act9 蝙蝠の王
その王らしき存在は狼のような顔をしていた。口は大きく耳は兎のように縦に長い。そして顔全体から肩口まで短い黒い毛で覆われていた。そこだけ見れば耳が大きな狼の獣人のようなのだが、背中にはビロードのような短い毛で覆われたマントのような翼が生えていた。その翼は鳥の物ではなく、蝙蝠の物のようだった。
そうだ。飛鼠王は大蝙蝠と人間を掛け合わせたような姿をしているのだ。なにか不思議な格好の良さがあった。
「久しぶりね、飛鼠王、ちょっとお話をしにやってきたのよ」
ハルシェシスは馴れ馴れしい感じで声を上げる。
ハルシェシスはおネエ言葉とはいえ隼頭の筋肉隆々の鳥人だ。そんなハルシェシスと飛鼠王が相対して話をしているのを見ると天使と悪魔が会談を行っているように思えてならない。
馴れ馴れしい言い方に飛鼠王の両脇に控える翼竜みたいな者達は怪訝な表情を浮かべる。
「ほうほうほう、久しぶりですねえ、何の御用でしょうか? ハルシェシスさん」
そんな控えの者達を制しながら、飛鼠王が丁寧ながら気取った嫌らしい言い方をしてくる。そしてチラリと僕等の方を一瞥する。
「ところで、そちらの方々はどなたなのでしょうか?」
「ああ、昔の顔馴染みなのよ。旅をしているんだけど、旅の途中でアタシの所に立ち寄ってくれてね……」
「ほう、冒険者ですか、普通の人間二人と妖精族さんですか……」
観察するように僕等を見る。
「話を逸らさせてしまい失礼しました。で、一度聞きましたが、私に何の御用でしょうか?」
改まって質問してくる。
「え~と、昔馴染みのアンナ、そこのいる赤毛の奴なんだけど、このニダヴェリールに到着した所で、鳥の国と獣の国が戦争を起こしそうだという話を耳にして、アタシの所に大丈夫なのかと聞きに来たって次第なの。もし本当に戦争になりそうなら止めた方が良いと提言してきたんで、飛鼠王の所にも寄って話を聞きに来たって感じ」
ハルシェシスは開けっ広げに説明する。
「ふふふふ、その裏表がない所は相変わらずですねハルシェシスさん、私はそんな貴方をとても気に入っていますよ」
「うん、気に入ってくれてありがとう」
ねっとりとした話しかけに、ハルシェシスは軽く切り返す。
「私の方でも、フゥル国とディール国との戦争の噂は聞いています。しかし今後どうなっていくかはよく解りませんねえ、こちらにも何の話も来ておりませんが……」
「そうなの?」
「ええ、どちらの国からも特に何の話もありませんねえ~」
飛鼠王は首を横に振り、解らないという顔をする。
「なるほどね…… まだそこまでの段階に至っていないって事かしら」
ハルシェシスは首を傾げる。
「ただ、我がミッテン国は独立国ながら、獣の国の傘下に入っています。鳥の国側の人間であるハルシェシスさんには申し訳ありませんが、戦争になったら獣の国側で戦う事になるでしょう。その際は申し訳ありませんがね……」
そうか…… ミッテン国というのは獣の国側なのか。
僕はそれを聞いて大凡の情勢を知る。
「アタシは、別にどっちでも良いんだけど、戦争は治安が乱れて暮らし難くなるからね、出来れば飛鼠王には中立でいて戦争には参加しないで欲しいけど……」
「そう上手く行けば良いのですがね、私も戦争は嫌ですから……」
飛鼠王は不敵に笑う。
「まあ、兎に角、お話を聞けて良かったわ」
「どう致しましてです」
「アタシ、また遊びに来ても大丈夫かしら?」
ハルシェシスは冗談ぽく問い掛ける。
「ええ、勿論です。お待ちしておりますよ、ハルシェシスさん」
そんな二人の問答を祖母ちゃんを含め僕等は静かに聞いていた。
そうして会談を終えた僕等は巨大蟻塚のような岩の城から出た。
岩の穴の中は涼しかったが、外にでると乾燥した熱い空気が肌に当たる。
「あの、飛鼠王という男は食えないね、あんたと違って裏表がかなりありそうだったよ……」
祖母ちゃんが手のひらで太陽を遮りながら呟く。
「そうかしら? アタシとしては別にそう感じてなかったけど」
それを聞いた祖母ちゃんは軽く微笑む。
「ハルシェシスは素直な性格だよね、ただ裏をみないと簡単に騙されるよ、仮に騙されなかったとしても、騙された時の心の準備をしておく必要があるんだよ」
「ふ~ん、よくわかんないわね」
「ハルシェシス、あんたは戦闘力はピカ一なんだけど、そこら辺がちょっと残念ね」
ふうと息を吐きながら祖母ちゃんは言及する。
「ところで話は変わるけど、フゥル国とミッテン国とディール国の戦力的なバランスはどんな感じなのかな? 例えば全部を10だとするとフゥル国が4とかそんな感じなんだけど」
祖母ちゃんが問い掛ける。
「そうね、フゥル国は3.5、ミッテン国は1.5、ディール国は5.5位かしら?」
「あ、あんた、それじゃ10を超えちゃってるでしょ!」
祖母ちゃんは顔を顰める。
「あら~ やだだ~ 間違っちゃったわ、恥ずかしい!」
筋肉質の鳥人がもじもじと恥ずかしそうにクネる。
そこら辺が雑頭なのか、単純なのか、確かに裏表は全然感じられない。
「とにかくそんな印象なんだね、とするとミッテン国の動向次第で戦局が随分と変わってくるって事だね……」
「まあ、戦争はそれだけじゃないけどな」
ペーターが付け加える。
「まあね、そうしたら、今度はディール国だ。ディール国の方ではどういう動きや考えになっているか見に行こうじゃないか」
「了解だ」
ペーターが答え、僕とハルシェシスは横で頷いた。




