act3 魔女の呪い
「今から一年ほど前、私は忠実な部下ハインリッヒの促しで、鹿狩りを行ったのです。国の最北にある森林でね」
「ほう、鹿狩りかい、それは、どんな風にやるんだい? 弓とか使うのかい?」
鹿狩りと言われれば鹿を狩るのは解るが、どんなハンティングをするのかはイメージ出来ない。祖母ちゃんもそのようでカエルに問い掛ける。
「ハンティングには一応、クロスボウというものを使うのですよ」
「ああ、クロスボウね、あれだと狙いが付けやすいもんね」
「ご存じですか?」
「まあね、短矢固定式の弓だろ?」
「そうです」
「そのクロスボウを持ってハインリッヒともう一人の部下と森林深く入っていくと、木々の隙間にとても立派な牡鹿を見留めたのです。森の王といった雰囲気の牡鹿でした」
そこまで話したカエルは躊躇いがちになる。
「私は音を立てないように気を付けながらクロスボウを構え、鹿の首を狙って矢を放ちました。私の腕が良かったのか矢は見事に牡鹿の首に命中し、牡鹿はその場に倒れ伏しました」
「へえ、意外と良い腕なんだね……」
「しかし……」
カエルは急に怯えはじめ、続きを話すのを何度も躊躇う。
「……た、倒れ伏した牡鹿は急に光を放ち始め、姿を変えました」
「倒れた牡鹿が姿を変えた? それ、どういうことだい?」
祖母ちゃんは問い掛ける。
「牡鹿は、人の形に姿を変えました。黒くぼろいフード付きのマントのような物を身に纏った魔女のような姿にです」
「魔女?」
「ええ、そして、その者はこう言いました。我が名はフレン・コシチェイだと。そして、お前の射殺した牡鹿は森の王だ。お前はやってはいけない事をした。そして、無暗に生き物を殺害する行為は良くない事だ。愚かなお前には罰を与える。いや、呪いを掛けよう……と」
「呪いかい…… 恐ろしい話だね……」
「お前には全ての生き物に尊い命がある事を知らしめよう…… そう言うと魔女は手に持つ杖を私に向けてきました。そして、お前はカエルになるのだ。これからの人生はカエルになって深く反省し生きていくが良いと言いながら杖を振るってきたのです…… 嗚呼……」
カエルは天を仰ぐ。
「黒い霧ののような物がぶわっと広がり私を包み込みました。霧が晴れると、私の姿は……」
「……カエルになってしまったと言うのかい」
「は、はい」
「救いがない話だね」
横で聞いていた僕はカエルに質問する。
「あ、あの、その呪いの解き方とかは教えてくれなかったんですか?」
「魔女は去り際に、一応、呪いは真実のキスで解くことが出来る。心から好きになった人に心から好きになってもらい、その者とキスをするのだ。だか、いまのそのお前の姿では望むべくもないがな…… と言い残していったのです」
「なるほどね…… で、どうして、あんたはこの隣の国に居るんだい? その真実のキスとやらは自分の国にいた方が可能性があったんじゃないか?」
祖母ちゃんは素朴な疑問を呈する。
「実は、私には結婚の約束をした人がいるんです。昔、この国の王女が私の国に遊びに来た時に、毬を城の池に落としてしまった事があって、それを私が取ってきてやったら、その王女が私と結婚したいと言い出したのです。その時に結婚の約束をしたのです。なんでその王女に会いにこの国までやってきたという訳です」
すると祖母ちゃんはカエルに指摘した。
「あんた、それ何歳頃の話だい?」
「確か…… 六年程前だから…… 十歳くらいですかね?」
「馬鹿だね、そんな約束を本気で信じてるのかい?」
「えっ、だって……」
「王女がそんな約束覚えてるかわからないし、今の薄汚いカエルのあんたがその王女とキス出来るとおもってんのかい?」
祖母ちゃんの言葉を聞いたカエルは表情を曇らせた。
「そもそもお付きの者や忠実な家来ハインリッヒとやらはどうしたんだい? そいつらが居なきゃ王子だって信じてすらもらえないよ」
「実は途中ではぐれて……」
「逸れた?」
「ええ、自国の国境を越えた辺りで獣に襲われた際に全員の姿が見えなくなってしまってね……」
祖母ちゃんはまた大きく息を吐いた。
「一度整理すると、ハインリッヒや部下はあんたがカエルになったことを知っているんだね?」
「ええ、木々の隙間から私が魔法を掛けられた瞬間を目撃したと言っていました。その後もカエルの姿で色々相談したりもしてますから……」
「で、隣の国の王女との結婚の約束をしている事もハインリッヒは知っているのかい?」
「ええ、昔からその事を何度も話していましたからね」
「呪いを解くためにこの国の王女に会うというのは、あんたの考えかい? ハインリッヒの促しかい?」
「……ハインリッヒの促しです……」
「因みに、その魔法に掛けられこの国にやってきて、国境を越えた辺りで襲われたってのは、一年前位の話なんだね?」
「ええ、それから私は何とか苦労して一人でこの国に辿り着いたのですが、お金もないし、警備兵に阻止されて城にも入れず、困窮していたという訳です」
「一年ぐらい前ねえ…… 一年も経過しているのに誰も迎えにも来なければ、探しにもこない……」
祖母ちゃんは蜜酒をグイッと飲み干すと更に大きく息を吐いた。僕にも祖母ちゃんの考えている事が伝わってくる。
「あんた、そのハインリッヒに嵌められたかもしれないね……」
残念そうに祖母ちゃんは言及する。