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アンデルセン ログ 異世界見聞録  作者: Y・セイ
♠Episodeー two ラプンツェルと魔女
37/97

act13  終幕  ラプンツェルの気持ち

「マ、マジか! コ、コールガ様が石になっちまった! そ、そんな馬鹿な!」


 鴉のフギンは動揺した様子で叫び声を上げる。


「ハンス! あいつを逃がしちゃ駄目だよ! 後々厄介そうだ」


「う、うん!」


 僕はクロスボウを構え矢を放つ。


「おっと、危ない!」


 フギンはヒョイと矢を躱す。


「しかしながら、参ったね、コールガ様があの状態じゃ、もう、どうにもならん、吾輩は引かせて頂くよ、じゃあ、諸君、さようなら!」


 そう言いながらフギンは上空へ上空へとと飛び立っていく。


 僕は何度も矢を放つが当たらず、そのうち矢の当たる距離から離れてしまった。


「く、くそっ!」


「オレが追いかけようか?」


 梟の姿のユリシスが問い掛けてくる。


「いや、止めときな、あいつの方が飛ぶのが速そうだし、無理はしなくていいよ……」


 そう言って祖母ちゃんはユリシスを制止する。


 そんな僕等の近くで、石と化した九頭竜の前にラプンツェルが立ち竦んでいた。

 

「お、お母さん……」


 色々あった。色々知った。それでもラプンツェルは魔女を母親だと思う気持ちがあるのか、心配そうな視線を石像に向けていた。そんなラプンツェルに祖母ちゃんが声を掛ける。


「ラプンツェル、安心しな、彼女は死んではいないよ、封印して石に変わっている状態なだけなんだ……」


「封印? 石になっている?」


「ああ、封じて活動停止状態になっているだけだ。解除魔法を使えばすぐに元に戻るだろう」


 改まって祖母ちゃんはラプンツェルを見据える。


「だけどラプンツェル、あんたは、とにかく、コールガの監視のない中、しばらく外の世界を知り、そして、色々体験してみるべきだと思うよ、本当の両親に会ってみたり、ユリシスと一緒に過ごしたりしてさ」


「そ、そうだぜ、ラプンツェル! オレが、オレが色々案内するよ」


 梟姿のユリシスは熱く語りかける。


「ユ、ユリシス、あんたには、まだハンデがあるんだから簡単にそういう事を言いなさんな!」


 祖母ちゃんは眉を顰める。


「わ、解ったよ……」


 そんなユリシスが改まって問い掛けてくる。


「なあ、アンナ、ところでオレに掛けられた魔法って奴は、いつ頃に解けるんだい?」


 祖母ちゃんは躊躇いがちに説明する。


「済まないねユリシス、コールガを封印するのが精一杯だった。封印だけじゃ呪いは解けないんだ。残念だけどそのままになっちまうよ。申し訳ないけど……」


「そ、そっか…… そうなのか…… 残念だな……」


 ユリシスは肩を落とす。


 とはいえ、ユリシスの呪いを解くためには、コールガを倒す必要があり、コールガを倒すには、恐らくラプンツェルを殺す必要もあっただろう。


 それは、ユリシスにとっても僕達にとっても望むべき結末ではないはずだ。これが精一杯な結果なんだと僕は思う。


「ラプンツェル、これだけは本当に覚えておいて欲しいんだけど、コールガを元に戻したら、あんたの生活もまた前の状態に戻るだろう。この塔に住み、この塔から出られず、老人になるまで恋愛もせずに過ごす事になるだろうね。その辺りを考えながら過ごすといい。そして、そこら辺をよく考えてからコールガを元の姿に戻すべきかを判断して欲しいかな……」


 ラプンツェルは真剣な表情で聞いている。


「……わかりました。色々よく考えてみます。そして、知らなかった世界を知ろうと思います。本当の親の事や、この塔以外の世界の生活についても……」


「そうしてみてくれよ」


 それを聞いた祖母ちゃんは軽く笑う。



 その後、僕等三人とラプンツェルとユリシスで、大森林地帯にある僕等が最初に立ち寄った下流の村へと戻った。


 一種異様な雰囲気の館も、その隣でラプンツェルを一生懸命に育てている夫婦も、前に立ち寄った時と変わりはなかった。


「あ、あの、済みません……」


 祖母ちゃんの促しでラプンツェルが声を掛ける。


 老夫婦は此方に視線を向けた。僕等の姿を見留めた二人は改まりラプンツェルを見た。


「あっ! ま、まさか!」


 二人は慌てた様子で駆け寄って来る。


「あ、あの、こんにちは」


 ラプンツェルは緊張した様子で頭を下げる。


「あああああっ、お前が、私達の娘なのかい?」


 奥さんの方が震える声で問い掛ける。


「え、ええ、多分……」


 ラプンツェルは戸惑いながら答える。


「ああ、会いたかった! 本当に会いたかった。こんなに大きくなって!」


 二人は包み込むようにラプンツェルを抱きしめた。


 改めてよくみると、ラプンツェルには二人の老夫婦の面影があった。


「こめんよ……」


「こめんなさい、お前を手放すような事になってしまって、本当に申し訳なかった。申し訳なかったよ」


 二人は涙を滴らせる。


「あなた達が、私の本当のお母さん、そして、お父さんなのでしょうか?」


「うん、うん、そうだ。私達だ。私達がそうだよ」


 老夫婦は必死に訴える。


「魔女との約束で私達は子供を奪われてしまったんだが、本当に後悔していたんだ。後悔しない日は一日もなかったんだ。本当に申し訳なかったよ」


 老夫婦は涙を拭いながら謝罪をしてくる。


 そんな再開の場面の最中、改まり祖母ちゃんが声を掛けた。


「時間が随分と経過してしまったから、もう赤子は成人になってしまったね、でも再会できて良かったじゃないか」


「ええ、ええ、ありがとうございます。本当に会えて良かったです。私達はこの子にとにかく謝りたかった。手放したことは不本意だった事を伝えたかった。そして、無事に成長している事を確認できて本当に良かった。本当にありがとうございます」


 老夫婦は涙を流しながら伝えてくる。 


 祖母ちゃんふうと一呼吸おいてから問い掛ける。


「さてと、お前さん達は長年の希望や願いであった子供との再会を果たした訳だ。これからお前さんたちは、どうしたいと考えているんだい?」


 祖母ちゃんの問い掛けに、老夫婦は躊躇いがちに発言する。


「わ、私達は出来れば娘と一緒に暮したいと思っているけど、逆にお前はどうしたいんだい? 魔女と一緒の方が良いのかい? 私達はお前の気持ちを尊重するよ」


 老夫婦は答える。


「わ、私は、ずっと狭い世界で暮らしてきました。今は只、広い世界がどうなっているのかを知りたいと思っています……」


「そうかい、そうかい、もう大人だ、好きにするがいい、ただ此処にも寄っておくれ、偶には顔をみせておくれ、私達はお前の親なんだから、それと此処にはいつでも帰って来て良いからね、此処はお前の家なんだからね」


 二人は愛おしそうに優しそうに微笑む。


 それを聞いた祖母ちゃんはうんうん頷いている。


「ラプンツェル、良いかい本当の親ってもんの反応はこういうものだよ、子供の幸せを一番に望むものだ。コールガのようにずっと塔に閉じ込めたりはしないんだよ」


「……はい、はい、解りました。ほ、本当によく解りました……」


 ラプンツェルは涙を流しながら答えた。


「ああ、名前はラプンツェルって名付けられたんだね、私達もそう呼んで良いかい?」


 老夫婦は躊躇いがちに聞いてくる。


「ええ、ええ……」


 ラプンツェルは涙ながらに頷いた。



 そうして、無事に両親と再会を果たしたラプンツェルだったが、しばらく僕等と一緒に旅をする事になった。


 勿論、ユリシスも一緒だ。ただ旅といっても大森林地帯内の国内旅行だ。とはいえ酒場で酒を飲んで盛り上がったり、巨大な滝を見に行ったり、遺跡を見に行ったり、ユリシスが暮らしていた樹穴に泊まったり、そんな事を一緒にしたのだ。


 そんな旅をしている間に、コールガの魔法の影響が薄らいできたのか、はたまた、二人の間に愛が芽生え、真実の愛のキスをした為なのか、ユリシスの目は次第に見えるようになっていった。夜に梟の姿になってしまうのは前と変わらないけど、目が見えるようになったのは大分大きい。また、大森林に関しても、どういう事なのか少しづつ後退していき、元のヴィラーム王国が存在していた頃のような姿へと戻りつつあった。当時は、僕等もユリシスも、他の誰も気が付いていなかったが、コールガ・コシチェイがヴィラーム王国を飲み込んだ大森林化に関係があったようだ。封印され徐々に呪いが薄らいできたのか平野や平原が広がっていった。


「アンナ、色々ありがとう。これからはオレとラプンツェルの二人でヴィラーム王国を再興させようと思うんだ」


「アンナさん、ハンスさん、ペーターさん、ありがとうございます。お陰で世の中の色々な事を知ることが出来ました。私もユリシスと一緒に国の再興を手伝いたいと思います」


 旅も終わりに差し掛かった頃、二人は揃って僕等に報告をしてきた。


 もうラプンツェルは塔に戻る事も、コールガを元の状態に戻す事も考えていないようだった。


「二人で頑張るのかい?」


「ああ、頑張ってみようと思う」


 ユリシスは強く返事をする。横ではラプンツェルが微笑み頷いていた。


「ただ、これだけは忘れちゃいけないよ、コールガは死んではいないという事だ。コールガが復活したら色々大変な事が起こるだろう…… 恐らく再びヴィラーム王国の大森林化も起こるだろうし、ラプンツェルの拘束も間違いなくするだろうね……」


「ああ、それは、解っているよ」


 真剣な顔でユリシスは頷く。


「まあ、あたし達はもう一度塔の場所に戻って、石になっているコールガの周りに結界を張っておこうと思うけど、あの付近は王国が復活したら立ち入り禁止にしておく方が良いかもしれないよ、もしあれだったら神殿か何かを作って祀っても良いかもしれないね……」


「了解だ。参考にしておくよ、アンナ、改めてだけど本当に色々ありがとう。アンナ、ハンス、ペーターには感謝してもしきれない程だ」


「どう致しましてだよ、まあ、今度この国に寄ったら褒美をたんまり貰うからね」


「ああ、準備しておくよ」


 ユリシスはちょっと嬉しそうに答える。また立ち寄るという言葉を聞けたのが嬉しいのかもしれない。


「よろしく頼むよ」


 祖母ちゃんは軽く笑う。


 そうして僕達は、ヴィラーム王国の復興とラプンツェルの自由を見届け、この大森林地帯を後にする事となった。王国の民衆に見送られ僕等はヴィラーム王国を後にする。


 僕は国境の山の上に至りヴィラーム王国の全容を見渡した所で、ふと心配に思う気持ちが浮かんできた。


「……でもさ、コールガの封印が偶然とかで解けたら怖いよね……」


「まあ一応、定期的にチェックにくるよ、おっかないからね……」


「そうだね」


 僕は深い森が広がる大森林地帯を見詰めながら呟いた。




 了

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