act7 塔の中のラプンツェル
「な、なあ、ラプンツェル! オレだ、ユリシスだ。君の長い髪の毛を下ろしてくれないか?」
ユリシスは塔の下で呼びかける。
「えっ、ユリシス様?」
中にいたラプンツェルは慌てた様子で窓から顔を出した。
「ああ、オレだ。会いたい、君に会いたくて此処にきたんだ」
「わ、解ったわ……」
すぐに塔の上からするすると長い髪の毛が下りて来る。
ユリシスは手探りで髪の毛を手に取ると、その髪の毛に自分の腕をグルグル巻きにして絡ませる。
「準備が出来た。ラプンツェル、上げてくれ」
直ぐに髪の毛が引っ張られ、ユリシスの体が持ち上がっていく。
ユリシスが上に辿り着いたかと思ったら、すぐに髪の毛がするすると同じように下に降りてきた。
「えっと、じゃあ、次は祖母ちゃん行く?」
「あたしは飛べるから結構だよ」
「そうか飛べるのか、じゃあ僕も一緒に……」
「いや、あたしは自分位しか浮かせられないんだけど……」
何だよと思いながらペーターに声を掛ける。
「じ、じゃあ、ペーター行く?」
「俺も飛べるから大丈夫だぞ……」
「大丈夫なのかよ!」
僕は降りてきている髪の毛に腕を絡ませしっかり掴む。
「準備が出来ました! ラプンツェルさん、お願いします!」
髪の毛が引っ張られ僕の体は上へ上へと引き上げられていく。横ではふわりと浮かび上がった祖母ちゃんとペーターが僕を追い越していった。
上に到着すると、ひしっと抱きしめ合う男女の姿があった。間近で見るラプンツェルはアーリア人風な美しい顔立ちと豪奢な金髪が相まって神々しい程に美しい女性だった。
「ああ、ラプンツェル、会いたかった。オレは君に会いたかったよ」
「私もです。ユリシス様! ああっ」
手探り状態でいたユリシスの異変に気が付いたのかラプンツェルはハッとした表情をする。
「えっ、ユリシス様、どうされたのですか? ま、まさか! 目が?」
「ああ、目が見えないんだ、それで、しばらく君に会いに来れなくなってしまって……」
「一体どうして?」
そんなラプンツェルの問い掛けにユリシスは改まって言及する。
「……ラプンツェル、いいかい、オレは君に話さなければいけない事があるんだ……」
「は、話ですか?」
ラプンツェルは首を傾げる。
「ああ、これからオレが色々な話をする。その話は、恐らく君がとてもショックを受ける話だと思う。そして、信じられない場合は信じなくてもいい。だけど、最後まで聞いて欲しいんだ。とにかくオレが言いたいのは、君はこれから色々自分で判断や決断して生きていくべきだと思うという事だ。誰かの指図や方針ではなく自分の人生は自分で選んで生きていくべきだと……」
「え、ええ」
ラプンツェルは困惑した様子で頷いた。
「まず、オレの目を見えなくしたのは、君と一緒に住んでいる魔法使いだ。前回、此処へ来た帰りに見付かってしまって、二度と忍び込むことが出来ない様に、目が見えなく、そして、夜は梟の姿になるように、魔法を掛けられてしまったんだ」
「えっ、お母さんがユリシス様にそんな事を?」
それを聞いたユリシスは笑う。
「ああ、二度と会いに来るなと言われたよ」
「…………」
「次に、君がお母さんと呼んでいる。あの魔法使いなんだけど、改めて聞くけど、君は…… 君は本当にお母さんだと思っているのかい?」
「えっ」
ラプンツェルは困惑した表情をする。
「君の髪の色は金髪だ。でも、あの魔法使いの髪の色は黒だ。それに親子にしては似てない気がするんだが、君はどう思う?」
「…………」
ラプンツェルは声を詰まらせる。
「一応だが、オレと一緒に此処に来ている三人なんだけど、下流の村で魔法使いに子供を奪われたという老夫婦に出会ったらしいんだ。その老夫婦は隣の家に住んでいる魔法使いの家に生えていたラプンッエルという植物を食べてしまって、魔法使いからお詫びとして子供を差し出すように求められていたらしいんだ。二人は子供を渡してしまったが深く後悔して、ラプンッエルという植物を沢山献上して、子供を取り返す為に一生懸命栽培していたらしいんだ……」
「子供を奪われた老夫婦? ラプンツェルという植物……」
「ああ、その老夫婦から子供を奪った魔法使いは名前がコールガというらしい……」
ラプンツェルは口に手を当てあっという表情をする。ユリシスは一回呼吸を整えた。
「で、ここに住んでいるあの魔法使いも、オレに魔法を掛けるときに名乗っていたが、コールガ・コシチェイという名前だと言っていた……」
「ええ、確かに、お母さんはコールガという名前です。そして、私はラプンツェル・コシチェイ……」
えっ、……ラ、ラプンツェル・コシチェイだって…… ラプンツェルさんにもコシチェイという名前が付いているのか……。
会話を聞いてた僕の中に微かに不安な気持ちが沸き上がる。
いずれにしても、改まってユリシスは言及する。
「オレはこれまでの情報を整理して考えたのだが、君はコールガという魔法使いに赤ん坊の頃に奪われた存在であり。君の本当のご両親は下流の村の老夫婦であり。君はコールガという魔法使いが母親だと思い込まされ育てられたと……。そして、外の世界を知ることなく閉じ込められ、恋愛も結婚も自由も許可されることなく生きてきたのではないかと……」
「お、お母さんは、私の本当のお母さんではない? それだけではなくお母さんが本当の両親から私を奪った? そ、そんな事は……」
ラプンツェルは頭を抱え込む。顔色は真っ青になっている。
「でも、なんで……」
「そうだ、オレも何で奪うような事をしたのか? 何で君を育てたのか? 何で外の世界と触れない様に閉じ込めていたのかが理解できない。でも、状況を考えるとそう思わざるを得ないんだよ……」
「そんな、そんな…… そんな……」
ラプンツェルの動揺は半端ではない。
「ただ、ラプンツェル、過去に囚われてはいけないよ。過去は反省する事はできても、もう変えられないんだ。それを教訓にいかに良い未来を選択する事が重要なんだ。だから、君はもう大人の女性になったのだし、自分の意志で自由に行動し、自分の意志で自由に恋愛をし、自分の意志で結婚するべきだと思うんだ。例えばこれから僕等が君をこの塔から連れ出すのはしてはいけない行動になるかもしれないけど、君が自分の意志でこの塔から旅立つのは自立するという意味で良い経験になるかもしれない」
「旅立つ?」
「ああ、君は閉じ込められていた塔から出て、自分が思うまま自由に生きていくべきなんだよ!」
そこまで言ってからユリシスはちょっと躊躇う。
「ただ、オレは別に誘導している訳じゃない、だけど君がこの塔の外の世界で生きていくなら手助けがしたい。助けてあげたいんだ。とにかくこの塔を出てみないか? 外の世界に踏み出してみないか? 外の世界は自由で凄く刺激的で面白いんだよ」
ユリシスは熱く訴える。
「ラプンツェルさんや、ユリシスを庇う訳じゃないけど、本当に外の世界は自由で無限の可能性が広がっているんだよ、嬉しい、楽しい、時には悲しいもあるけど、幸せを感じる時が沢山あるんだよ……」
祖母ちゃんも横で声を上げる。
「外の世界…… 自由な世界……」
「ああ、オレと一緒に踏み出さないか!」
ユリシスは手を差し伸べる。ラプンツェルは真剣に何かを考え込んでいる。
外の世界に対する興味なのか、はたまたコールガという母親に対する猜疑心なのか……。
「……わ、解りました」
ラプンツェルは何かを決したような表情で顔を上げた。
「私はこの塔から出てみようと思います」
「本当かい! ラプンツェル!」
「ええ、私は決めました……」
意を決した様子でラプンツェルは訴える。
「ああ、外の世界が素晴らしいって事を、オレが君に教えてやるよ」
「宜しくお願いします」
戸惑いの様子をみせるも、ラプンツェルはハッキリと言及する。
そうして、僕等はラプンツェルを伴って塔を降りる事になった。
僕とユリシスは、ラプンツェルの髪につかまり塔を降り、ラプンツェルは祖母ちゃんに掴まり魔法で塔を降りて行った。降りるときは二人でも大丈夫らしい。




