考え、敢えて理性が戻るまで触れない様にしていたのだ。
天蓋の中、更に輿の上の大きな椅子に巨大な猛禽類の鳥人であるホッグ王が仰け反って座っていた。太った大鷲が佇んでいる感じだ。ゆったりとしてはいるが目には光が戻っていた。
「ホッグ王、お加減は如何ですか?」
祖母ちゃんが謙り問い掛ける。
「……そうだ、儂はいかにもホッグ王じゃ、儂は此処で何をしているのだろうか?」
改まってホッグ王が此方に問い掛けてくる。まだ少しボーっとしている様子だ。
「逆にお伺いしますが、ホッグ王のご記憶はどの位前の事まで覚えてらっしゃいますか?」
「記憶? 儂の記憶だと……」
ホッグ王は顔を顰め思考を巡らせ始める。
「……むむむむむむむ、お、思い出せん、どういう事じゃ、ここ最近の事が全然思い出せんぞ……」
「それでは一年前位の記憶は御座いますか?」
「一年前じゃと? ああ、それなら王城でいつものように過ごしていた記憶があるが……」
ホッグ王のは戸惑いを見せながらも答える。
「では側近の者の名前は憶えてらっしゃいますか?」
「側近じゃと? ああ、ラホナビスじゃ、宰相の任に就いておった者の名じゃ」
「他は如何ですか?」
祖母ちゃんは優しく引き出すように問い掛ける。
「他じゃと、他はラホナビスが連れてきた梟のトートと鴉のムギンという者が居たような居ないような……」
「では、その辺りから現在までの記憶はありますか?」
「記憶…… その頃からの記憶か……」
真剣な顔をしてホッグ王は再び考え込む。
「い、いや、出てこない、思い出せない、一体、どういう事じゃ?」
ホッグ王は表情を強張らせる。
矢張り、その三人の側近が揃った辺りからの記憶が薄いようだ。という事は、今回の戦争は王の意向を無視して起こした可能性が高いと思われる。
「それでは、今度はこちらで最近あった話を致します。その辺りがご記憶にあるかを確認していただけますか?」
「ああ……」
ホッグ王は緊張した顔で答える。
「最近、鳥の国では獣の国との領土問題が浮上して、緊張状態に陥っていました……」
「な、何っ、獣の国と緊張状態じゃと?」
「はい、そして、鳥の国ではミッテン国と共謀して獣の国に戦争を仕掛けたのです」
「な、なにっ! 獣の国に戦争を仕掛けたじゃと!」
まるで寝耳に水状態で聞き返してくる。
「ええ」
「か、勝てるわけがないではないか、国力に大きな差があるというのに……」
ホッグ王は顔色を落として呟く。
「では、国王である貴方の指示で戦争に至ったのではないのですか?」
祖母ちゃんは問い掛ける。
「儂はそんな無謀な事はしない、いや、させない。そして、そんな事が起こっているという記憶も全くない。一体どういう事なのかまるで解らない」
「なるほど……」
祖母ちゃんは少し考える。
「それでは、今なぜ此処にいるかを説明致します。獣の国の国境に攻め込んできた鳥の軍の中にホッグ王は居られました。そんなホッグ王の様子が変だと気が付いた者が居りました」
「気付いた者?」
「ええ、その者の名はハルシェシス。嘗て貴方の部下だった者です」
「ハルシェシスが? あの忠実な家来のハルシェシスがか?」
「はい」
祖母ちゃんは微笑む。そして後を続ける。
「獣の国の城壁を超える事に失敗した鳥の軍とミッテン軍は国境付近まで軍を引き陣を構えました。そんな折、王の様子が変だと思ったハルシェシスと我々は王と入れ替わる作戦を思いつき、ハルシェシス自らが王の格好をして陣に残り、王は我々が此処に連れ出したという訳です」
「むむむむむむむむ……」
「今は大分理性が戻られているようですが、ここに連れ出した当初は殆ど王の御意志も理性も感じられませんでした。時間を掛けて理性を取り戻してもらったという状況です」
「そ、そうか……」
ホッグ王は腕を組みじっと考え込んでいる。
「先程聞きましたが、この戦争が王のご意志で始められたものではないのであれば、すぐに止めるべきだと考えます。今なら国の上層部だけの問題ですが、これより先に進んでしまうと禍根を残し、鳥の民と獣の民そのものが、今後いがみ合う事になってしまうでしょう。それは絶対に避けるべきです」
「儂もそう思う。そう思うのじゃが、何か長い眠りから覚めたばかりのような感じじゃ、逆に聞きたい。儂はどうすれば良いのであろうか?」
ホッグ王は真摯な表情で聞いてくる。
「私達の考えでは、王に戦争の意志はないなら、獣の国に使者を立て、事情を説明し和平を結ぶべきです。そして、王の許可も無く鳥の国に戦争を起こさせた首謀者達を一網打尽にするのです」
「し、しかし、こんな状況で、今更、和平交渉など出来るものであろうか?」
自信なさげに聞いてくるホッグ王に祖母ちゃんは軽く笑いながら答えた。
「ホッグ王、使者として獣の国に向かわせるのに打って付けの者がおります。私は元エインヘイヤルのアンナ・アンデルスンと申しますが、私の元教え子にハルシェシスと、この者バステトが居ります。使者には獣の国の元騎士団長であるバステトを向かわせようと思います。バステトは獣の国の王の親族です。上手く事情を説明できる事でしょう」
「おお、そなたは騎士団長バステトであったか! どこかで見た顔だと思ったが、そうかそうであったか! それならばラー王もご納得をしてくれるであろう、これは頼もしい」
「王が側近達に操られていた事を伝えればご理解してくれる事でしょう」
「おお、おおおおっ、宜しく頼む、いや、宜しく頼みますぞ」
ホッグ王は何度も何度も頷いた。
そうして、ホッグ王の了承を得た僕等はバステトを使者として向かわせることにしたのだった。
その後、バステトによる獣の国とホッグ王との和平交渉は上手く進み、ホッグ王の理性を奪った上で側近達が勝手に戦争を仕掛けた事をグリュス・ラー王は理解し、獣の国と鳥の国との和平は合意に至った。また戦争を仕掛け鳥の国と獣の国を戦争させようと暗躍していた者達を捕らえ罰する事も合意した。
それから二日後、鳥の国の陣に赴き、ハルシェシスからの情報を持ち帰ったペーターから報告が入った。
「いよいよ、鳥の国とミッテン国が動くみたいだな、前に話したシャルべーシャとか何とかいうライオンに鷲の羽が付いた像を和平の贈り物として送るようだ。だが裏があってその像の中には人が数十人隠れる事が出来るみたいで、獣の国に運び込まれた後に城の城門を開けたり、国内に火を放ったりするつもりらしい。それと城門が開いたタイミングで鳥の軍勢とミッテン国の軍勢が獣の国の領域内に雪崩れ込む予定との事だ」
「よくまあ、汚い作戦を思いつくよね、逆に感心するよ……」
祖母ちゃんは呆れたような表情で呟く。
「で、ハルシェシスの提案なんだが、そこで騙された振りを獣の国でも鳥の国でもして、不穏分子を一気に挟み込んで叩いたらどうだろうか? との事だ。ハルシェシスは、その場で理性を取り戻した王の振りをして、その暗躍している者達を逃がさんように抑え込むつもりみたいだ。獣の国では騙された振りをして、シャルベーシャ像を中に入れて欲しいとの事だ」
それを聞いた祖母ちゃんは軽く笑う。
「良い作戦だね、じゃあ、あたし達は獣の国の城壁内に入り込んで、運び込まれたシャルベーシャの像を取り囲んで中から出てきた奴らを逮捕していく役割を担うって感じだね」
「うん、良いように思えるね、それなら戦争には至らず、不穏分子だけを抑え込めるしね」
僕も同意の声を上げる。
「アンナ殿、ハンス殿、ペーター殿、バステト殿、宜しく頼みますぞ。本当に深く恩にきります。貴公等のような存在がなければ戦争はもっと拗れていた事でしょう」
まだ完全に良くなっていないホッグ王だが、僕等に感謝の言葉を告げてくる。
「まあ。これからですよ、不穏分子を逃がさず逮捕したいと思います」
祖母ちゃんは謙りつつ言及する。
そうして、僕等はグリュス・ラー王の許可を得て、獣の国の城門内側へと待機することになった。




