act1 ニヴルヘイムへ
ニダヴェリールの北西にニヴルヘイムというエリアが存在している。僕等は次の目的地としてニヴルヘイムへと向かう事にした。
祖母ちゃんが言うには、ニヴルヘイムの先にヘルヘルムという死者の国があるという。そのヘルヘルムに行けば若しかしたら魂だけになったペーターを救う手立てがあるかもしれないとの事だった。そんな話を聞けば行かない訳にはいかないだろう。
そんなヘルヘルムに向かうにはニヴルヘイムを通らなければいけないらしく、必然的にルートは決まってしまったのだ。
「ねえ、バステト、ニヴルヘイムって地域はどんな場所なの? 知ってる?」
ニダヴェリールとニヴルヘイムの境へ向けて歩いている最中、僕は問い掛ける。
「ああ、ニヴルヘイムは霜と霧と雪の多い地域だ。氷の大地だとか雪の世界だとか言われている。兎に角、寒い場所だぜ。旅人はともかく定住するには寒冷地対応している生物でないと生きていけない土地だと言われている」
「寒冷地対応?」
「ああ、つまり、しっかり寒冷地用の装備をしていないと凍え死ぬって事だ。例えばハンスやアンナは厚手のコートなんかを着ていないと低体温症で動けななくなって死ぬ可能性が高い」
「そ、そんなに寒いの?」
「ああ、滅茶苦茶寒いぜ」
「じゃあ、バステトもコートを着ないと凍えちゃうのかい?」
「いや、俺っちは毛を伸ばしてモコモコになるから平気だぜ」
「へっ?」
「こうだぜ」
バステトは何か力を込め始める。すると毛が伸びでモコモコな状態に変わった。毛玉猫だ。
確かに雪山に住んでいる猫っぽい。
「俺っちは寒冷地仕様になる事が出来るから問題ねえ」
モコモコの毛玉猫と化したバステトがニヤリと笑う。かなり可愛い。
「じゃあ、ハルシェシスは?」
「アイツは何か着ねえと駄目だろう。胸辺りは羽が薄いし。分厚いコートが必要だぜ」
「えっ、アタシもコートを着るの? なんかゴワゴワしてそうで嫌だわね」
ハルシェシスは顔を顰める。
「別に着なくたって良いぜ、只、そのまんまじゃ、お前、多分凍え死んじまうぞ」
「わ、解ったわよ、着るわよ!」
そんなこんな僕等はニダヴェリールとニヴルヘイムの境付近に位置するモーズグズという町で寒冷地仕様の身支度を整えた。
僕と祖母ちゃんとハルシェシスは分厚いズボンと膝まであるブーツ、そして、コートとマントが相まったような上着を購入する。バステトは一応厚手のマントだけ購入していた。元々ブーツを履いているし。
そうして、僕等は深い氷食谷へと足を踏み入れる。ニヴルヘイムに入るには氷河によって削られ作られた深く長い峡谷を超えなけらばならないのだ。一応、川になっているのだが水量が左程ではなく、川縁を進んで行くと、石伝いに渡る事が出来そうな部分を発見した。
そんな川を石伝いに渡っていると、上流の方から一艘の小舟が流れてきた。
「あああっ、誰か、誰か助けて! 船を止めて!」
中には白い髪の女の子が乗っていた。オールも見当たらず船に乗った所で流されてしまったような様子だった。
「皆、大変だ! 女の子が流されているよ!」
「あれは、助けないと、どこまでも流されて行っちゃいそうね。仕方が無いわね……」
ハルシェシスはバサリと大きな羽を広げると、ふわりと飛び上がる。
そのまま船の上まで飛んでいくと、女の子を掴み上げ戻って来た。そして、ゆっくりと川辺に下ろした。
「ア、アンタ、船に乗って流されているなんて一体どうしたのよ?」
ハルシェシスが問い掛ける。
「えっ、ええ、はい、小舟で川を渡ろうとしていたら流されてしまって…… 助けて頂きどうもありがとうございました」
その少女は深々と頭を下げる。
頭を下げお礼を言ってくるものの、その少女は心ここに有らずといった様子で、何か焦っているような、心が落ち着いていないような雰囲気があった。
「ねえ、お嬢ちゃん、大丈夫かい? あんた、ちょっと落ち着いていないというか、冷静でない感じがするけど……」
祖母ちゃんが首を傾げながら問い掛ける。
「えっ、いや……」
「因みに、お嬢ちゃん、名前は何て言うんだい?」
祖母ちゃんは続けて問い掛ける。
「わ、私はゲルダと言います」
「ゲルダちゃんねえ…… そもそも何で川を渡ろうとしたんだい? 渡る目的ってやつは一体何だったんだい?」
「そ、それは…… 幼馴染の友達の後を追おうと思っていたので……」
ゲルダと言う少女は躊躇いがちに答える。
「ん? 幼馴染の友達の後を追うって、その友達はどうかしたのかい?」
祖母ちゃんは親身になって問い掛ける。
「じ、実は…… 雪の女王様に攫われてしまったという話を聞いたのです。なので連れ戻し、助け出そうと思って……」
「えっ、雪の女王に攫われただって! それって大分大変な事じゃあないか! それを追いかけているっつて言っていたけど、お嬢ちゃん一人で何とか出来るような問題じゃあないような気がするんだけど……」
祖母ちゃんは顔を顰める。
「そ、それは解っているけど。じっとしていられなくて」
「まあ、気持ちは解るけどさ、ちょっと無謀じゃないかい?」
「…………」
ゲルダは言葉を詰まらせる。
「ねえ、アンナ、あの子だけじゃ無理そうだから、アタシ達で手助けしてあげたらどうかしら?」
見兼ねたのかハルシェシスが提案してくる。
「確かに雪の女王のやっている行為は酷いね、理由は解らないけど人を攫うっていうのはいけない行為だね。確かに手助けをする必要を感じるね……」
祖母ちゃんも呟く。
「僕も助けるの賛成だよ」
「ああ、俺っちも賛成だぜ」
僕とバステトの声を聞いて祖母ちゃんもうんうん頷く。
「よし、じゃあ、そのお嬢ちゃんの幼馴染を雪の女王から取り戻すってやつの手助けをしてやろうじゃないか!」
「えっ、ほ、本当ですか?」
ゲルダは喜色を浮かべる。
「ああ、一緒に探して手助けしてあげるよ、まあ、その代わりと言っちゃなんだが、あたし達はヘルヘルムっていう場所を目指している。お前さん、このニヴルヘイムの地理に詳しいんだろ? その入口付近まで案内してもらえるかい?」
「え、ええ、そんな事で宜しければいくらでもご案内致します」
それを聞いた祖母ちゃんはニヤリと笑う。
「宜しく頼むよ」
そうして僕等はゲルダという少女に同行して、雪の女王に攫われたという幼馴染の友達を助けるという所業を引き受けたのである。




