act3 コルポックル族の村とシャルル・ペラルト
周囲の景色は冬山といった感じだ。樹には雪が付着し樹氷状態になっており、時折チラチラ見える動物も毛色が白い兎や白い栗鼠などだった。
そんな白い景色の中を僕等は黙々と進んで行く。峡谷を超えた時点で昼過ぎだったので、現在はかなり日が暮れかかってきていた。
「ねえ、ゲルダ、この先に村とか町とかはないのかい? この気温じゃ流石に野宿は出来ないし、休憩や宿泊できる宿屋とかがないとあたし等の体力は回復しないよ、あと、内からカーっと暖かくなるように、強い酒も必要だね」
祖母ちゃんは訴える。また酒だ。
「そうね、今日ばかりは度数の高いお酒が飲みたいわね、寒さ対策としてね」
ハルシェシスも同意する。
まあ、酒を飲む事に関しては肯定する気はないが、町や村に入って、温かい宿屋に入って暖を取りたいというのは僕も同意だ。そして、夜は宿の毛布に包まってヌクヌクしたい。
「あと、二キロ程進むと確か村があります。そこには酒場とか宿屋とか飯屋なんかがありますから、今日はそこで休みましょう」
「おおっ、酒場もあるのかい、早く、早く行こうじゃないか!」
祖母ちゃんは先を促す。
「ええ、頑張って進みましょう」
そこから一時間程歩くと、丸太で組まれた家が立ち並ぶ村へと到着した。どの家にも煙突があり、そこからもくもくと煙が上がっていて建物の中は暖かそうだった。
「おおっ、着いた! よし! 早く酒場に入ろう。どれだい酒場は?」
祖母ちゃんは早速とばかりにゲルダに質問する。
「あの、グラスのマークの看板が付いている所がそうです」
「そうかい! 入るよ!」
お店に入ると中々の広さだった。中央に暖炉があり、メラメラ火が燃えているのが見える。自然樹を使ったテーブルや椅子が並び、そこに座る客も数組程入っているようだ。
カウンターや厨房前には店員らしき者達が並び立ち、客に提供する料理や飲み物を準備しているのが見えた。
店員は白い髪、白い肌のコルポックル族ばかりのようだが、客の方は、普通の人間もいれば、コルポックル族もいるようだ。
僕等は寒いのもあり、暖炉近くのテーブルに陣取る。
「いらっしゃいませ、何をお持ちしますか?」
コルポックル族の店員が問い掛けてくる。
「強めの酒は何があるんだい? 内から熱くなるような酒なんだけど?」
「それでしたら、ヴォートカという強いお酒があります。それはどうですか?」
「いいね、じゃあ、それを三つと……」
祖母ちゃんが促すように僕を見る。
「そうしたら、ゲルダは何にする?」
僕は問い掛ける。
「私はスープとかが良いですね」
「了解」
僕は改まりオーダーする。
「温かいスープをニつお願いします」
「畏まりました」
店員はカウンターに引き返していく。改めてだが、コルポックル族は全体的に幼く見える。店員だということは大人なのだと思うが、普通の人間の十代位に見える。
「お待たせしました。ヴォートカと茸のスープです」
トレイに乗せて飲み物とスープを運んで来てくれる。
「おっ、来たね!」
祖母ちゃんは我先に手前のヴォートカを手に取った。無色透明な酒だった。僕とゲルダは茸のスープだ。
「じゃあ、早速!」
スープの者もいるので乾杯とかはしないで、皆スープと酒を口にする。
「カーっ、熱い! 熱いね! 一気に体が温まるよ!」
ヴォートカを口にした祖母ちゃんが唸る。僕が口にしたスープも暖かく、体が内側から火照って来るようだった。
「うん、凄く温まるね」
僕はスプーンでどんどんスープを口に運ぶ。
「パンとサーモンのムニエルをお持ちしました」
追加で頼んでおいた料理もすぐに届く。僕等は舌鼓を打ちながら料理を平らげていく。
改まって周囲をみると、コルポックル族の客は軽装で近所から来た雰囲気だった。一方、端の方に居る普通の人間の客は厚手の服を着たまま酒を飲み、何か物を書いている様子だった。その客はお一人様で、髭が生えた四十代位の髭面の男性だ。僕等と同じように旅人なのかもしれない。
店員が追加のヴォートカを運んできた所で祖母ちゃんが声を掛ける。
「ねえ、あたし達、ここから雪の女王の城まで行くんだけど地図みたいな物ないかな? 出来ればこの村みたいな所が載っている解りやすいのがあると嬉しいんだけどさ」
「地図ですか…… ちょっと用意はないですね、道具屋さんに置いてあったかもしれませんが……」
店員は申し訳なさそうな表情を浮かべ返してくる。
「道具屋さんなら、置いてあるかもなんだね、ありがとう」
祖母ちゃんはお礼を伝える。
そんな最中、遠い席に座っていた普通の人間族の男が話しかけてきた。
「ねえ、君達、君達は冒険者かな? そして、このニヴルヘイムは初めてなのかな?」
その男は顔を僕等の方へ向け微笑んでくる。
「えっ、ええ、そうだけど、オジサンも冒険者なの?」
祖母ちゃんは軽い感じに切り返す。
しかし初対面の人にいきなりオジサン呼ばわりは失礼じゃないか?
「うむう、私も冒険者と言えば冒険者かな、どちらかというと旅行者に近いかもしれないがね」
髭を摩りながら男は答える。
「へ~、旅行中なんだ、オジサンはどの辺りを旅行してきたの?」
祖母ちゃんは開け広げに問い掛ける。
「私はムスペルヘイム側からこのニヴルヘイムにやって来たんだよ」
「へぇ~、じゃあ、雪の女王の城側から来たのかな?」
「ああ、傍を通ってきたね」
「あっ、そうだ、雪の女王の城近くは、何か変わった事はなかったかい? 見覚えのない男の子が居たとか?」
「ねえ、ア、アンナ、そんな程度の事は流石に気が付かないんじゃないの?」
ハルシェシスは口を挟んでくる。
「うん、私は城には行っていないからねえ、確かに、その辺りは解らないね」
男は顔を横に振る。
「そうか、残念だね……」
そう答える男の持っている手帳のような物を見ながら祖母ちゃんは指摘する。
「あれれ? あんたのその手帳の文字の綴り…… それってフランス語じゃあないかい?」
「あ、ああ、よく気が付いたね、そうだよ、フランス語だよ、私はフランス人だからね」
「フランス人? ん? じゃあ、あんたも下の世界から来たのかい?」
祖母ちゃんが問い掛ける。
「あんたもって事は、君達も下の世界から来たのかね?」
男は興味深げに聞いてくる。
「ああ、あたしとこっちのハンスはデンマークからやって来たんだよ」
祖母ちゃんは僕を指差しながら答える。
「ほう、デンマークからかい、因みにどのようにしてこの世界に来たのかな?」
「ああ、あたし達は魔法の豆から生えた蔦に掴まってね」
祖母ちゃんは軽く笑いながら答える。
「成程…… ジャックさんと同じように来たのですね……」
「ん? ジャックさん?」
「あっ、いや、ほら、千年程前に、ジャックという人間が豆の木を登って、巨人の国に行ったという伝説とか話があったでしょう。私は敬意を込めて、その方をジャックさんと呼んでいるんですよ」
男は何故か誤魔化すように答える。
「ふ~ん、成程ね、それじゃあ、オジサンはどうやって此処に?」
「私? ああ、私は竜巻に攫われてしまってね……」
「竜巻?」
「ええ、家の近くの牧草地を歩いていた時、突然強い竜巻に巻き上げられ上空に、そして、気を失い、次に気が付いたらこの世界に運ばれていたって訳なんだよ」
男は困ったという表情をしながら頬を掻く。
「それ魔法の干渉がある竜巻だったんだね、きっと……」
「ああ、今にして思えば、そうだったのだろうね」
男は薄く笑う。
「ん? じゃあ、若しかして帰り方が解らないのかい?」
「いや、帰り方は解っているよ、色々調べたからね、だが敢えて帰らないでいるんだよ。私はこの世界に興味を持ってしまったからね」
何かグリム兄弟のような事を言っている。確かに興味深い世界だが……。
「成程ね、まあ、だったら満足するまで居れば良いさ……」
「ああ、のんびり過ごして、のんびりと旅をしながら調べものをするよ、そうだ、君達に私が使っていたニヴルヘイムの地図をあげようか?」
「えっ、本当かい? そうしてもらえるなら本気で助かるけど……」
祖母ちゃんは喜色を浮かべる。
「私は、もう使い終わったし、頭の中に地図は入っているし、お譲りするよ、どうそ」
男は近づいてきて、筒状に丸めた地図を差し出してくる。
「ありがとう。凄く助かるよ」
祖母ちゃんは深く頭を下げて受け取った。
「う~ん、そうしたら、お礼って言っちゃあ何だけど、お酒を奢るよ」
「おっ、良いのかい? 嬉しいね」
「地図の値段からしたら安いもんだよ」
「それじゃあ、お言葉に甘えるとしようかな」
男はグラスを掲げる。店員は新しい酒の入ったグラスを持ってきた。
「ところで、いつまでもオジサン呼ばわりは失礼かもしれないから名前を教えてよ」
祖母ちゃんは問い掛ける。
「ああ、私はシャルル。シャルル・ペラルトという名前だ。以後、お見知り置きを」
「私はアンナ・アンデルセンだ。こちらこそ宜しく」
そうして、僕等とシャルルはその酒場で夜遅くまで情報交換をしたのであった。




