act15 コシチェイの館
「ここから先は本当に危険だ。決して油断するんじゃないよ」
祖母ちゃんの呼びかけに皆は静かに頷いた。そして僕等はコシチェイの住んでる館へ近づいた。
石の土台に古く黒ずんだ木で出来た大きな洋館だった。高さは三階建てだ。
そんな洋館の大扉を祖母ちゃんが徐にノックする。
「こんにちは、誰かいるかい?」
「ば、祖母ちゃんノックなんて態々しなくていいんじゃない?」
僕は指摘する。わざわざ呼びかける意味が解らない。
「いやいや、コシチェイはいろんな所で悪さを働いているみたいだけどさ、あたしたちに何かしたわけじゃないだろう。ノックをしないで勝手に入るのは失礼じゃないかい?」
「まあ、そうだけどさ……」
しかしながら、ノックをして声を掛けてしばらく待つも、誰からの返事もない。
「仕方がない、入るよ、いいかい? 扉はそっと開けるんだよ」
「わかった」
僕はドアノブに手を掛けてゆっくりと引っ張った。
そっと開けているにも関わらずギギギギギーギっと嫌な音が鳴り響く。
「ハ、ハンス!」
「だ、だって建付けが悪いんだよ!」
とにかく僕等はそっと建物内に入った。
玄関部に入ると三階部までの吹き抜けになっており、正面に二階に続く幅の広い大階段があった。立派な階段だった。二階は吹き抜けを囲むように回廊になっており、沢山の部屋があるのか幾つも扉が見えた。
とにかく古臭いがとても立派な館だった。
そんな風に立派な建物に目を奪われ観察していると、階段の上部に黒いフードを被り黒いローブを身に纏ったコシチェイらしき人が立っているのに気が付いた。その者は声を立てずにじっとこちらを見詰めている。置物かと思うぐらい動きはない。その薄気味悪い気配に僕は怖気が走るのを止められない。
「あっ、こ、こんにちわ……」
祖母ちゃんは躊躇い気味に声を掛ける。…
「……我が館に勝手に入り込んだ者がいる…… 勝手に入り込んで何をしている……」
静かだが響き渡るような声で黒い者が言及してくる。
「ちょっと用事があってね」
「……許可もなく入り込むとは許せん行為だ」
「い、いや、一応声掛けはしたんだよ、だけど返事がないから玄関まで入らせてもらったんだよ」
祖母ちゃんは気負うことなく飄々とした様子で話しかける。
「……用事? 一体、何の用事だ?」
「いや、実は、彼なんだけど……」
祖母ちゃんはミカエルを捕まえるとグイッと前面に連れ出す。
「彼、この国の王子様なんだけど、あんたに呪いを掛けられてカエルの姿に変えられちゃって困っているようなんだ。彼に掛けられた呪いを解いてあげて欲しくて此処までやってきたんだよ」
「フ、フフフフフフフ……」
黒き者は薄気味悪い笑いを響かした。
「確かにそんな呪いを掛けた者がいたな…… まだ生きていたとは……」
「呪いを解いてあげてもらえないかな?」
祖母ちゃんは謙りお願いをする。
「残念だがそれは出来ん、その者は禁忌を犯したのだ。その罰としてその姿になったのだから……」
「でも、本人は深く反省しているようだし、これまでに十分な罰を受けている。もう勘弁してあげたらどうだろうか?」
ミカエルも祖母ちゃんの横で深々と頭を下げる。
「……あ、あの時は大変申し訳ありませんでした。深い考えもないまま鹿を射ってしまって……」
「……ならん」
取り付く島もない感じで断られた祖母ちゃんは少し考え込む。
「因みに、その鹿狩りとやらはハインリッヒとやらが提案して、彼はその男に促されて連れてこられらしいんだ。そのハインリッピとやらは罪に問われないのかい?」
「……しらん」
「それって、不公平じゃないかな? 彼を許せないなら、ハインリッヒって奴にも罰を与えてよ」
「…………」
「あとね、ここに来る前に北の村で、魂を奪われたという老人に会ったんだよ、池に斧を落としてしまったら、池から女神が現れて金で出来た斧と普通の斧を並べてどっちが落とした斧だ? って問われたんだって、で、魅力に負けて金の斧を選んだら、嘘を付いたと魂を奪われちゃったと……」
祖母ちゃんは探るような視線をコシチェイに送る。
「その罰を与えたのも、あんただよね?」
「…………」
「金で出来た斧を奪い取ったのであれば、罪は重いかもしれない。だけど老人は虚偽の発言をしただけだ。それにしては魂を奪われるのって罪が重すぎやしないかい?」
「…………」
「その老人も深く反省しているようだし、もう老人だ。彼の魂も返してあげてもらえないだろうか?」
「…………ならん」
もう、ならん、しか言っていない。
「なんかさ、あんた、怪しいことを企んでいない? 老人の魂を奪った行為は恐らく実験か何かじゃないかと思うけど、王子をカエルに変えた行為は人間の王国を混乱させるものだ。事実、一つの王国が軍事国家に成り代わろうとしている。罰だとか言っているけど、あんたは、人間の世界……いや、ミズガルズを混沌とさせようとしているんじゃないかい? 本当は何が目的なんだい?」
「黙れ!」
「何も企んでないなら、彼を元に戻してあげてよ」
「黙れ!」
「ねえ、疚しいことがあるから声を荒げるんじゃない?」
「黙れ!」
「あんたカエルにフレン・コシチェイって名乗ったらしいわね」
「駄れ!」
「あたし、フレンっていう名前には聞き覚えがあるんだよ、確か巨人族の名前だよね?」
「黙れええええええええええっ!」
発狂したかのようにフレン・コシチェイは叫んだ。最初は気配なく佇んでいたのに、今は怒りと苛立ちの為か肩を小刻みに震わせる程になっている。
そんなコシチェイの状態が落ち着かない為か、コシチェイの陰に隠れていた使い魔のような動物が居心地が悪そうにチラチラと姿を見せる。
僕等は目を見開く。目的である魂の器を発見したからだ。
そして僕等はお互いに目配せした。作戦決行だ。
「ええい、黙れ! 駄れ! 駄れ! 駄れ! 駄れ! 駄れ! 二度と私に話しかけるな! 二度と私に質問するな! そうだ貴様、貴様もその小煩い口をきけなくしてやる! 貴様もカエルになるがいい!」
フレン・コシチェイは手に持っていた黒い杖を祖母ちゃんに向ける。
「むうううううん! 喰らえええええい!」
コシチェイの杖からは黒い霧が放出される。祖母ちゃんだけじゃなく僕等全員が包み込まれる程の霧だ。
「ふん、甘く見るんじゃないよ!」
祖母ちゃんは不敵に笑うと、僕らの眼前に光の壁のような物を作り上げた。そして、その光の壁は黒い霧をはじき返す。
「な、なに? 防御魔法だと!」
フレン・コシチェイは驚きの声を上げる。
「さてと、皆、一旦引くよ!」
そう言うと祖母ちゃんは逃げるように玄関部から外へと脱出する。僕等も慌ててそれに続いた。
「な、なに! 逃げる? 逃げるというのか! いや、逃がさん! 逃がさんぞ!」
コシチェイはふわりと浮かび上がりながら僕等を追ってくる。コシチェイの傍には着かず離れず黒いイタチのような生き物が付いて来ていた。
「館の前で戦うよ! いいね皆」
祖母ちゃんの声に皆は頷く。
館の外側は外とはいえ薄暗い。だが建物の中よりは明らかに戦いやすいだろう。建物の中はコシチェイの方が明らかに有利だ。




