act3 森の酒場とグリム兄弟
そうして、僕達は老夫婦の子供を探す旅に出る事になった。ただこの村に着いたばかりである。しばらくはゆっくり宿で休んで体制を整えてから数日後に出発する事になった。
で、また例の如く酒場で情報収集だ。
そのコールガ・コシチェイの所在は恐らく得られないとは思うが、そもそも、この国の全容がよく解っていない。地理的な事や、誰が統治者なのか? そんな所を知るだけでも大分違うのだ。
そんなこんなで、酒場に訪れると、こじんまりとした店構えで、五人程座れるカウンターテーブルしかなく、客は居らず、女店主がいるだけだった。
「あら、いらっしゃい、冒険者さん達ね」
その女店主は若くとても可愛らしい感じだった。
「さてと、何を飲みます?」
「そうだね、蜜酒でも貰おうかな、三つお願い、食事はお勧めを適当に……」
「ば、祖母ちゃん、またお酒なの? 僕はまだ未成年だよ」
何だかこの世界に来てからそこら辺の垣根が崩れているような気がする。
「ほら、ペーターだって未成年かもしれないよ」
そう言ってペーターを見ると肯定なのか否定なのか顔を横に振っている。
「俺は年齢不詳だ。そして、酒は偶に飲むぞ」
「そ、そうなんだ……」
残念ながら同意は得られなかった。
「とにかく三つ頂戴」
僕の分まで自分が飲むつもりかもしれない。
「蜜酒三つと食事はお勧めをですね、畏まりました」
女店主が準備をしている所で、祖母ちゃんは色々と質問をし始める。
「ちょっと聞きたいんだけど、この国というかこの地域に入ってから森ばっかりなんだけど、平野とか平原とか盆地とかはどの辺りにあるんだろうね?」
女店主は軽く微笑む。
「いえ、平野とか盆地とか平原はありませんよ、この地域は北にある大山脈に雲が当たる事で雨が多く、気候も温暖なので樹木の成長がとても盛んで、大森林地帯となっているんですよ」
「大森林地帯ねえ、で、どの位の規模の大森林地帯なんだい?」
「そうですね、一つの国がすっぽり収まる位の広大な大森林ですよ」
そんなに大きいのか。
「一つの国が収まる程の大森林となると、一応、国は国なんだろ? 此処は何という名前の国なんだい?」
「国の名前ですか……」
そう呟きながら、女店主は酒を僕等にそれぞれ配り提供してくる。
「そうですね…… 昔は国の名前とか王都みたいなのもあったみたいですけど、今は国としての纏まりみたいなのは正直ないですね、種族とか小領主がそれぞれの範囲を収めているような感じで……」
「じゃあ、国ではないと言うのかい?」
女店主は少し考える。
「ええ、国と呼べるものではないと思います。開けた土地がある訳ではないし、木々を伐採してもすくに森に飲み込まれてしまう。大森林地帯という名前が一番適当だと思いますね」
「成程ね」
女店主は酒の後にお勧めのシチュー料理とパンを出してきてくれた。肉や野菜が沢山入った物だ。
「じゃあさ、昔にあったというその王都は大森林のどこら辺だったんだい? そこら辺はあんた知っているかい?」
祖母ちゃんの質問に、女店主は顎に手を添えて考えこむ。
「嘗ての王都の場所ですか…… え~と、この村の傍に川が流れていますよね、その川をどんどん上流に遡って行った先にあるような話を聞いたことがありますけど……」
「成程、上流なんだね」
「ただ、川は上流から幾筋にも枝分かれをしています。間違えない様に進んだ方が宜しいかと……」
「そうか、上流になるほど川は細くなって見失いやすい訳だね」
「そういう事です」
僕等はシチューに手を付ける。蜜酒で味付けしてあるのかとても美味しい。添えられていたパンもシチューに付けて美味しく頂く。
「ところで、昔あった王国というのはどうして無くなってしまったんだい? そこら辺は知っているかい?」
「いえ、生憎ですが、私はそこまでは存じ上げていませんね……」
女店主は顔を横に振る。
「そうか、残念だね……」
「余り情報通ではないのでお力にならなくて……」
「いや、色々聞けてとても参考になったよ」
祖母ちゃんは礼を述べる。
そんなこんな料理を酒を嗜んだあと、僕等は店を後にした。
翌日や翌々日は道具屋で薬関係や、地図なんかを買い求め、そこから僕等は昔に王都があった場所を探す旅に出発した。村の傍を流れる小川沿いに進み上流を目指す。全てが森のような場所だから、時々魔獣も出現する。それを倒し魔宝石をゲットしながら進んで行く。
生命にとって水は命の源である。そんな事も関係があるのか、小川沿いを辿って行くと、最初に立ち寄った所と同じように村が沢山あった。僕等はそういった村に立ち寄っては更なる情報を集めていった。
そんなこんな、とある村に立ち寄った際、いつものように酒場で飯を食べながら情報収集をしていたところ、端っこの方で変な歌を唄っている二人組を発見した。
「今日もメルヒェン♪ 明日もメルヒェン♪ 明後日は不思議な体験をし♪ 一週間後には巨人と戦う♪ ヒャッホウ! ヒャッホウ!」
酒が入っているのか、その二人組は恐ろしく陽気な感じだった。
年齢は若そうで、髪は天然パーマ―を七三位の割合で分けている。
面白いことにその二人はそっくりなのだが、髪の七三の分け目が右と左と違っていて、まるで鏡に写したかのようだった。双子か?
歌の最後の方のフレーズの、一週間後には巨人と戦う♪ という部分が気になったのか、祖母ちゃんはその二人に声を掛けた。
「ねえ、あんた達、随分と楽し気で陽気だね、一緒に蜜酒でも飲まないかい?」
「おっ、良いねえ、奢ってくれるのかい?」
「ああ、折角知り合ったんだ。お近づきに印に奢るよ」
「いやったあああああ! ヤーコブ、この大変綺麗な女性がご馳走してくれるみたいだよ!」
「おうおう、素敵だね、ヴィルヘルム! ヒャッホウ!」
二人組は大変な喜びようだ。
「ふふふ、綺麗な女性だって…… あっ、済まないね、この二人に蜜酒を二つ追加を頼むよ! 支払いはあたしに付けといて」
傍を通った店員に祖母ちゃんは注文を掛けていく。
「えーと、あたし達は、アンナ・アンデルセンと、ハンス・アンデルセン、そして、彼はペーターポーンだ。宜しくね」
「俺達はヤーコブ・グリムとヴィルヘルム・グリムだ。宜しくな!」
僕等の自己紹介に続けて陽気な二人組が自己紹介をしてくる。
「おや、あんた達兄弟かい?」
「ああ、その通りさ、俺等は兄弟だよ、というかあんたらも姉弟かい?」
「えっ、いや、僕等は婆孫……ウゴッ!」
僕が答えかけた所で肘が鳩尾に入った。
「うん、あたし等は姉弟だよ!」
「ゴホゴホ、そ、そうなんだよ」
僕は強制的に嘘を付かされた。もう僕等の関係を知っているペーターが横で笑っている。
「で、あんた等、巨人と戦うとか歌っていたけど、戦ったことあるのかい?」
祖母ちゃんは直球で質問する。
「いや、無いよ、巨人と戦った猫の騎士の話を聞いたんで、その猫の事を歌っていたんだよ」
「巨人と戦った猫の騎士だって、それ中々興味深い話だね、その勇敢な猫さんは一体何処にいるんだい?」
「以前はイルミンスール大陸全域を旅していたみたいなんだけど、今は動物の国があるニダヴェリールに腰を落ち付けているらしいよ」
中々情報通な気配が伺える。
「おや? 君の服……」
ヤーコブの方が僕の服をじろじろ見てくる。
「そのボタン、その服の感じ…… 君は若しかして、下の世界から来たのかい?」
「えっ」
僕は戸惑う。
その件を指摘されるとは思ってもおらず、はたまた、その件を言ってしまって良いのかよく解らなかった。
「ふふふ、よく解ったね、というか、その事が解るって事は、若しかして、あんた達も下の世界から来たのかい?」
祖母ちゃんは隠すことなく逆に問い掛ける。
「ふふふ、実はそうなんだ。俺達はこのイルミンスール大陸を旅して、色々な見聞を深めているんだよ」
驚くべき事に、二人は僕等と同じ境遇だった。
「あたし等は実はデンマークのオーデンセからやって来たんだけど、あんた達は?」
「俺達はドイツからだよ、ヘッセンの方に住んでいたんだ」
こんな事があるなんて……。
確かにこの世界の人達の服は細い木の棒を布に縫い付けてボタンのように引っ掛ける物が多かった。僕のシャツのように明らかなボタンは無かった。しかしながら、そんな事で気が付かれるなんて思ってもみなかった。
「で、でも、君達は一体どうやってこの世界に来たの? 来るのは凄く難しいと思うんだけど?」
僕はその辺りが気になり質問する。
「俺達は、ドイツにいる時から不思議な事や不思議な世界にすごく興味を持っていたんだ。そんなこんなで常に不思議な事を探していた状態なんだけど、ある時、森で妖精に出会ったんだ。妖精は他人に名前を知られるのは良くない事らしいんだけど、その妖精は馬鹿な事に、自分の名前を歌詞に入れて歌を唄っていたんだ。その妖精はルンペルシュティルツキンという名前で、俺達に名前を知られて動揺していた……」
「へえ、下の世界にも妖精が出没するんだね」
「ああ、そんな僅かな目撃例が伝説として残るのさ」
「なるほどね」
「で、そのルンペルシュティルツキンは何でも一つ願いを叶えるから、自分の名前を忘れてくれと言ってきた……」
グリム兄弟は代わる代わる発言する。まるで一人と話しているかのような錯覚に陥る程に連携が取れている。
「それでね、その叶えてくれるという願いを僕等は不思議な世界に行ってみたいと答えたんだ。まるでメルヒェンのような世界に行きたいとね」
「そう、そうしたら……」
グリム兄弟は顔を見合わせる。
「異世界へと案内してくれる事になったんだよ、ふふふふふ」
「じゃあ、君たちは妖精が案内してくれてこの世界に来たって事なの?」
僕は問い掛ける。
「そう、ルンペルシュティルツキンが俺等を案内してくれて、大きな樹の樹穴に入っていったんだ。そして樹穴を抜けたら、この世界に入り込んでいたという訳なのさ」
「で、でもさ、何て言うか、君たちは、その、ルンペルシュティルツキンの名前を忘れていないよね?」
僕は浮かんだ疑問を問い掛ける。
「そう、忘れていなかったんだよ、でも、困ったことが起こってしまったんだよね」
「困った事?」
「この世界に着いたらルンペルシュティルツキンの姿が消えてしまったんだよ。そんなこんなで憧れの不思議な世界に来れたけど、引率者が消えて途方に暮れている状態なんだよ、ははははは」
困った事と言っているが、余り困っているようには見えない。
「まあ、折角、こんな魅力的な世界に来れたんだし、色々旅してみようという事になって現在に至るって所なのさ」
「なるほど」
「なるほどねえ」
僕も祖母ちゃんは揃って頷く。彼らは困っているどころか楽しんでいるらしい。
「ねえ、じゃあ、あんた達はこのイルミンスール大陸を色々旅しているって事だよね? ちょっと教えて欲しいんだけど、この大森林地帯に昔あった王国の事って知っている?」
祖母ちゃんが問い掛ける。
「ああ、知っているよ、ヴィラーム王国の事だろ」
「ヴィラーム王国っていう名前だったのかい、じゃあ、その王都があった場所がどの辺りか解るかい?」
そんな祖母ちゃんの問い掛けに。二人は少し考え込む。
「う~ん、確か、大森林の奥に巨大なテープルのような台地があるんだよ。その台地がこの大森林地帯に網の目のように流れる河川の源流であり、今は大森林に埋もれて解り辛くなっているけど、嘗てその大地の上にヴィラーム王国の王都があったらしい。俺等は台地の部分を見付けたけど、その上に登るのは大変そうだったから上がらなかったけどね」
「台地の上か…… 成程……」
祖母ちゃんは納得したような顔で頷く。川の上流という部分は飲み屋の女店主の言っていた事と共通している。
「じゃ、じゃあ、別の質問で申し訳ないけど、コシチェイっていう存在は知っているかい? 巨人族じゃないかな、というのは何となく解ったんだけど、なんか謎が多くてね」
「コシチェイか…… スラブ語のようだね、でも、僕等にはその位しか解らないね……」
二人は首を捻る。
「じゃあ、フレンとかコールガという名前はどうだい?」
「う~ん、それに関しては、恐らくラグナログを生き残った原初の巨人族じゃあないかなと思うけど」
顎に手を添えながらヴィルヘルムが答えてくれた。
「ラグナログを生き残った原初の巨人だって?」
「知っているかもしれないけど、今、巨人の国であるヨトゥンヘイムに住んでいるのは、嘗ての巨人族の末裔みたいな存在なんだよ、で、原初の巨人と言うのはラグナログ前から生きていて、今も生き続けている巨人たちの事だよ」
「な、なるほど……」
「でも、飽くまで恐らくの話だよ、確証は持てないからね」
その説明を聞いた祖母ちゃんは小さく何度も頷く。
「ありがとう、お陰さんで、凄く参考になったよ」
「どういたしまして」
二人は陽気そうに答える。
「それで、あんた達はこの後どっち方面に向かうんだい?」
「俺等は雪の氷の世界であるニヴルヘイムに行ってみようと思っているんだ。雪の王国の女王に会いに行ってみようとね」
「凄いね、本当に不思議な世界を堪能するつもりなんだね」
「ああ、全部見てからでないと、下の世界には帰れないよ、ははははは」
二人は楽しそうに笑う。
そんなこんな、グリム兄弟との語らいは夜半まで続き、そして僕達は宿屋へと引き返す。お陰様で色々な参考になる話を聞けた気がした。




